前回のブログでは、サミュエル・ハンチントン教授の著作、「文明の衝突」以降を考察し、2000年に刊行された「文明の衝突と21世紀の日本」からの論説を記しました。ハンチントン教授は2008年に81歳で亡くなっていますが、一方の「歴史の終わり」を著したフランシス・フクヤマ氏は1952年生まれで現在でも国際政治学者として著作や活動を続けています。共産主義思想は、「世界は最終的に共産主義社会に行き着く」と説いたが、結果的に自由で民主主義的な世界が「歴史の最終形」であるとしたフクヤマの「歴史の終わり」は、ハンチントン氏の「その後も文明圏の衝突による歴史の変革が続く」とした「文明の衝突」とは対立する学説として紹介されます。現在も活動を続けるフクヤマ氏が現在の世界情勢をどのように分析しているかは興味深い所なので氏の比較的最近の著作である「歴史の終わりの後で」(2022年刊中央公論新社)を読みました。
I. グローバリズム学問的論客としての生存
この本は21世紀に入ってからの氏の著作や講演内容を対談の形でテーマ毎に読みやすくまとめたもので、氏の考え方を知るには非常にわかりやすい内容になっています。歴史は終わらず、文明の衝突が続くことは現在の状態から証明されてしまいましたが、その点はフクヤマ氏も認めています。しかし政治体制としては自由民主主義が最終形であろうという点ではフクヤマ氏も論を曲げていません。
経済は資本主義でありながら共産党が独裁する中国や王制のアラブ諸国などは民主主義と言い難いのですが、時間を経て民主主義的な形態に移行するだろうことは予想されます。社会主義が「政治と経済」の在り方を規定する思想であった一方で宗教(文明)であるイスラム教は「宗教(生活)と政治」の在り方を規定する思想であることが現在を複雑にしています。
またハンチントンが「一極(米国)・多極世界」は米国の覇権衰退と共に徐々に「多極世界」に移行するだろう、と予想した事が経済を中心に実現しつつある事については、フクヤマ氏は非常に困惑と否定という反応を示しています。GAFAMなどのメガグローバル企業が国家の枠を超えて人類全体と対峙して尊大で傲慢な存在になり、結果的に貧富の差が開き二極化している現実は「新自由主義の問題点」と捉えているのですが、政治的立場としては「グローバリズムが支配する米国民主党全推し」で、2020年バイデン政権誕生とその政策は大賛成、という事が解りました。
自由・民主主義の自由の部分は自由なグローバル資本主義の一極態勢を是とするもので、多極側に立つトランプや他の欧州政治家などは形が民主主義でも「ポピュリスト(劣る者)」という評価でした。それは民衆が支持しても、支持する民衆が間違っているというグローバリズム・エリート特有の傲慢な自己肯定で押し切っていて「いかに人類の幸福に結びつくか」といった論理は見られません。
文明が衝突している状態も民族の「アイデンティティ」に帰属する政治として好ましくないものと規定しています。この辺になると、米国は古いアイデンティティを否定して建国した精神がありながら、現在が白人だ黒人だというアイデンティティ重視の政治になっているアンチテーゼを提言しているに近く、アメリカの中だけでやってくれ、という気持ちにさせます。ハンチントン氏はそれぞれの文明は衝突しがちであるので、強く干渉することなく相互の尊重する態度を持つことが大きな戦争(フォルトライン戦争)を防ぐ方策になることを提言したのであって、文明への帰属を否定した訳ではありません。
フクヤマ氏も愚かではないので、その辺を全て理解した上で「グローバリズム資本主義に学問的権威を与える論客」として存在すれば重用されるという生き方をしているのでしょう。トランプやハンガリーのビクトル・オルバンについて論ずる内容は「理屈でなく単なる好き嫌い」であり、「アレ?」というほど善悪二元論でしか評論しない幼稚な内容で驚かされます。
