SNSで揺らぐ平和意識 戦争容認、簡単に「いいね」

戦後75年を過ぎ、過去の戦争や悲劇の歴史について、若者が簡単に肯定的な姿勢を示すケースが目立っている。真偽不明のSNS(交流サイト)の投稿に大量の「いいね」が付いたり、戦争は「仕方ないこと」と捉えたり。専門家は「戦後培ってきた平和への意識が局所的に崩れてきた」と警鐘を鳴らしている。
「いくらユダヤ人を殺したと言われていても、ヒトラーにも人の心があった」。6月、ユダヤ人の大量虐殺を命じたヒトラーが、実は優しい心を持っていたなどとする文章が、ヒトラーと少女が笑顔で写った写真とともにツイッターに投稿された。
「ヒトラーさんへの好感度が上がった」「ユダヤ人迫害には別の黒幕がいたのかな」などと同調する反応も多く、一連の投稿に計1万3千近い「いいね」が付いた。
投稿したのは東北在住の10代男性。「ヒトラー=悪」という常識に疑問を投げかけたかったという。元ネタになった記事はニュースサイトで読んだといい「戦争から75年。今までの視点をずらし、当時の人物を評価していくことが重要ではないか」と話す。
専門家は「安易で短絡的だ」と手厳しい。「大衆が支えたナチズム体制下の出来事を個人的で心温まる物語に矮小(わいしょう)化している」と批判するのは衣笠太朗秀明大助教(ドイツ・ポーランド近現代史)。「ごく一部の事例を普遍化して再評価を促す非常に危険な投稿だ」と語る。
太平洋戦争を遂行した旧日本陸海軍の幹部に関しても、真偽の定かでないエピソードや人物像などを基に「真面目でいい人」などと安易に投稿する例が少なくない。
現代史家の大木毅氏は歴史雑誌の編集に携わった際、改ざんされた軍人の日記や軍の都合良く書かれた文書、記憶と見聞きした情報が入り交じった「ニセ戦記」に多く遭遇した。「一次史料だからすべて真実と思い込むのも間違い。時代背景などを知らず分かった気になり、ウソが拡散されてしまう」と懸念する。
クリックひとつの「いいね」や「リツイート」を通じて情報が広がり、大木氏は「影響力はフォロワー数で決まり、発信者のキャリアや研究歴は関係ない。ネットをはじめ単一の媒体にしか触れない人も多く、戦後培ってきた反戦や平和への意識が安易な投稿によって局所的に崩れてきている」と危機感を示す。
教育現場からも不安の声が上がっている。「戦争は絶対悪という意識が薄らいでいる」。千葉県の公立高校で公民科目を教える50代の男性教諭は、最近の生徒の印象をこう語る。
個人と国家の関係を考える社会契約説の授業で「国に戦争へ行くよう命令されたらどうするか」と尋ねると、「仕方ないから行く」との答えが増えてきたという。教職に就いた90年代初めは反戦を訴える回答が大半だった。「戦争経験者から怖さを聞いて育った世代は『戦争はやるな』が共通だったのに」と驚く。ネット上でも「戦争には良い面もあった」などの書き込みが少なくない。
入試や就職活動でコミュニケーション力や「多様性」といった価値観を求められる今の学生世代。成蹊大の野口雅弘教授(政治思想)は「最近の学生は人への優しさや寛容を重視するあまり、権力者の不正や戦争などにも理解を示そうとするのでは」と分析する。
東京外国語大の小野寺拓也講師(ドイツ現代史)は「皆で仲良くし、和を乱すべきではないと学んできた最近の大学生は『批判は良くない』と嫌う風潮がある」という。その上で「(安易に)白黒をつけるのではなく、考え続けることが大切。本音で議論できる場で、率直な意見を言い合う経験が必要だと伝えたい」と訴えている。