男性の育休取得が激減…背景に「パタハラ」
イクメンプロジェクト委員 渥美由喜
男性の育休取得率が大きく低下、実は1000人に4人もいない
男性の育児休業取得率がガクンと低下した。2012年度の男性の育児休業取得率はわずか1.89%で、前年度の2.63%から0.74ポイント減少(図1)。安倍晋三首相は「『女性が働き続けられる社会』を目指すのであれば、男性の子育て参加が重要」と成長戦略の中で打ち出しているが、これに逆行するかのような動きだ。
実は3年前から、男性の育休取得の対象者は拡大している。労使協定による専業主婦(夫)除外規定の廃止により、妻が専業主婦でも産後8週以内であれば、夫は育児休業を取得できるようになった。にもかかわらず、育児休業の取得者が増えないということは、男性が育休を取りやすい環境づくりが進んでいないことを示している。
たとえ育休を取ったとしても、期間は短い。「1~5日」が4割、「5日~2週間」が2割と2週間未満が6割を占める。育休取得者の割合はここ10年微増しているものの、その大半が1カ月未満という短期の取得者だ。
取得期間別の割合をみると、1カ月未満の取得者は2005年度の31.7%が12年度に81.3%へと高まっている(図2)。「わずか数日か、1、2週間休んだぐらいで、イクメンなんてエラそうな顔をしないでよ!」と憤慨する女性の声も聞こえてきそうだ。つまり、男性の大半が数日から数週間の「なんちゃって育休派」なのだ。
別の統計もみてみよう。月に20日以上育休を取得すると、雇用保険から「育児休業給付金」が支給されるが、11年に育児休業給付金の給付を受けた男性の実数は4067人。出生児数(107万人)を基に、育休取得率を算出し直すとわずか0.38%。男性で20日以上の育休を取得した人は、1000人に4人もいないのが実情だ。
育休を取りたい男性部下への「パタニティハラスメント」も
実は、3割を超える男性が「育休を取りたい」「育児のための短時間勤務制度を利用したい」と考えている(厚生労働省「今後の仕事と家庭の両立支援に関する調査」2008年、図3)。にもかかわらず、実際には取得率1.89%(図1)にとどまる。その背景には、男性社員の育児支援に対する根強い抵抗感がある。
同調査で、育児休業の取りやすさについて聞いたところ、女性社員で「取得しやすい」と答えた人は73.5%、一方共働きの男性社員の場合は、「取得しにくい」が86.3%に上る。
男性の育児参画に理解がある、ごく少数の職場では、エース社員型(恵まれた職場で、周囲から期待されている男性)、あるいはマイペース型(評価の低下を意に介さない、我が道をいくタイプ)は本格的に取得するようになっている一方で、大半の男性は取得したとしてもわずか数日、その他の圧倒的多数は育休を取得したくてもできない職場環境にある(図4)。
男性社員とはこうあるべきだという先入観により、上司が部下の育休取得を妨げる「パタニティ(=父性)・ハラスメント」も水面下では進んでいる。2013年5月に日本労働組合総連合会の調査が公表されてから、「マタニティ・ハラスメント(マタハラ)」という言葉が広く世に知られるようになった。マタハラとは、妊娠した女性社員に対して、妊娠・出産が業務上支障をきたすとして退職を促すなど嫌がらせ行為をすることを指す。これに対して、男性社員が育児休業を取ったり、育児のための短時間勤務やフレックス勤務をしたりすることを妨げる行為は「パタニティ・ハラスメント」とでも呼ぶべきものだ。
背景には、世代による子育て観の意識ギャップがある。中高年世代と子育て世代では、子どもとの向き合い方に対する意識が大きく違う。
「子どもの誕生日に有休とっちゃう。これって、アリ?」
トヨタラクティスが「イマドキ家族調査」(2010年)でこんな問いを投げかけたところ、回答者全体では「あり」が66.8%と多数派だったが、年齢別にみるとかなり濃淡がある。20、30歳代は7、8割が「あり」と回答しているのに対して、50、60歳代では「なし」が多数派だ(図5)。
「子どもを置いてほいほい出張するような女と結婚したお前が悪い」
Aさん(40歳代の男性)は、こうした世代間ギャップにより、パタハラの被害を受けた一人だ。
7年前に彼が最初の育休を取得した際、職場では男性の第一号取得者だった。育休を取得したいと申し出たAさんの言葉に、上司は苦虫をかみつぶしたような顔で言った。
