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米国人番記者は見た(上) イチローが話した完璧な英語

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米国でチームの番記者を「ビートライター」(beat writer)と呼ぶ。なかでも敏腕ぞろいなのが、注目度ナンバーワンのニューヨーク・ヤンキース担当。キャンプからストーブリーグまで、べた張りで取材し縦横無尽に筆をふるう。そんなヤンキースのビートライターたちの目に日本人大リーガーはどう映っているのか。まず今季電撃移籍というビッグニュースを提供したイチローについて語り合ってもらった。(司会・原真子)

出席者
デビッド・ワルドシュタイン =ニューヨーク・タイムズ(以下D・W)
デビッド・レノン=ニューズデー(以下D・L)
ケン・ダビドフ=ニューヨーク・ポスト(以下K・D)
マーク・ヘイル=ニューヨーク・ポスト(以下M・H)
杉浦大介=フリーライター
覆面記者=ニューヨーク駐在日本人記者

――まず、ヤンキース移籍後のイチローの印象を。

D・W ヤンキースではいいときと悪いときがあったよね。最後はすごかったけれど、移籍当初は左投手のときは出番がないし、シアトルにいたときと同じか、マシなくらい。

終盤になって突然スイッチが入ってスパーク! 9月は目を見張る活躍だった。ファンに最も愛された選手の一人になった。

シアトルでのイメージ覆す

D・L シアトルでの彼を見て、どうヤンキースにフィットするのか? と思った。でも昔の彼がよみがえった。移籍した選手の難しいところは、周囲が自分に対して抱く先入観を覆すことだと思う。でも彼は覆した。スタメンとして獲得されたわけじゃないのに、最後はスタメンになった。

彼は常勝チームでプレーすることが重要だったと思う。シアトルではやる気が失せている感じがした。こっちに来てイチローは優勝チームの一員って感じだったし、38歳にして、先入観を変えたのはすごいよ。

K・D(一般的に)ファンがトレードを歓迎することは少なくて、イチローは67試合ヤンキースでプレーして、最初の4分の3の試合ははっきり言って悪かった。9月19日(8打数7安打の)ダブルヘッダーのブルージェイズ戦からメチャクチャすごかった。それからの残り14試合にファンはがぜん注目したよ。現在のイチローの実力は最初の4分の3とラスト4分の1の中間くらいだと思うけど。

M・H (終盤の活躍に)超ビックリ。ファンはイチローというビッグネームにまず、ワクワクしたと思う。最初はそんなに打たなくてガッカリしたら、最後の20試合がすごかったじゃない。

M・Hア・リーグ地区シリーズ初戦、(故障明けの)ブレット・ガードナーがイチローの代わりに入った間違ったスタメンがツイッター上に流れて、ファンが大ブーイングを起こしたじゃない。そんなこと今までなかったよね。

杉浦 メンタル面でいい刺激になったのかな?

M・H 球場が有利だったかな。ヤンキースタジアムは左打者にやや有利だし、セーフコフィールドは打者に不利。あと打線の他のメンツがいいでしょ。それで生き返った。

ビッグネームの中でよみがえった輝き

D・L ジーター、A・ロッド、CC(サバシア)ら、皆ビッグネームだ。イチローはある程度のプライドを持って試合に臨んでいる人だと思うけれど、ヤンキースのクラブハウスは最高の選手ばかり。それが彼のレベルも引き上げたと思う。

D・Wシアトルでは今季の出塁率が2割8分8厘、ヤンキースでは3割4分。9月なんて4割だ。四球は3個(笑)(故意四球は除く、ヤンキースでは粘って四球をとるのも重要な任務)

D・L (来季に向けた交渉が近づく)契約月間らしい成績(笑)。

杉浦 (マリナーズ時代と異なり)イチローだけが警戒されるという状況じゃなくなったわけですね。

D・L 統計的にはスピードは落ち、体重も増えてくる年齢。でもスーパースターでなくても、チームに貢献できるいい選手にはなれる。今季のヤンキースはそんな選手に出番があった。イバネス(ア・リーグ地区シリーズ第3戦で代打で同点本塁打にサヨナラ弾)もそう。

D・W日本人記者のイチローへの気の使いようはすごいね。

――質問の内容次第で会見が終わることがあるのですが、そのポイントが読めません。

D・W 2つの顔があって、僕らには違った。気軽に話せた。「どう?」「何してんの」って。彼は笑って、完璧な英語で話してくれた。

D・L日本メディアと過去に何かあったのかもしれない。ほかの日本選手はそうじゃなかったから。

D・W 僕は大リーグ史上最も偉大な打者の一人だと思う。そしてユニークな人だね。同じ食べ物を食べ続けるとか。

D・L 験を担ぐとか。

D・W 日本版ウエード・ボッグス(元ヤンキースの内野手で、3000本安打をマーク)か?

M・H ボッグスはいつもチキンを食べてたね。

今季、現役に復帰したアンディー・ペティットの初先発試合が5月のマリナーズ戦だった。相手チームに印象を聞くなら、イチローが最適だから、ほかの米国人記者2~3人と囲んだ。礼儀正しくて、僕たちが必要なことを的確に把握した。

D・W 記者が質問するときいつもロッカー側に顔を向けるとか。

覆面 どうしてロッカー側を向いて答えるんですか? と聞いたら、「誰が質問したかで判断したくないから」と言ってました。

ニューヨークが変えた?

