「スタバゼロ県」のSNS選挙 手探り…日本の縮図
ネット選挙 ルポ最前線(上)
無線LANが使いやすく、宿題や仕事をこなすのに居心地のいいスターバックス。近くには有機野菜が売り物の高級スーパー、ホール・フーズ・マーケット。そこに集う米国の若者、大学生たちが2008年、熱狂的に支持したのがオバマ大統領だった。当時、ワシントンDCやニューヨークなど大都市でもっともはやっていた「ブラックベリー」と、勢いの出てきたiPhoneも、多く見かけられた。ネット選挙とスターバックスの親和性は、米国では極めて高かった。
つぶやき続ける理由
日本では47都道府県のうち唯一、鳥取県にだけスターバックスの店舗がひとつもない。「スターバックスのことを書けば、リツイートされることが多い」との分析があるように、日本でもスターバックスとネットの親和性はある。
その鳥取で昨年からネット選挙解禁を見越してツイッター、フェイスブックなどのSNS利用に取り組んできたのが今回、改選を迎える民主党現職、川上義博氏だ。
「よしひろ君」と名付けた自身のキャラクターでつぶやき、公開討論の模様をユーチューブにアップしてリンクする。「安倍総理とは議場でアイコンタクト」など永田町での話題から、事務所開きのお知らせまで、タブレット端末を持ち歩いてつぶやき続ける。鳥取では共産党新人の岩永尚之氏も積極的にSNSを使う。自民党新人の舞立昇治氏もブログとフェイスブックを始めた。
鳥取で半年間のキャリアを持つ川上氏はネット利用の効果については「正直、わからない」。だが「いったん始めたのだから、続けないとフォロワーが逃げてしまう。つぶやかないと、逆にマイナスになる」とも語る。
日本でのネット政治は2000年、自民党の加藤紘一氏が当時の森喜朗首相に反旗を翻した「加藤の乱」で幕をあけた。SNSのない時代、加藤氏はまだ珍しかったウェブのホームページで音声も交えて情報を発信し、加藤氏を支持する動きはネット掲示板で広がった。
「加藤の乱」と「オバマブーム」
結局、加藤氏は腰砕けとなり、反乱はわずか10日で収束した。この「加藤の乱」が、日本のネット政治、選挙に与えた影響は大きい。「ネットは政治家側が使うもの、コストがかからず、一日に何度も情報発信できる」との受け止めと「加藤氏はネット世論に幻惑されて道を誤った」との感想。ネット選挙に関して前者は「宣伝の手段として格好」との待望論を、後者は「誹謗(ひぼう)中傷が増えるばかりだ」との忌避論を増やした。
日本でネット選挙が再び関心を集めた5年前の米大統領選は、若者やビジネスマンのスタバ利用と密接に結びついていたように、実は有権者側のムーブメントだった。
ウェブサイトなど候補者側からの発信はライバルのヒラリー・クリントン氏の方がむしろ多かった。一方、オバマ陣営とサポーターたちはスタバなども拠点にSNSをつかって連絡をとりあい、実際の支持集めには「足」をつかった。民主党予備選、大統領本選挙を通じて都市部でオバマ陣営が強さを発揮したのは、デジタルなネット戦略と、アナログな足を使う戦略が合体したからだった。
ネット選挙がどこまで票と結びつき、有権者の参加意識が高まるか。鳥取のネット選挙は、おそらく手探りで突入する日本全国の姿の象徴でもある。(坂口幸裕、丸谷浩史)