起業続々 著名データサイエンティストたちの本音
山田 剛良(日経NETWORK編集長)
いわゆる「ビッグデータ分析」ブームをけん引した著名なデータサイエンティスト(分析専門技術者)が次々と独立起業している。企業のマーケティングや経営判断に統計分析を活用する機運の高まりに呼応し、使いやすい分析サービスの提供を目指している。
3月初旬、東京駅八重洲地下街の貸会議室。20人弱のビジネスマンが、ある男の話に熱心に耳を傾けていた。東京大学大学院の元助教の統計家、西内啓(ひろむ)氏。ビジネス書では異例の30万部超を売った「統計学が最強の学問である」(ダイヤモンド社)など多数の著書を持つ著名データサイエンティストだ。

その西内氏を中心に昨年設立し、今年2月に営業を始めたのがデータビークル(東京・千代田)だ。インフォテリア前常務で新会社の代表取締役最高経営責任者(CEO)に転じた油野達也氏は「西内の持つ統計分析のノウハウを、ソフトウエアにして誰もが使えるようにする」と意気込む。
第1弾のクラウドサービス「DataDiver(データダイバー)」を4月に公開する。冒頭はその事前説明会での1コマだ。出席者は製造業や流通の現場担当者が中心で、IT(情報技術)企業やコンサルタントが残り半分。データダイバーは西内氏のノウハウに基づき、顧客のデータに適用すべき統計分析手法をシミュレーションで支援。顧客企業の現場担当者が自ら分析業務ができるようにする。
サービス購入企業には西内氏自らが担当者に分析手法を教える。「業務内容を分かっているのは現場の担当者。彼ら自身が分析できるのが一番よい」(油野氏)との考えが根底にある。
昨年8月に創業したDATUM STUDIO(デイタムスタジオ、東京・渋谷)は2人の著名データサイエンティストがタッグを組んだ。代表取締役の酒巻隆治氏と取締役の里洋平氏は共にソーシャルゲーム会社のドリコムでデータサイエンティストを務めた。2人の共著「ビジネス活用事例で学ぶ データサイエンス入門」(SBクリエイティブ)は入門者必読の1冊と評価が高い。

「統計分析で成果が出るのは明らかなのに手を付けていない企業が実に多い」と酒巻氏は起業の理由を話す。同社は顧客企業へのコンサルティングと受託分析が当面は業務の中心。特に分析基盤の構築支援を重視する。「やる気はあるのに分析対象のデータを適切に集められていない企業を助けたい」(酒巻氏)。
並行して両氏のノウハウを注入した分析支援ツールも開発中だ。まずは自社コンサルタントの利用を想定して、顧客企業に「目に見える成果」を出させるのを優先する。「なるべく多くの企業を支援できる体制を作りたい」(酒巻氏)という。
「やめておけ、と11年前の創業時は多くの人に忠告された」。統計分析事業で国内の草分けであるブレインパッドの草野隆史社長は「当時と隔世の感がある」と環境の変化に感慨深げだ。
統計分析は本当に企業に根付くのか。成功の鍵は「現場と経営の両方にある」と草野氏は話す。データから導き出された分析結果の意味を理解して業務に活用できる最適な人材は現場にしかいない。一方、有意な分析結果が出ても商慣習などの壁で、適切な改善案を適用できないケースも多々ある。その壁を越えて大きな成果を出すには経営のコミットが不可欠だ。
IT活用が不得手な企業はたいてい、現場と経営の両方にITへの苦手意識がある。ビッグデータ分析でも同じ轍(てつ)を踏むのか、変革できるのか。岐路に立っている企業は多そうだ。
〔日経MJ2015年3月23日付〕