ソーシャルと「射幸心」の危うい関係
興奮は"管理"する時代に
ゲームジャーナリスト 新 清士
急成長している携帯電話やスマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)向けのソーシャルゲームの特性を語る上で欠かせないキーワードがある。「セーブデータ」と「射幸心」だ。
ゲームは「人と人」もしくは、「人とソフト(機械)」とのインタラクション(=相互作用)が価値を生む。プレーヤーは一定のルールに従って、様々な選択肢の中から1つを選び、試行錯誤をしながら意思決定をしていく。そして結果を予測し、成功や失敗をフィードバックとして楽しむ。
その過程は一般のスポーツなどと変わりがないが、コンピューターゲームには、スポーツと大きく異なる点がある。プレーヤーが選んだ「結果」をセーブデータとして残せることだ。
ゲームは「物理メディア」から「クラウド」へ
ある人が「ゲームで遊ぶ」という行為によって生じた時間と費用の蓄積は、デジタルデータとして記録できる。そのデータはプレーヤーの"体験"が詰まった極めてパーソナルなものだ。
またスポーツの記録よりも圧倒的に情報量が多いうえ、一つのセーブデータを、他のユーザーのデータと交換することはできない。
例えば「ドラクエ」シリーズのようなロールプレイングゲームをプレーした場合、同じゲームであっても、そのセーブデータの状態はプレーヤー一人ひとりによってまったく違うものになってしまう。つまりセーブデータにも大きな付加価値性が発生するのだ。
この25年あまりのゲームの歴史は、セーブデータが物理メディア(媒体)を離れて、インターネット上のクラウドに移行していくプロセスでもあった。そこに着目すると、ソーシャルゲームが主流になりつつある今、「射幸心」の問題が浮上してきたことが説明できる。
1983年に任天堂が発売し「ファミリーコンピュータ」における一大イノベーションは、ゲーム機とROM(ロム)カセットによって、ハードウエアとソフトウエアを分離したことだった。当初はプレーヤーのデータを記録する機能はなかったが、87年の「ファイナルファンタジー」(当時スクウェア)が発売されてからセーブデータ機能をカセットに持たせることができるようになった。
94年の「プレイステーション」(ソニー・コンピュータエンタイテインメント=SCE)では、セーブデータは物理メディア「メモリーカード」によって、ゲームそのものと分離された。この方式はその後、記録媒体はハードディスクになった「プレイステーション3」(SCE)や、SDカードといった外部メモリーを使う「Wii」(任天堂)にも継承されている。
ユーザーのプレー状況を分析するのが一般的に
一方、2005年ごろから「ユーザーの体験をコントロールしよう」という考え方が台頭してきた。ゲームの発売前に、商品を「おもしろい」と感じてくれるかどうかを完全に予測してバランス調整を行う、「プレイテスト」というやり方だ。高評価を得られるゲームを確実に作ることができれば、ヒットを外すことはない。
05年発売の「Half・Life2」(米Valve)は、この手法を徹底的に駆使した。1~2週間に一度、ゲームの内容を知らないユーザーに遊ばせる。すべての行動を録画して、どこで迷い、どこで(ゲーム内の主人公が)死んだのかを調べあげる。それをゲーム開発のプロセスに迅速にフィードバックして、質の高いゲームに仕上げた。
今では低コストでこうした手法を利用できる。わずか2人で開発して大ヒットに結びつけたiPhone向けのパズルゲーム「Cut the Rope」(ZeptoLab)は、米Flurry社のユーザー分析サービスを使っている。ゲームアプリを通じてユーザーのプレー状況をサーバーに送り、分析するものだ。
ゲームのどの部分でユーザーが足踏みしてしまうのか、また、遊ぶことを止めてしまうのかなど、データを見ながら製品を改良していくことができる。これでも、基本的なセーブデータはユーザーの手元に残されている。
ゲーム会社が「中央銀行」の役割を持つように
ところが、パソコンや携帯電話からサーバー上にあるゲームソフトを読み込む形式の「クラウドゲーミング」になると状況は大きく違ってくる。すべての遊技データはゲーム会社のサーバー上にあり、ユーザーが持つことはできない。ゲーム会社は獲得したセーブデータを管理し、様々な形で有効利用しようと考える。
03年にサービスが始まった宇宙をテーマにした大規模オンラインロールプレイングゲーム「EVEOnline」(CCP)は、ゲーム内の統計データを「通貨供給量」などの経済指標として定期的に発表することで有名だ。もちろんゲームサービスが順調に成長しているのかを分析する基礎にもなっている。
07年ごろブームとなった仮想空間サービス「セカンドライフ」(リンデンラボ)の場合は、積極的にゲーム内通貨を現実のお金に交換できる仕組みを採用し、統計データも発表していた。
ただ、仮想通貨を現実の通貨に変える目的のユーザーが多く入り込んだため、通貨供給量をコントロールできなくなった。運営会社が公正かつ適切な「中央銀行」としての役割を果たせているのか、という点への信頼性が失われ、ブームが去る要因にもなった。