II. トランプ体制までにどこまで戦乱を拗らせるか?
フクヤマが嫌うトランプは3年続いてウクライナの敗北が決まった戦争を直ぐにも終わらせると宣言してきました。次期トランプ政権の閣僚の多くもウクライナへの無秩序な援助に否定的であり、来年の1月20日の就任以降は「直ぐ停戦」かは別として、今までの様には行かなくなります。バイデン政権を支配するグローバリズム陣営としては直ぐに戦争が終わらない様に戦局を可能な限り拗らせる(拡大させる)作戦に出ました。バイデン本人が外遊している隙に米国は今まで拒否してきたATACMSのロシア領内への使用を許可し、国際的に禁じられている対人地雷も供与すると発表しました。この発表は重大な方針転換であるにも関わらず大統領令による公式な発表ではなく、グローバル陣営専属メディアのNYタイムスの報道という形で行われた所がいかにもクズです。
グローバリストのパペットに成り下がっている死んだ眼をしている英国スターマーも早速ストームシャドウのロシア領内使用を許可しました。これらミサイルの標的設定には、米英の機密情報である衛星情報が必要であり、設定自体ウクライナ兵はできないので米英の現役軍人(に相当する者)がウクライナ現地で行っています。従ってプーチン大統領がかねてから指摘する様に、「米英軍人が米英製作のミサイルでロシア領内を攻撃することは<新たな宣戦布告>であり、ウクライナ戦争ではない」という論は正しいものです。「兵器をどう使うかはウクライナの決定による」というのがNATOの言い分ですが、客観的事実からは弱い。キューバにロシアが供与したミサイルで米国が攻撃されたら米国はロシアを許さないはずです。
この1週間、ガザの停戦について協議が進められていたのですが、また米国は停戦決議案を拒否しました。一体これらの重大な決断は「民主主義に基づいて米国民の総意として決められた」と言えるのでしょうか。フクヤマ氏の見解を聞きたいものです。
参考までに国家情報長官にトゥルシー・ギャバード氏が指名された事についてのStrategic culture foundationの2024年11月15日の評論の一部と前トランプ政権における国防省アドバイザーであったダグラス・マクレガー氏のAmerican conservativeの2024年11月19日付イスラエルのイラン攻撃を米国が拒否するリスクがあるかについての論説の一部を載せます。
III. トゥルシー・ギャバード氏は、トランプ大統領に永続的な和平合意を実現するために必要な助言を与えることができる。
Strategic Culture Foundation
Editorial
November 15, 2024
トゥルシー・ギャバード氏が米国諜報機関の最高責任者に指名されたことで、米国とNATOの体制に衝撃が走った。西側諸国の報道機関は、常にディープステート政策立案者の忠実なエコーチェンバーだ。
この反応は、何か重大なことが起こったことを示す良い兆候だ。ギャバード氏が国家情報長官(DNI)に任命される可能性は、トランプ氏が閣僚を編成する上でこれまでで最も重大な決定となる可能性がある。
ギャバード氏の指名は、世界平和という重要な問題に関して最も建設的である可能性があるからだ。
タイム誌は、ギャバード氏の選出に対する米国諜報機関の反応を「我々は動揺している」とし、ロイター通信は西側諸国の「スパイ界は困惑している」と報じた。一方、体制側の代弁者アトランティック紙は、ギャバード氏を「米国の安全保障に対する脅威」と非難した。これは、国家安全保障のトップに就任する人物に課すには驚くべき非難だ。
CNNのニュースキャスター、ジム・シュート氏は、同僚のリチャード・クエスト氏に懸念を伝え、ギャバード氏の見解は米国の既存の外交政策のすべてと「矛盾している」と述べ取り乱した。「なんてひどいんだ! 何年もの間、私たちが作り出してきた嘘と、高額な給料をもらってきた嘘について、今さら何を言えばいいんだ?」と言っているようだった。
結局のところ、米国の企業メディア、特に民主党、体制、ディープステートの諜報機関と関係のあるチャンネルや新聞にとって、トゥルシー・ギャバードは「ロシアの手先」として中傷されている。
ギャバードが国家情報長官に就任すれば、ディープステートにとって非常に大きな挑戦となるだろう。
トランプ大統領の他の閣僚人事と同様に、指名は上院委員会の承認を得る必要がある。そのため、彼女のポストが承認されるまでにはしばらく時間がかかる。多くのことが変わったり、軌道から外れたりする可能性がある。
トランプ大統領の今週の閣僚人事は、就任後の1月に始まる次期大統領の将来の外交政策を見極めようとする観測者たちの注目を集めている。トランプ大統領が今週、国防長官にピート・ヘグセス、国務長官にマルコ・ルビオという強硬派の人物を早々に指名したことは、ロシア、中国、イランなどに対する好戦主義や敵意からの脱却を望む米国外交政策批判者の一部に失望を招いた。
