街に溶け込めるか グーグル自動運転最新版、ITの聖地へ
宮本和明 米ベンチャークレフ代表
Googleは2015年6月、自動運転車の最新モデル「Prototype(プロトタイプ)」を米シリコンバレー地域の公道で試験する計画を表明した。
Prototypeの安全性を確認するだけでなく、地域住民が自動運転車に対してどう反応するかも検証する。自動運転車を公共交通のインフラとして利用する方式も検討する。同社がPrototypeを公開したのは2014年5月末のことだが、自動運転車の開発はいよいよ大詰めを迎えているようだ。
ハンドル、アクセル・ブレーキペダルなし
Prototypeは、軽自動車を半円形にした格好の車体に自動運転技術を搭載している(下の写真)。二人乗りで、車内にはハンドル、アクセルペダル、ブレーキペダルはない。完全な自動運転ができるデザインで、搭乗者はスタートボタンを押すだけでクルマが走り出す。
Googleは、Prototypeを同社のお膝元であるシリコンバレーのマウンテンビュー市で試験する。試験中は無人で走行する訳ではなく、二人のドライバーが搭乗する。何らかの問題が発生した場合は、ドライバーがクルマを制御する。
このため試験用車両には、ハンドル、アクセルペダル、ブレーキペダルを設置している。これらは、カリフォルニア州の道路交通法により義務付けられている。さらに、最高速度は時速25マイル(時速40キロ)に抑えられている。
重要になる人とクルマのインターフェース
Prototypeを市街地で試験する目的は、地域住民が自動運転車にどう反応するかを検証することにある。米国社会では、自動運転車を歓迎する機運が高まっているが、同時に無人のクルマが街中を走行することに対する懸念も示されている。
横断歩道を渡る時、自動運転車はちゃんと停止するのか、不安の声も聞かれる。Prototypeが地域社会に受け入れられるのかが、最大の課題となる。
技術的には、自動運転車に特有な問題を見つけることを目指している。例えば、目的地まで走行してその場所が工事中であった場合、どこに停車すべきかなどを検証する。タクシーならばドライバーが乗客と言葉を交わし、便利な場所に停める。搭乗者は、Prototypeに降車場所をどう指示するのか、人とクルマのインターフェースが重要な研究テーマとなる。
Googleは、Prototype走行試験の模様を動画サイト「YouTube」で公開した。米国の大手メディアはこれを受けて、Prototypeについて一斉に報道した。
緊急停止ボタンを用意
これらを総合すると、多くのことが読み取れる。Prototypeの車内はシンプルで、座席の間に水色のパネルが設置されている(下の写真)。パネルがダッシュボードとなり、ここにスタートボタンがある。
奥には、緊急停止ボタンが設置されている。そのほか、ウインドー開閉ボタン、ドアロック、シートウォーマーボタンもある。水色と若葉色の2色のカラーコーディネートが、新鮮なイメージをかもし出している。
屋根の上には回転灯のようなカプセルがあり、ここにLIDAR(レーザー光センサー)を格納している。LIDARは、クルマの周囲360度にあるオブジェクト(物体)を高精度で捉える。車体正面の"鼻"の部分には、ミリ波レーダーを搭載し、前方の車両などとの距離を検出する。
Prototypeはカメラを搭載し、オブジェクトの形や色を検出する。信号機の色や道路に置かれたオレンジ色のコーン(三角錐)などを把握する。下の写真は、Prototypeが道路コーンで囲まれたレーンを高速で走っている様子。カメラで捉えたイメージを高速で処理し、正しく認識していることを示している。
外部企業に製造委託
Prototypeは、Googleが設計・製造の責任を負っているが、実際の製造は米国のRoushという企業に委託している。Roushは、ミシガン州のリボニア市に拠点を置く企業で、自動車の設計やプロトタイプの製造などエンジニアリングサービスを提供する。Prototypeは、Roushのデトロイト工場で製造されている。
下の写真は製造ラインで、Prototypeが組み立てられる様子。パワートレインなど主要部品は、ドイツBosch(ボッシュ)から供給を受けている。さらに、ブレーキ、タイヤ、インテリアなどの設計は、ドイツContinental(コンチネンタル)から支援を受けている。Googleは2015年末までに、100台のPrototypeを生産する予定である。
空軍基地で試験を重ねる
Googleは2014年から、使われなくなった空軍基地でPrototypeの試験を重ねてきた。基地内にはさまざまな施設があり、小さな町のようになっている。ここで路上で起こる様々な障害を再現し、Prototypeの機能を検証した。
路上ではめったに起こらない障害でも、試験場では何回も再現できる。特に、歩行者や自転車への対応が重点的に試験された。歩行者が道路に飛び出してきたときや、自転車が反対車線を走行しているときなど、Prototypeがいかに事故を回避するかが検証された。
歩行者は傘をさしたり、バランスボールを抱えたり、ヒトとは分かりにくい恰好でPrototypeの前を横断し、それを正しく歩行者と認識するかどうかもテストした(下の写真)。Prototypeは機械学習の手法で人工知能の高度化を図っており、考えられる全てのケースを示し、教育する必要がある。
一般に、自転車がクルマの前に飛び出すのは、1000マイル(1600キロメートル)走るごとに1回起こると言われている。試験場ではこれを再現し、1週間に100回の試験を実施した。Prototypeをシミュレーションし、仮想で試験する手法も採用した。
これらを合計すると、1週間に1万マイル走行分に相当する試験が可能となった。Googleは路上ではLexusベースの自動運転車で学習を続け(下の写真)、試験場では障害を再現してPrototypeで繰り返し試験する。
路上や試験場で学習したことは、自動運転ソフトウエアに反映される。改良されたソフトウエアは、PrototypeやLexusにダウンロードされ、Google自動運転車全体がレベルアップしていく仕組みだ。
"流し"の自動運転車を拾う?
Googleは2016年から、新しい検証プロジェクトを始める。Prototypeをどんな用途に活用できるのか、その応用分野を探るのだ。
同社は、自動運転車を「無人タクシー」として利用すると噂されている。タクシー会社が自動運転車を運行し、事業を展開する方式である。自動運転車で都市交通のインフラを整備する計画もある。地方政府がバスを運行する代わりに、多数の自動運転車を運行する方法だ。
バスが乗客を乗せて定められた路線を走る代わりに、利用者は通りを走っている自動運転車を呼び、目的地まで移動する。現時点でタクシー料金は路線バスより割高だが、自動運転車になるとこれが逆転するのかもしれない。交通インフラの概念が大きく変わりそうだ。
GoogleはPrototypeを試験するマウンテンビュー市で、無料バス「Community Shuttle」の運行を始めた(下の写真)。誰でも無料でバスを利用できる。同社は地域住民へのサービスと説明し、実際に多くの人が利用している。
こうした取り組みを通じて、Googleは既に路線バスを無人運転車で置き換えるアイデアを描いているのかもしれない。それだけではない。近未来に備えて、都市交通の検証を始めたとも解釈できる。
米ベンチャークレフ代表 1955年広島県生まれ。1985年、富士通より米国アムダールに赴任。北米でのスーパーコンピューター事業を推進。2003年、シリコンバレーでベンチャークレフを設立。ベンチャー企業を中心とする、ソフトウエア先端技術の研究を行う。20年に及ぶシリコンバレーでのキャリアを背景に、ブログ「Emerging Technology Review」で技術トレンドをレポートしている。
[ITpro 2015年6月9日付の記事を基に再構成]