これは「ゲームを楽しむ」という本来の目的以外に、仮想通貨を現金化する「リアル・マネー・トレード(RMT)」の仕組みが入り込むと、ゲームバランスが容易に崩壊してしまう実例としても知られている。
データ駆使して射幸心をかき立てる誘惑
韓国製のオンラインゲームでは、07年ごろからゲーム内の仮想通貨の供給量やレア(希少)アイテムの量をコントロールすることが一般化している。「楽しさ」「悔しさ」といったゲームのバランスを崩さないように、ゲーム全体の確率をコントロールするのだ。
しかし、セーブデータが徐々に企業のサーバーに移るにしたがって、そのデータを駆使してユーザーの射幸心をかき立て、ゲームにのめり込みやすい環境を作ろうという企業側の意志が入り込んでくる。
例えば基本無料で遊べるパソコン向けオンラインゲームの場合、めったに出会わない「レアモンスター」を倒したときに出現するレアアイテムの登場確率(ドロップ率という)を変化させることで、ゲームをコントロールしている。
つまり、仮想通貨が供給過剰の状態にある時には、ゲーム内で最も消費が速く、一度しか使えない「回復アイテム」を多く購入させるように促す。また、モンスターの強さを調整して、仮想通貨をどんどん消費させるようにすることも可能だ。
しかし、その「修正された確率」はユーザーの目には見えない。ゲーム会社は常にユーザーの遊技データを監視している。企業にとっては、一定数の課金ユーザーが、一定額を支払いながらゲームを継続することが望ましい。しかし、売り上げが芳しくないと判断したら、ドロップ率をコントロールすることで、短期的に大きな収益を上げることも不可能ではない。
セーブデータがサーバー側に移るにしたがい、ユーザーとゲーム会社の間で、「情報の非対称性」が広がりつつある。もちろん、遊技データはより良いサービスの開発にも役立つが、データが見えないだけに、ゲーム会社がユーザーの「射幸心」をあおる方向に向かいやすいという側面もある。
確率を少し変えれば収益性が大きく変わる
現在、注目されている携帯電話やスマホ向けのソーシャルゲームも、セーブデータはゲーム会社側にある。そして、同サービスで収益性が高いのはアイテム課金による1回300円程度の「ガチャ」と呼ばれる、カードをランダムに獲得するシステムだ。
コインを投入してカプセルを取り出す伝統的な「ガチャガチャ」では、レアな商品を手に入れるための確率は一定だ。しかし、ソーシャルゲームにおける「コンプガチャ」(レアカードを6枚そろえると特別なカードがもらえる)という一般的なゲーム内イベントでは、仮にカードの登場確率が同じでも、収益を高めることが容易にできてしまう。
人気がある「アイドルマスターシンデレラガールズ」(バンダイナムコゲームズ)については、ユーザー作成の「コンプガチャシミュレーター」という計算ソフトが公開されている。あくまで、「推計」ではあるが、その結果は興味深い。
レアカードの出現確率が12%と仮定すると、6枚そろえるのに平均3万4518モバコイン(円と同等価値の仮想通貨)が必要という結果になる。平均確率が10%だと6万252モバコインに跳ね上がり、逆に15%だと2万742モバコインとなる。残り枚数が減るにつれて、最後の一枚が出る確率も減っていくが、そもそもの登場確率が変えられている可能性があるかどうかも、ユーザーにはまったく確認する方法がない。
他のアイテム課金型のオンラインゲームでも同じことが行われているが、特にガチャシステムは、ユーザーの射幸心をあおるように確率を変動させることで、企業側が高収益を目指す誘惑に駆られやすい傾向を備えているといえるだろう。
「ガチャ」はユーザーにゲーム体験を多く楽しんでもらうための要素ともいえるが、様々な攻略サイトで手に入りにくいカードのリストを調べることも可能なため、カードを換金することができるとなると、不正行為につながりやすい土壌もある。
ユーザーが信じればゲームの価値が増す
オンラインゲームの時代には、遠く離れた多くのユーザーが一緒に遊ぶ「同期性」が価値を持っていた。今の携帯電話向けソーシャルゲームは、同じ時間に他のプレーヤーと遊ぶ必要がない「非同期性」の時代に移りつつある。さらにゲーム会社は「中央銀行」としての機能だけでなく、ゲーム内でユーザーが「興奮」したり、「がっかり」したりするタイミングまでも管理できるようになっている。
ソーシャルゲームは急成長期にある分野だ。仮想空間のカードであれ、自分の遊技データであれ、蓄積されたデータ資産の価値が増していると、多くのユーザーが信じれば、ゲーム自体の価値も増す。セーブデータの価値も楽しさの一部だからだ。データ分析が企業の収益を最大化する手法としてだけではなく、個々のユーザーの嗜好を満足させるような形で有効活用されてこそ、健全な成長がのぞめるのではないだろうか。
1970年生まれ。慶應義塾大学商学部及び環境情報学部卒。ゲーム会社で営業、企画職を経験後、ゲーム産業を中心としたジャーナリストに。国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)副代表、立命館大学映像学部非常勤講師、日本デジタルゲーム学会(digrajapan)理事なども務める。
また、グリーが設置した外部有識者が議論する「利用環境の向上に関するアドバイザリーボード」にメンバーとして参加している。