次にトランプ大統領が選んだのはトゥルシー・ギャバードである。この元下院議員は、中東とウクライナにおける米国の軍国主義に対する率直で周りに左右されない批判で、米国および国際社会で広く尊敬を集めている。しかし、米国の政治体制とメディアは、シリアと中東におけるワシントンの政権転覆戦争を批判する彼女の見解を理由に、彼女を「裏切り者」や「ロシアの手先」と中傷している。2017年、ギャバードはシリアを訪れ、バッシャール・アル・アサド大統領と会談した。彼女は、ダマスカスの政権転覆のためにテロリスト民兵を支援するというワシントンの秘密政策に反対を唱えた。彼女は真実を語ったため、アサドの「弁護者」として中傷された。
最近では、ギャバード氏が米国とNATOによるキエフ政権への武器供与とロシアに対する代理戦争に反対したため、再び「ロシア弁護者」という中傷が彼女に投げつけられた。彼女は、「NATOの威圧的な拡大に対するロシアの安全保障上の懸念が考慮されていれば、ウクライナ紛争は避けられたはずだ」と述べた。その正気と客観性は、なんと爽快なことだろう。
ウクライナ紛争に関する彼女の見解は、確かに米国の体制側とメディアの「ロシアの侵略」に関するプロパガンダと矛盾している。彼女の見解は、隅々まで報道されている「ニュース」プロパガンダが虚偽であることを明白に暴き、NATOの嘘が世界を核戦争に引きずり込んでいるという国民への警告となっている。トゥルシー・ギャバード氏が第2次トランプ政権で果たす役割は、上院の審査を通過すれば、いくら強調してもし過ぎることはない。
(以下略)
ウクライナの国民の民意は即時停戦にある。それでも戦争を続けさせたいですか?
IV. 世紀の嵐の中に立つトランプ
The U.S. is sleepwalking into disaster in the Middle East.
ダグラス・マグレガー
2024年11月19日午前12時5分
多くの国の首都では、ドナルド・トランプ大統領のワシントン復帰により、イスラエルがイラン攻撃にさらに自信を持つようになるのではないかと懸念されている。エルサレムのシオン友の会博物館の創設者マイク・エバンズ氏によると、「トランプ大統領がネタニヤフ首相以上に尊敬する世界の指導者はいない」という。
この福音派指導者はまた、トランプ大統領が就任前にイスラエルの攻撃を支持するだろうと打ち明けた。イランの石油生産施設の破壊はイランの経済を壊滅させ、トランプ大統領が就任する前にイランがイスラエルとの戦争を終わらせるだろうという想定からだ。この考えは、イスラエルがイランの核開発施設を攻撃するという決定も排除するものではない。
トランプ氏が何をするか、しないかは不明だ。テヘランとエルサレムの対立における幻想的な静けさがいつ終わるのかも不明だ。
一つだけ確かなことは、もしアメリカがイスラエルのイランに対する戦争に加われば、その結果は地政学的な対決となり、私たちが知っている世界を劇的に変えかねないということだ。これは21世紀の嵐であり、今のところ、アメリカという国家はまさにその嵐の中を航海している。
イランとの戦争になった場合の米国にとって望ましい状態とは?それは最も答える事が難しい問題です。
1991年と 2003 年のイラク、1999 年のセルビア、2011 年のリビアとは異なり、イランは孤立していません。イランには同盟国と支援者がいます。1991 年に最終状態を定義できなかったため、アメリカの作戦戦略軍事計画者は戦争の結果に備えていませんでした。その結果得られた平和は、米国の長期的な利益にとって満足のいくものではありませんでした。
ロシア外務省は最近、「ロシアとイランの戦略的安全保障パートナーシップに関する交渉が進行中であり、特に軍事協力に重点が置かれている」と発表しました。中国の習近平国家主席はイランに対し、イランの国家主権と安全保障の防衛に対する中国の支援を確約しています。サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子(MBS)でさえ、イランを攻撃しないよう助言しているほどです。
サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)も戦略的な金融政策を講じている。サウジアラビアの米国債保有高は大きく変動しており、2023年6月時点で約1081億ドルに落ち込んでおり、2020年初頭から41%以上減少している。イランとの紛争が勃発した場合、サウジアラビアとアラブ首長国連邦は富をアラビア半島に送還し、米国債の「投げ売り」を開始する可能性があり、米国と西側諸国で大恐慌規模の金融危機を引き起こすだろう。
それほど目立たないが、同様に重要なのが、イスラエルとの関係を断つというトルコの決定である。レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領はまた、トルコとシリアの安全を脅かす米国とイスラエルが支援するクルド人勢力を壊滅させるため、トルコ軍がシリア北部で作戦を開始する用意があることを示唆しました。トルコ軍がレバノンやエジプトの防衛に投入される可能性は十分にあります。
イスラエルが開始した地域戦争に米国が参加することを拒否した場合、アメリカ国民にとっての戦略的デメリットはあるだろうか?