Aさん: 「たかだか4カ月のブランクでキャリアに傷がつくとしたら、僕がそれまでの人間だったということです」
上司: 「子どもの教育費は何千万円もかかるんだぞ。いっぱい残業して金を稼ぐ。これが家長としてのあるべき姿だ!」
Aさん: 「うちの場合、妻の方が給料も高いので妻を世帯主にしているんです。僕は家長ではありません…」
上司: 「そういう問題じゃない!バカモノ」
最終的には人事部門が間に入り、「育休を取得させないと、会社が労基署から摘発されかねない」ということで、Aさんは育休を取得できた。しかし、育休復帰後もパタハラは続く。
上司: 「バカモノ、そんなのは女房の役割だろ!」
Aさん: 「うちの妻は出張中なので無理です。私は今日やるべき仕事はもう終えていますから」
上司: 「そういうマイホームパパって奴(やつ)は、会社には不要なんだ。そんなことをしていると、評価を最低に落とすぞ」
Aさん: 「私は仕事をきちんとやっています。それに、家族の看護で休暇を取得できると就業規則にも書かれていますが」
上司: 「家庭の事情で会社に迷惑をかけるのだから、評価が下がるのは当然だろう。そもそも、子どもが小さいのに、ほいほいと出張するような無責任な女と結婚したおまえの配偶者選択が間違っている!会社に迷惑をかけるな」
こんな会話が繰り広げられたという。結局、Aさんは同業他社に転職したが、当時のことを話すと、今も憂鬱そうな顔になる。
男性の育休取得を推進する施策を
冒頭に述べたとおり、安倍首相は、男性の育児参画に触れてはいるものの、具体的な政策には言及していない。
これまで時間・場所に制約がある社員は女性のみと思われてきたが、これからは育児や介護を担いながら働く「制約社員」となってしまう男性社員も増えていく。仕事以外に何かをしていることを前提に、両立できる仕組みにしないといけない。
男性の育児参画を本気で進めるなら、まだまだやるべきことはたくさんある。
第1に、この分野で進んでいる企業にも助成するといい。2013年の2月に経済産業省が音頭をとって、女性活躍推進のめざましい企業を「なでしこ銘柄」として発表したが、男性の育児参加について同様に「見える化」して、好事例を表彰する、助成するといった策が必要だ。厚生労働省は、今秋にも「イクメン企業アワード」を始める予定。男性の育児参加を積極的に促しつつ、業務改善を図る企業を表彰するもので、現在、企業に応募を呼び掛けている。
第2に、育児のための短時間勤務に対する所得補償の導入だ。男女ともに子どもが3歳になるまで短時間勤務を取得できるが、所得補償がなく収入減となる点も、男性社員の間で利用が進まない理由の一つだ。そこで、短時間勤務を「部分育休」と位置付けて、短縮した時間分だけ一定割合で所得補償をしてはどうか。例えば、スウェーデンでは短時間勤務を「育児休業の部分取得」(2分の1取得、4分の1取得、8分の1取得など)と考え、育児のための短時間勤務に対しても所得補償を行う。導入にあたっては、雇用保険から所得補償をするようにすれば、社員はうれしいし、会社も負担増とはならない。
第3に、育児休業中のテレワーク(在宅勤務を含む)を認めるべきだ。雇用保険からの育児休業給付金の給付ルールは、現在は月の就労10日までとされているが、これを時間単位で取得できるようにするといい。仮に自宅で就業日に1日2時間働いた場合、所得補償50%、賃金25%で75%が支給されるため、所得ロスは25%まで減少する。毎日わずかな時間でも働くことで業務のカンも持続するため、所得ロス、キャリアロス、業務知識ロスという三大ロスを気にする男性社員の心理的ハードルを下げることであろう。
こうした施策を組み合わせて、本格的に男性の育児参画を促進することこそ、真に女性が活躍しやすい職場、社会づくりにつながる。安倍政権には早急に有言実行を期待したい。
東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長。東京大学卒業後、富士総合研究所、富士通総研を経て、2009年から現職。専門は少子化対策、ワークライフバランス、ダイバーシティ推進、社会保障制度。厚生労働省政策評価に関する有識者会議委員、イクメンプロジェクト委員。著書に『イクメンで行こう!』『少子化克服への最終処方箋』など。私生活では2回育児休業を取得、現在は子育てとともに父親の介護も担う。
(構成 日経マネー野村浩子)