日本人奴隷が大量に海外流出したこととローマ教皇の教書との関係~~その3
前回は、大航海時代以降に西洋諸国が世界各地を侵略し地球規模で奴隷貿易を開始したのは、ローマ教皇の教書に則った活動であることを書いた。インカ帝国が滅亡した事例で、キリスト教の神父が重要な役割を演じていることを紹介したが、わが国の場合はキリスト教の宣教師に日本を侵略する意思や、日本人を奴隷化する意思はあったのだろうか。表題のテーマからすれば、日本も例外ではなかったことを、当時の記録から論証する必要があ...
中国人苦力を全員解放させた日本人の物語
19世紀に奴隷制の廃止運動が起こり、イギリスでは1833年、フランスでは1848年に奴隷制度が廃止され、アメリカは少し遅く南北戦争後の1865年に漸く奴隷制度が廃止されている。しかし、これで完全に世界で奴隷制度がなくなったわけではなく、奴隷商人たちは彼らに代わる奴隷をアジアの地に求めるようになった。かくして中国人の苦力(クーリー)貿易がアヘン戦争直後の1845年から本格化する。彼らは建前上は契約労働者であったが実態は...
GHQが日本人に封印した歴史を読む~~イギリスとインド・中国
前回の記事で、GHQ焚書である菊池寛の『大衆明治史』に書かれている文章を紹介した。 今回は、GHQが終戦直後から実施した検閲に引っかかって、抹消された文章を紹介しよう。アメリカのメリーランド大学にあるマッケルディン図書館に、プランゲ文庫といってGHQの検閲官が検閲したゲラ原稿の資料が持ち帰られて保存され、マイクロフィルム化されて誰でも自由に閲覧ができるようになっているそうだ。このプランゲ文庫を5年間にわたり...
GHQが日本人に封印した歴史を読む~~ペリー来航
嘉永6年(1853)6月に、アメリカ東インド艦隊司令長官ペリーの率いる4隻の軍艦が、江戸湾入口の浦賀の沖に姿を現した。ペリーは何のためにわが国に来たのか。市販されている高校教科書『もう一度読む山川日本史』にはこう書かれている。 「そのころアメリカは、北太平洋での捕鯨や太平洋を横断して中国にいたる新しい貿易ルートを開拓するために、日本の港で食料や燃料を補給する必要を感じていた。このため上陸したペリーは、開国と...
吉備路の古社寺を訪ねて
広島県尾道に所要があり、ただ往復するだけではもったいないので、従来から行きたかった吉備路の古社寺を訪ねてから鞆の浦で一泊する旅行をしてきた。 岡山の観光地はいろいろあるのだが、有名な岡山城、後楽園や倉敷はだいぶ前にバス旅行で行ったので、今回は吉備路の古社寺を中心に廻ることにした。 最初に訪れたのは吉備津彦神社である。 社殿の創建は第十代崇神天皇の御代とされ、大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと)を鎮祭...