「理想のイクメン像」が夫婦を不幸にする
教育ジャーナリスト おおたとしまさ
「子育てしない男性は、父親とは呼ばない」といった強迫めいた意味ではなく、せっかく親になれたのなら、育児に積極的に関わることは、男性にも強く、おすすめしたいところです。
一方で、イクメンという言葉が流行りだしたころから懸念していたことがありました。
「グローバル人材」しかり、「ブラック企業」しかり、新しい言葉が生まれると、いろいろな概念が付加されて、言葉が一人歩きすることがあります。その過程において、さまざまなミス・コミュニケーションも生じるだろうと思ったのです。そして実際、そうなりました。
同じ言葉でも、発する側と受け取る側で、捉える意味が違ったりします。こと「イクメン」に関しては、理想のイクメン像を求める女性側と、どうせなら自分らしい子育てをしたいと思う男性側との間で、齟齬(そご)が生まれているように思います。
女性誌を中心に描かれていた「理想のイクメン像」、これを少し極端にまとめると、以下のようになります。
「バリバリ仕事をして、しっかり稼いできてくれるけど、家には早く帰ってきてくれて、家事も育児も進んでやってくれる。
自分の愚痴はもらさずに、妻の愚痴には何時間でもつきあってくれる。子供とたくさん遊んでくれるけど、妻への愛情表現も欠かさない。
ときには子供をビシッと叱れるけど、妻のことは絶対に非難しない。
適度にオシャレで、かっこいいけど、ママ以外の女性には見向きもしない……」
そんな人がいたら、私が結婚したいくらいです!
いるわけありません!
そして、理想と現実との狭間で、夫も妻も苦しむことになります。妻は、思い描いていた理想と、現実のダンナとのギャップにストレスを感じます。夫は、自分の背丈よりもだいぶ高い理想像を突きつけられ、飽くなき努力を続け疲弊してしまうか、逆にやる気を失うかのどちらかです。
期待値が高ければ、がっかりする確率も高まる。これは不変の法則です。「イクメン」という言葉が持ち上げられて、理想的な響きを帯びれば帯びるほど、現実の夫婦双方のがっかり度も高まる、という皮肉な現象が起こるのです。
イクメンの国でピザがよく食べられる理由
同様のことは「カジメン」という言葉にも感じます。カジメンとは、主婦並みの料理、家事ができる男性(夫)のことですね。
ですが、日本の主婦の家事のレベルがめちゃめちゃ高いことを、みなさん忘れていませんか。
高度成長期、日本では「男は外で仕事。女は家を守る」という家庭内分業が進みました。その結果、日本経済が急速に成長しただけでなく、専業主婦が行う家事も世界トップレベルになりました。
料理は、和洋中なんでもできる。しかも味はプロ顔負け。床にはちり一つ落ちていなくて、部屋の中はいつも整理整頓。仕事に行く夫のワイシャツは、いつもパリッとアイロンがかかっている。それができないと「だらしない奥さん」と言われてしまう……。昔の日本にあった「理想の家庭」は、"プロ"の専業主婦が作り上げてきたスタイルだったのです。
でも今の男性が、「カジメン」として昔の主婦と同じレベルでの家事を求められてしまうと、そりゃつらい。
世界に目を向けてみましょう。
以前、イクメン先進国として知られる北欧の国ノルウェーを取材する機会に恵まれました。ノルウェーは世界で最も男女同権が進んでいる国として知られています。共働き家庭が多く、夫が食事の支度をするのは当たり前。日本の女性からしてみると、うらやましいでしょう。
しかし、面白いことを聞きました。ノルウェーはピザの消費量が世界一だということです。これがイクメンやカジメンとどう関係するというのでしょう? 関係大ありです。
ノルウェーでは夫が食事の支度をするのは当たり前と書きましたが、その定番料理ナンバー1が、なんと冷凍ピザなのです。ノルウェーのイクメンが食事の支度をしているといっても、レンジでチン!しているだけなのです(全部が全部じゃないでしょうけど)。
それでも「ウチのダンナはよく料理をしてくれる」と妻からほめてもらえるわけです。
要求レベルを下げれば「イクメン」は増える
ノルウェーだけではありません。
同じくイクメン先進国として知られるベルギーのデザイナー夫婦に話を聞いたところ、奥さんは「うちの夫は、いつも素敵な料理をつくってくれる最高の夫」とベタぼめします。どんな料理をつくっているのか聞いてみると、決まってパスタとサラダなのだそうです。サラダはもちろん野菜を切ってボウルに入れるだけ。パスタはゆでるだけ。ソースは市販の缶詰を使うのだそうです。
「それならオレでもできるわ!」と、内心思いました。
かたや、日本には質の高い冷凍食品やスーパーの総菜がありながら、それらを利用すると「手抜きだ」と言われてしまいそうな雰囲気があります。ですが、ちょっと待ってください! 昭和の専業主婦のスタンダードそのままの価値観では、ハードルが高すぎるでしょう。
で、何が言いたいのかというと、「当たり前」のハードルをみんなで下げましょうよという話です。そうすれば、もっとイクメンやカジメンは増えます。みんながイクメンになったら、そこからレベルの底上げをすればいいのです。
この記事、むしろ共働きの妻たちにも読んでもらいたいですね。
妻たちだってもう少し、いやかなりハードルを下げてもいいんじゃないかと思います。
あたかも妻をいたわっている風に「ねぇ、昭和の専業主婦みたいにやらなくていいよ。もっと気楽に行こうよ」とささやき、自分自身のハードルもちゃっかり下げる。それが、できる夫のしたたかさです。
[日経DUAL2013年12月17日付を基に再構成]