2023年10月7日以来、イスラエルの政治的、軍事的目標はイスラエル国土の防衛をはるかに超えています。ネタニヤフ首相は、アメリカの財政援助と軍事支援があれば、イスラエル軍はガザとヨルダン川西岸から数百万人のパレスチナ系アラブ人を排除し、南レバノンからヒズボラを排除できると確信しているようです。しかし、イスラエルの勝利を確実にするためには、シリア、イラク、イエメンにいるイランとその代理勢力も破壊しなければならないとネタニヤフ首相は主張しています。
ネタニヤフ首相の目標は、アメリカ経済の健全性と国際システムの安定にとって何を意味するのか?イスラエルは多数の敵国を攻撃せずに生き残ることができるのか?
1956年、ドワイト・アイゼンハワー大統領は、ハンガリーの反共産主義革命をめぐってソ連と戦争するリスクを冒すことを拒否した。同年、アイゼンハワーはスエズ運河を占拠するための英仏イスラエルの介入を支持することを拒否した。1968年、リンドン・ジョンソン大統領は、チェコスロバキアの支配を再び強めるソ連の軍事介入を阻止するためにアメリカの軍事力を使用することを拒否した。これらの決定はいずれもアメリカの国益を損なうものではなかった。何でもイスラエルの決定に従うことが米国の国益ではない以上、無謀な戦争への加担は控えるべきではないだろうか。
(最後の部分はrakitarou意訳)
ー 以上 ー
追記:
V. 欧米が作る歴史の終わり(ヴィクトル・オルバーン)
フクヤマがポピュリストとして嫌うハンガリーのオルバーン首相が2024年11月21日のユーラシア・フォーラムで西欧が世界に押し付けてきた欧米モデルは終わりつつあると現在の世界情勢を象徴して講演しました。ハンガリーは人種的にもアジア系と自任している背景もありそうです。以下が要旨です。
要旨
西側世界は東方からの挑戦を受けている。次の時代はユーラシアの世紀になるだろう。 西洋の文明支配の500年が終わりを迎えた。
アジア諸国はより強くなり、「経済的および政治的権力の独立した中心として台頭し、存在し、持続する」能力があることを証明した。彼らは現在、人口統計学的にも技術的にも欧米の同業者よりも優位に立っている。その結果、世界経済の中心は東側に移り、経済は西側の経済の4倍の速さで成長している。「西洋の産業の付加価値は世界の40%を占め、東側の産業の付加価値は50%を占めている。これが新しい現実です。
アジアは世界人口の70%を占め、世界経済に占める割合は70%となり、EUは変化する現実の中で「最大の敗者」として浮上している。西側諸国は、移民、ジェンダー・イデオロギー、民族紛争、ロシア・ウクライナ危機などの課題に直面し、自国の環境で「窒息」している。
西洋の指導者たちが、自分たちが慣れ親しんだ優越感、つまり、自分達が最も賢く、最も美しく、最も発展し、最も裕福であるという感覚を放棄するのは難しい。欧米のエリートたちは「古い栄光の現状」を守るために自らを整えており、それが結局は経済的、政治的な閉塞につながるだろう。
ー以上ー