帰山人の珈琲漫考

パカマラかマチェーテか

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2018 [2018年03月17日 01時00分]
エルサルバドル──それは、《資源がないうえに小国だが、中米で一番といわれるほど働き者の国民性で、それゆえに「中米の日本」といわれていた》(川島良彰 『コーヒー・ハンター 幻のブルボン・ポワントゥ復活』 平凡社:刊 2008)と、或いは、《チリの詩人、ガブリエラ・ミストラルがその小ささを指して「アメリカ大陸の蚤」と呼んだ》(西沢透 「もうひとつのコーヒー史 エルサルバドルの場合」/月刊喫茶店経営別冊『blend ブレンド─No.2』 柴田書店:刊 1983)とも紹介される国である。このエルサルバドルのコーヒーに関する概要を捉えるに、在エルサルバドル日本大使館が掲げる「エルサルバドル コーヒー産業の歴史」(2017年10月27日)と「日本のスペシャルティコーヒー市場におけるエルサルバドル産コーヒーの現状と販路拡大への可能性について」(金子智広:投稿 2017年10月26日)は必読の資料である。だが、その歴史認識と産業振興論には私が首肯できないところもある。
 パカマラかマチェーテか (1)
 
《1904年には全輸出の81%、1940年には同90%がコーヒーであり、仕向国はドイツ、米国であった。コーヒーの黄金時代と呼ばれ19世紀の歴代大統領は、ほぼ全員がコーヒー農園主であった。国民の3/4がコーヒー生産に直接従事、残りの1/4の90%が間接的に従事していた。コーヒー産業はエルサルバドル人の得意満面になるという国民性を作り上げたとも言える。(略) 1970年4月、ファラブンドマルテイ(FPL)が発足し、1971年2月11日、コーヒー栽培で貢献していた Ernesto Regalado Duenas 氏(36歳)が誘拐され9日後に死体となって発見された。これが初めてのコーヒー従事者の被害事件となった。(略) 1980年10月10日、FMLN 党が結成され、これにより1980年以降コーヒー産業の発展にブレーキがかかった。(略) その後、1989年、ARENA党が初めて政権を握り、コーヒービジネスの自由化と輸出税の廃止がなされた。》 (前掲「エルサルバドル コーヒー産業の歴史」)
 
この歴史認識は、血塗られた内戦と産業の衰微を凡て左派FMLN(ファラブンド・マルティ民族解放戦線)の責任とした反共史観に過ぎている。かつてからコーヒー産業で《得意満面》になったのは富裕層のみであり、《コーヒー従事者の被害事件》は1971年どころかその百年以上前からの先住民ピピル人らで生じた。アグスティン・ファラブンド・マルティの遺志を汲んだ左派FMLNがモノカルチャーに過ぎたコーヒー産業を抑止することは当然であり、「14家族」による支援で「死の部隊」が人民虐殺を続けたことに触れない内戦混乱の責任論は戯言に等しい。戦禍がエルサルバドルのコーヒー産業を衰微させたのではなく、エルサルバドルのコーヒー産業が戦禍を生み出したのである。
 
《エルサルバドル北西部のチャラテナンゴ地域は、コーヒーの生産地としては知られていなかったが、近年 Cup of Excellence にてパカマラ種で上位を独占するようになり、栽培面積は小さいが高品質のコーヒー生産地として国際的に知名度を上げてきており、同地の生産者の生活改善に大きく貢献している。》 (前掲「エルサルバドル コーヒー産業の歴史」)
 パカマラかマチェーテか (2)
《エルサルバドルのコーヒーの生産地として新しいチャラテナンゴ地域は今後、地域全体でブランド力を上げれば、より世界的に有名になる可能性がある。》 (前掲「日本のスペシャルティコーヒー市場におけるエルサルバドル産コーヒーの現状と販路拡大への可能性について」)
 
この産業振興論は、ACE(アライアンスフォーコーヒーエクセレンス)のCoE(カップオブエクセレンス)によるチャラテナンゴ地域(アロテペック・メタパン地域)とパカマラ種(さらにそのハニー精製)の伸張に依拠し過ぎている。そもそもエルサルバドルは、他の中米諸国(グアテマラ・ホンジュラス・ニカラグア・コスタリカ・パナマ)に比して国土が狭小なだけでなく、カリブ海に面していないという地勢的不利をコーヒー生産に抱えている。アロテペック・メタパン地域(とアパネカ・イラマテペック地域の一部)は「非・エルサルバドル」的地勢にあるからこその《高品質のコーヒー生産地》であり、生産量の8割を占める他の海抜1500m未満の地域の全てに適合する論ではない。また、エルサルバドルにおける栽培品種は、ブルボン亜種(Tekisicを含む)にこそ汎用の資源価値がある。2016年のエルサルバドルでは、何故CoEではなくてEQA(エクセプショナルクオリティオークション)が催されたのか? そうした視角に欠けた振興策は、エルサルバドルのコーヒー《生産者の生活改善に》大きく背くだろう。
 
《一九三二年一月二二日──農村で、大学で、さまざまなレベルで進められてきた戦いの準備を経て、この日を期して民衆は一斉蜂起に起きあがることになっていた。しかし、政府は事前にこの蜂起計画を察知し、主だった指導者をいっせいに逮捕した。(略) 事前に逮捕された若き指導者、マリオ・サパタは、銃殺刑に処せられる数日前、獄中で次のように語っている。 「この国を破滅させた責任はコーヒーにある。以前なら、穀物も果物も他の生産物もあって、まだしも均衡のとれた経済体制があった。しかし、コーヒーの時代が来て、いっさいは変った……。資本家はもっと金儲けをしようとして、コーヒー栽培のために少しでも多くの土地を手に入れようとした……」。(略) 明日の朝、コーヒーの向う側に、私たちは今までとはちがう世界を視てとることができるであろうか?》 (前掲「もうひとつのコーヒー史 エルサルバドルの場合」)
 
 パカマラかマチェーテか (3)
アグスティン・ファラブンド・マルティと共に蜂起を狙って殺されたマリオ・サパタ、その《この国を破滅させた責任はコーヒーにある》という言を黙殺するのであれば、エルサルバドルの《コーヒーの向う側に、私たちは今までとはちがう世界を視てとること》はできない。もしもコーヒー産業の未来がそうした「黙殺の平和」を望むのであれば、そこに品評会のスコアが高いパカマラを差し出されたとしても、それを地に捨てて血塗られたマチェーテを私は拾い上げたい。
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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