K・D シアトルでのイチローの評価は常に高いとは限らなかったよね。シアトルが負け続けるにつれ、その一因とするようになっていった。

M・H 評価は下がっていた。

K・D ニューヨークに来ていろんな面で変わったのかな。

――ファッションもユニークです。

D・W ファッションはとってもとってもユニーク。ジーターがよくジョークを言ってたよ。

D・L ボーイズバンドのメンバーみたい。ズボンの裾をロールアップして帽子かぶって。そういうキャラクターを見せたいのか、とにかくめちゃくちゃユニークだよ。

M・H そういう点でも、彼はスーパースターだ。

ヤンキース打線の中での微妙な立ち位置

D・W ブーン・ローガン(中継ぎ投手)は「イチローはロックスターだ」って言ってた。

D・L ジーターが彼を受け入れたのが大きい。ここ(ヤンキース)では特にね。イチローがジーターのミドルネームの「サンダーソン」で呼んでた。面白いでしょ。2人でよくじゃれあってた。僕の見た限り、ジーターは社交的でない。その彼がイチローには少し心を開く。

――来年もヤンキースでプレーするでしょうか?

全員 ノー。

K・D 打線にはまると思えない。ガードナー(生え抜きの外野手)と似ているんだ。ああいうタイプの外野手は2人いらない。特にヤンキースは。2人とも長打もあるけれど、基本的に単打が多いタイプ。

D・L 同感。ヤンキースは再契約をある程度は考えているとは思う。(ヒジの手術でシーズンを棒に振った)ガードナーが戻る。その場合イチローはベンチになるが、安い契約でベンチにいい選手を抱えられるとなれば、メリットは大きいもの。でも、ヤンキースは左打者が多く、イチローがやりたくないような役割をもっと求めると思う。現時点では来年はスタメンじゃない。

M・H イチローはニューヨークを楽しんでいるように思うけれど、他のチームでもっと大きな役割を求めても驚かない。

D・L お金の面ではちょっと興味深いな。たとえば1年1500万ドル(約12億3000万円)プラスアルファなんて高額契約はない。せいぜい500万ドル(約4億1千万円)だろう。どの選手もいつか直面する問題だけれど、イチローはどう考えるのかな?

杉浦 ヤンキースは今オフ、大きなトレードを考えている気がする。去年、ヘスス・モンテロ(捕手)と、マリナーズのマイケル・ピネダ(投手、右肩手術で今季登板機会なし)をトレードしたように、ガードナーを出して、代わりの大物外野手を獲るとか……。

K・D ない。

D・L ヤンキースに見合う交換要員がいない。

杉浦 ア・リーグ優勝決定シリーズは0勝4敗と屈辱的な敗退だったから、大胆(な補強)に出ないかな?

D・W 金銭面を考えるとねえ。優勝決定シリーズまでは行ったんだし。(ヤンキースは14年までに贅沢税のかからない年俸総額1億8900万ドル=約155億円=以下に抑えようとしている。今年の推定年俸総額は約1億9800万ドル=約162億円)

K・Dガードナーのトレードは考えにくい。今、一番の問題は右翼のスウィシャーを失うことなんだ。最終的には(ポストシーズンの打率1割6分7厘で)ファンに嫌われたとはいえ……。

D・L イチローは代わりにならない。スウィシャーはイチローにないものを2つ持っている。両打ちとパワー。

覆面 スウィシャータイプは本塁打はあってもヒットが少ない。イチローなら……。

ヤ軍残留、他選手の動向次第

K・D それならガードナーがいるよ。今のイチローの、若いバージョンがガードナーなんだ。

D・L (ヤンキースの生え抜きである)ガードナーは特別枠。もしガードナーに何かが起きたら、全ては変わるけど。イチローではパワー不足は解消しないし。

――グランダーソン(中堅手)はトレード要員にならないんですか?

全員 出さない。

――守備はいいけど、打率2割3分2厘です。

K・D 43本も本塁打を打った。すごく重要だ。

杉浦 日本人の感覚では、本塁打が多くても低打率では打線がつながらないと考えてしまう。

K・D いいんだよ。ジャイアンツはそれで今季世界一になったじゃない。いつも以上に一発が出たおかげでね。サンドバル(ワールドシリーズ初戦で3本塁打)が効いただろ。

――右翼の狭いヤンキースタジアムで、左打ち(グランダーソン、イバネス、テシェイラ、スウィシャー、カノ)の一発が試合を決める場面を何度も見た。言われてみれば、単打で試合が決まったという場面はそうない。安打製造機よりも一発の破壊力に頼む傾向がありますよね。

座談会参加者略歴
ケン・ダビドフ(Ken Davidoff) ニューヨーク・ポスト紙コラムニスト。1998年~04年までヤンキース番記者。現在はMLB全体を担当
マーク・ヘイル(Mark Hale) ニューヨーク・ポスト紙記者。03年からメッツ、ヤンキースを担当。04~07年はメッツ専属
デビッド・ワルドシュタイン(David Waldstein) ニューヨーク・タイムズ紙記者。11年からヤンキース番記者。97~05年までメッツ担当。05~07年はNBAのニックス担当、07~11年メッツ担当
デビッド・レノン(David Lennon)1995~98年までヤンキース担当。99~01年までヤンキースとメッツを担当し、11年までメッツ番記者。12年からニューズデー紙コラムニストとなり、主にヤンキースの試合をカバー
杉浦大介 ニューヨーク在住フリーライター。2003年からヤンキース、メッツを中心に取材、NBAやボクシングの記事も手掛けている

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