パワーカップル マンション厳冬市場の熱源
3年連続の供給戸数4万戸割れ――。不動産経済研究所(東京・新宿)がまとめた2018年の首都圏新築マンション供給戸数予想は寂しい内容だ。ただ、市場の冷え込みも何のその、ポンポンと買っていく人たちもいる。「パワーカップル」と呼ばれる、夫婦共働きの実力世帯だ。
東京都千代田区の高級住宅街、番町。東急不動産が「常識破り」の物件を近く投入する。「ブランズ六番町」。売り出す戸数は39戸だ。最低価格は1億4千万円、最高価格は5億円台にもなる。
■オール億ション
「株価が26年ぶりの高水準にあり、富裕層には資産効果が表れている」(佐藤知之・住宅事業ユニット販売統括部長)。それでもすべて「億ション」というのは驚きだ。
セオリー(定説)に従うなら、億ションは全体戸数の2~3割というのが相場。残りは1億円未満に抑える。「様々な所得層を取り込める価格帯に設定して販売期間の短縮を狙うのが通例だ」(不動産コンサルティング会社、トータルブレインの久光龍彦社長)
だが、東急不動産は強気の姿勢を崩さない。「東京の希少性の高い立地ならこの水準でもまだ安い」と佐藤統括部長。実際「ブランズ六番町」は2月の売り出しを前に反応は上々。17年に会員向けに限定した販売した分のうち、すでに半分は契約済みとなった。
東急不動産は今後も年に1件は、こうした物件を投入する計画だ。都心物件の販売チームの人員を17年度から増員し、高級物件を中心に販売を強化していくという。
冷え込む市場、攻めるデベロッパー(マンション開発会社)――。違和感のある組み合わせだ。いったいデベロッパーは何を攻めるのか。
標的はパワーカップルだ。この層をうまく引き込めれば、冷え込みが厳しくても物件は確実に売れる。
パワーカップルの大まかな定義は「購買力のある共働き夫婦」(ニッセイ基礎研究所の久我尚子・主任研究員)。世帯年収については「1000万円以上」、「2000万円以上」と諸説あるが、久我氏は2人とも年収が700万円超の夫婦をパワーカップルとする。いずれにしても、マンション市場で主導権を握っているのは、2人ともフルタイムで働く夫婦だ。
パワーカップルの最大の強みは資金力だ。代わりに不足しているのが時間だ。しかも、子どもはいないか、いても1人であることが多い。だから住環境よりも利便性を重視する。
「最寄り駅まで徒歩8分以内、(オフィス街の)東京駅や大手町駅まで乗り換えなしで15~30分」(トータルブレインの久光社長)。これが首都圏のパワーカップルが好む物件の最大公約数的条件だ。価格は二の次。だから、いい物だと判断すれば迷わずに買う。
ついにここまで来たか――。パワーカップルの実力に三菱地所レジデンスの担当者が驚いた。
17年秋に発売した都心の駅近物件(販売戸数70戸程度)の購入者リストには「ペアローン比率30%」の数字が記されている。夫婦が個別に住宅ローンを組み、これを合算してマンションを購入した世帯の割合が3割に達したのだ。インターネットで手続きして直接資金調達した人たちを含めると4割近くがペアローンによる購入者だと想定される。このペアローンこそパワーカップルの最大の武器だ。
ペアローンを利用した30代のパワーカップルが取材に応じてくれた。
この夫婦が17年に購入したマンションの広さは55平方メートル(2LDK)で価格は6600万円。首都圏における単位面積あたりの平均価格で見ると、約1.5倍する高級物件だが、「最寄り駅から徒歩7分、(2人の勤務先がある)渋谷まで電車で9分という利便性に大満足している」。
■控除が後押し
夫は金融機関、妻はメーカーに勤務する。いずれも正社員で個別にローンを組む力があり、合わせて6100万円を借り入れた。月々の支払いは夫が9万2800円、妻は6万8000円。決して小さな額ではないが「負担感は小さい」と口をそろえる。なぜなら住宅ローン控除が大きくなるからだ。
仮にこの物件で6600万円の35年ローン(年利0.625%)を組むと、返済総額は7350万円になる。1人でローンを組むのであれば、控除額は最大400万円。実質的な返済総額は約7000万円になる。
だが、2人でローンを組めば控除額は最大566万円になり、実質的な返済総額は約6800万円に減る。夫婦のどちらかだけでローンを組んだ場合より、200万円程度得になる。
しかも、利便性が高ければ、購入した物件が値下がりするリスクは低くなる。賃貸住宅に支払う家賃と住宅ローンを比べてほぼ同じなら、分譲マンションを買い住宅ローンを払うのがパワーカップルの選択だ。
「城西(世田谷区や杉並区など)は無理しなくてもいい」。大京の事業統括部の藤原純一・室長は東京での用地仕入れについてこんな方針を出した。藤原氏が代わりに出した指示が「城東(墨田区や江戸川区など)を攻めろ」だ。
大京が年間目標とする供給戸数は2500戸。しかし、16年は1200戸にとどまった。供給を増やして目標を達成するには用地取得を増やすことが必須。しかし、人気の城西エリアにはあまり用地は残っていない。これまでデベロッパーとの競合が激しくなく、大京の「ライオンズ」ブランドが強い城東エリアを再発掘する。
狙うのは、パワーカップルが好む都心に直結する駅の近くの土地だ。16年3月期に供給を開始した物件の購入者の調査をしたところ「駅から徒歩10分」の物件の購入者に比べ「駅から5分以内」の物件購入者に占める共働き世帯の比率が圧倒的に多かった。この世帯こそターゲットと、しらみつぶしに土地情報を収集する。「地方銀行はもちろん信用金庫まで足を運ぶ」(藤原室長)
不動産経済研究所によると、17年の首都圏の新築マンション供給戸数は「4万戸割れは確実な情勢」(企画調査部主任研究員の松田忠司氏)。18年も3万8千戸と予測しており回復の兆しは見えない。だが、デベロッパーに悲壮感はない。それは、ターゲットを正確に見定めていけば売れるという確信があるからだ。かつてない冷え込みの中でパワーカップルを射止めようとするデベロッパーの競争が始まった。
(企業報道部 前野雅弥)
[日経産業新聞 2018年1月12日付]
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