ヨーカ堂「正社員半減」の挑戦 パートに託す命運
イトーヨーカ堂が東京都内と埼玉県の2店舗でパート従業員の比率を9割に高めた店舗運営を始めて1カ月。総合スーパーのコスト構造を転換する試みが徐々に動き始めた。聖域だった「人」の見直しに踏み込み、3年かけ全店に広げて正社員を半分に減らす。その一方でパートを育てセルフ方式から接客販売重視にかじを切る。再生の道をパートの活力に託すヨーカ堂はどう変わるのか。実験店の売り場で変化の芽を追った。
■売り場革新、接客・管理…増す非正社員の責任
「明日は気温がぐっと下がります。鍋商材に加え、ラーメンも厚めの発注をお願いします」
12月6日午前10時半。曳舟店(東京・墨田)の地下1階にあるバックルームで食品担当の朝礼が始まった。主役はパートの平井朋子さん(48)。普段はヨーグルト売り場の担当だが、午前中は正社員に代わって「マネジャー代行」を務める。
曳舟店は84人いた正社員を51人に縮小。パートは73人増え325人。パート比率は10ポイント上昇して86%になった
ヨーカ堂のパートは「リーダー」「キャリア」「レギュラー」の3層構造。今回の改革では全体の10%弱にあたる「リーダー」を増やす。曳舟店では牛乳やパンなど日配品担当の社員を4人から2人に。平井さんは発注業務や売り場レイアウトも手掛けつつ、レジ待ちの列が出来れば、誰を応援に向かわせるか即座に判断を求められる。
「このシャツとセーターは合うわね。マフラーも選んでみようか」
6日午後2時。草加店(埼玉県草加市)の婦人服フロアで即席の新人教育が始まった。講師はパート10年目の倉本康子さん(48)。1カ月半前に入店した新人女性(45)に着こなしを指南する。倉本さんが働くプライベートブランド(PB=自主企画)売り場に社員はいない。
婦人服売り場の売上高のうち接客を伴った販売額の割合は26→70%(草加店)。パートによる接客密度は上がった
「接客の基礎が抜け落ちていた。仕組みも作り直している」
パート教育の指揮を執る泉井清志トレーニング担当総括マネジャーはセブン―イレブン・ジャパンから出向。オーナーの経営感覚を磨く店舗支援員のまとめ役だった。ヨーカ堂が現場の教育担当をセブンから受け入れるのは初の試みだ。
新規採用の場合、8日間の集合研修を加えたほか、店舗によりまちまちだった専属トレーナーが帯同する6日間の実践研修も徹底するなど教育期間を伸ばしている。
鮮魚売り場のロス率も下がった。曳舟店では前年同月比0.5~1.0ポイント悪化していたが、1.5~2.0ポイント改善した
泉井氏は「任される仕事が増えパートの意識が向上。店頭に売り切る意識が広がった」と見る。
ただ、両店の取り組みは全国178店の中でまだ小さな点。成果も本社肝煎りという条件付きの結果だ。優秀なパートを大量に育てるには時間もコストもかかる。
「パートが店の看板と経営を背負い接客するのは至難の業」(大手アパレル)という見方は多い。鈴木敏文会長は「シニア層は若い社員の説明だけでは納得しない。顧客に理解される年齢層で商品をキチンと説明できる店員が必要」とパートの可能性に期待する。
能力とやる気を引き出すには正社員以上に強烈なインセンティブが必要だ。今回の改革でも上級職「ベストリーダー」を新設する予定だが「給与体系の見直しなどはこれから」(ヨーカ堂)。
人件費を抑えながら、やる気と売上高を伸ばす待遇の最適値は――。来期20店に広げるパート9割店舗。売り場の最前線で答えを手探りする。
■減った社員は「セブン」へ転籍、店舗オーナーに
イトーヨーカ堂は削減する正社員の受け皿として、セブン―イレブン・ジャパンへの転籍を促している。成長が続くコンビニエンスストアの運営に総合スーパーで培ったノウハウを役立てる道に加え、店舗のオーナーになる選択も用意した。
今年8月、セブン&アイ・ホールディングス本社に全国のヨーカ堂の店長が集まった。正社員半減の方針はこの時打ち出されたが、それと間を置かずに店舗オーナーを募ったところ「成長を続けるセブンで今後の人生を試したい」などと約200人が応募した。現在は書類選考などを経て数十人が具体的な物件の選定に入っている。
正社員が減れば企業の人件費は軽くなるが、業務・組織の見直しがなければ負担は現場にのしかかる。実験店はノウハウを引き継ぐためパートと正社員を重複して配置。「一時的に人件費も膨らんでいる」(ヨーカ堂)という。
今回、人員を絞ったのはマネジャーの下で働く売り場の担当者が中心。その業務をパートが担う。ある食品卸幹部は「正社員の削減で定評のある品ぞろえや売り場づくりのノウハウの伝承が途絶えないか」と危惧する。
■GMS改革正念場、頼みの食品も変調
イトーヨーカ堂がめざす総合スーパー(GMS)改革は(1)コスト構造の転換(2)パート中心に各分野の専門家を養成する(3)硬直した人事・組織体制を改める――が3本柱だ。
3年かけ正社員を半分に減らし人件費を約100億円圧縮する。売上高販管費率を抑え店舗運営を軽量化。実現すれば一定の売上高でも利益を稼げる体質になる。ダイエーやイオンリテールのパート比率は75~80%程度。ヨーカ堂が90%まで踏み込む背景には、衣料品改革の手詰まり感と食品事業の変調がある。
1992年度には839億円の営業利益を出したヨーカ堂。かつて利益の半分を稼いだ衣料品は幾多のテコ入れにもかかわらず低迷。住居関連とあわせた売り場面積あたりの売上高は3分の1まで落ち込んだが、人件費など販売管理費の削減は半分程度にとどまる。
衣料品不振はGMSの構造的な問題だ。日本チェーンストア協会によると93年に3兆7535億円あった衣料品売上高は直近で1兆3500億円に縮んだ。GMSと取引があるアパレル幹部は「コストをかけず実用衣料だけを売るなど何を捨てるか決断する時」と指摘する。
GMS各社は衣料の穴を食品の拡大で支えてきたが、その構図も崩れつつある。ヨーカ堂の3~8月期の食品事業は4.1%の減収。粗利益率は26.3%と0.4ポイント悪化した。「西友やイオンなどとの値下げ競争に出遅れた」(アナリスト)。頼みの食品が揺らげば再建の余力は限られる。
「売り場に欲しいと思える商品が並んでいませんでした」。09年2月期に7期ぶりの連結最終赤字を計上したイオンは同年3月に「イオンの反省」と題した文書を公表。ショッピングセンター(SC)の集客力に頼りがちだった総合スーパーの改革を宣言。09~11年度に約1000億円のコストを削る一方、売り場の専門店化などを進め集客力を取り戻してきた。
イオンの反省から3年余。イオンとヨーカ堂がそれぞれモデルと位置付ける店舗が11月開業した。「ヨーカ堂の反省」は何を目指すのか。具体像はまだ明確に見えていない。
(小泉裕之)
[日経MJ 2012年12月14日付]
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