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ビルに突き刺さる軌道 姫路、「未来交通」夢の跡

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もしその構想が実現していたら、西日本の交通体系は今とは様相が違っていたかもしれない。

姫路モノレール。兵庫県姫路市が1966年5月17日に開業した日本初の本格的な公営モノレールだ。姫路駅と近くの手柄山中央公園を結んだわずか1.8キロの路線だが、将来は鳥取市や京都府舞鶴市まで延ばす構想があった。だが利用が伸びずにわずか8年で休止、79年には廃止された。

「現代の遺跡」静かな人気に

モノレールの残骸はその後しばらく顧みられることもなかったが、今ではローマの水道橋にも似た軌道のたたずまいなどが現代の遺跡として静かな人気を集めている。その一部が老朽化で取り壊されると聞いた。今なら間に合うかもしれないと、現地に急いだ。

JR姫路駅北口を出ると、正面に大手前通りがある。通りの先には2015年に改修を終える世界文化遺産、姫路城の覆いが見える。駅前は再開発中で、至る所にパイロンが立つ。その西隣、時代から取り残されたような一角に、もう一つの「文化遺産」はひっそりたたずんでいた。

すすけたビル群の上に顔をのぞかせる、煙突のような角柱。モノレールの橋脚だ。建物は大半がシャッターを下ろしたまま。寂れた町並みが郷愁をかき立てる。山陽電鉄の高架をくぐり、さらに西へ行くと再びビル群。こちらには橋脚だけでなく、モノレールの軌道が残っていた。

姫路市はモノレールの廃止後、安全上の理由から公共工事などにあわせて軌道を少しずつ撤去してきた。このブロックは工事がなく、軌道が撤去されずに残ってきたようだ。ただ、市によるとこの一角も「2月にも軌道の撤去を始める」(管財課)という。

それにしても、これだけのビルが密集する場所に、どうやって橋脚を建てたのか。近くにいた地元の70代女性に訪ねたら、意外な答えが返ってきた。

「これね、先にモノレールの橋脚があったの。店は後から建ったのよ」

市に確認すると、モノレールの軌道下は市有地で、敷地活用で民間に貸し出したのだという。「店が建ったのは67~70年。まだモノレールは現役でした」(同)。屋根すれすれにモノレールが走り抜ける様はちょっとした見ものだったろう。

高架下のビルで繊維卸業を営む米田かすみさん(61)に建物の中を見せてもらった。橋脚に当たる部分の壁が大きく出っ張っている。

「2007年に入居して、初めて見た時は『何なんやろ』と思いました。2階の窓を開けたらコンクリートの柱が出てきてびっくり」。記者も見せてもらった。窓を開けると、そこにきれいな橋脚があった。

米田さんに「モノレールに乗ったことはありますか?」と尋ねた。「1回だけね。当時は中学生で、手柄山中央公園で開かれた博覧会を見に行きました。景色が良かったですね」

博覧会の交通手段に

姫路モノレールは66年に開かれた「姫路大博覧会」の手柄山会場と姫路駅を結ぶ路線だった。整備を主導したのは当時の市長、石見元秀だ。深刻さを増す市内の渋滞を解消する手段として、外遊先で体験したモノレールに目をつけた。

高架なので場所を取らず、地下鉄より建設費が安い。日本では遊園地などでの導入が先行したが、公共交通機関としても注目されつつあった。

様々なメーカーがモノレール開発に参入する中、姫路市が採用したのは航空機メーカーの米ロッキード(現ロッキード・マーチン)が開発した「ロッキード式」だ。コンクリート軌道の上部と左右に鉄のレールを付け、それを車両側の車輪で押さえて走る。

軌道をゴムタイヤで直接挟む方式より揺れが少なく、高速を出せることを売りにしていた。車体には航空機と同じジュラルミンを使い、当時では最新鋭のモノレールだった。

だが、博覧会が終わると利用者は潮が引くように減った。運賃は姫路―手柄山間が100円。バス料金が20円、コーヒー1杯が50円の時代に、高い料金を払って公園に行く人は少なかった。

12億円近い建設費をつぎ込んで「お荷物」を造った石見は批判され、翌年の市長選で敗れる。輸送人員は初年度の約40万人が最多。その数字を超えることなく、74年に十数億円の累積損失を抱えて休止に追い込まれた。

皮肉にも、その頃から低コストのモノレールへの評価が高まる。同年には国がモノレール整備に補助制度を設け、各地で整備が進んだ。姫路モノレールは、まさに早すぎた「夢の交通」だった。

石見の息子で、現在は父と同じ姫路市長を務める石見利勝さん(72)は振り返る。「父は最終的に姫路と山陰をつなぐ一大交通網を想定していた。手柄山までの路線は、いわばテスト線だったんです。自動車依存からの脱却を目指す方向性は正しかったが、ビジョンを説明する努力が足りなかったんでしょうね」

「駅付き集合住宅」を発見

ビル群から西へ歩くこと数十メートル。ビルに突き刺さるように、モノレールの軌道を抱え込んだユニークな集合住宅が見えてきた。

日本住宅公団(現・都市再生機構)が66年に建設した「高尾アパート」だ。1~2階は商業施設、3~4階にモノレールの「大将軍駅」が入り、5~10階は賃貸住宅という、全国でも極めて珍しい造りの集合住宅だ。

「夢の交通」を象徴する近未来ビルは地元でも人気を集めた。だが駅自体はほとんど使われなかった。隣の姫路駅までは歩いて600メートル足らず。15~20分間隔で運行するモノレールを待つより、歩いた方が早かった。開業2年後には早くも通過駅となり、モノレール自体より一足早く短い歴史を終えた。

昨年、都市機構は耐震上の理由から高尾アパートの解体を決めた。期日は未定だが「住民には2015年5月末までの退去をお願いしている」(西日本支社)。駅は閉鎖されて久しく、入り口さえ分からない。外から駅のホームをのぞくと、どうやって忍び込んだのか、壁に落書きがあった。

アパートを背にさらに西へ向かうと、山陽新幹線の高架が見えてきた。ここからは進路を南に取る。あたりは人家も少なく、途切れながらも橋脚と軌道がきれいに残っている。よく見ると、新幹線の高架下をモノレールの軌道が絶妙な高さでくぐり抜けている。

実は、石見が手柄山ルートの建設を急いだ一因は新幹線にあった。

山陽新幹線の新大阪―岡山間が開通したのは1972年。「モノレールの建設が遅れると、新幹線をまたいで軌道を造らなければならない。先に造ってしまえば新幹線がモノレールをまたいでくれると考えたようです」と利勝さんは語る。モノレールと新幹線が交差する様子を、一度この目で見てみたかった気がする。

新幹線の高架を過ぎてさらに南下すると、最大のヤマ場が見えてきた。橋脚と軌道が約350メートルにわたり、ほぼ当時の姿をとどめている。市によると、川沿いにあるためにクレーンが入れず、解体が難しいそうだ。

「補強して残す方法も選択肢の1つ」(管財課)という。川と軌道の組み合わせは美しく、若い人が通りすがりにスマートフォンで撮影していた。

現存する軌道はここまで。あとは高台にある手柄山中央公園までひたすら歩く。モノレールの終点だった手柄山駅の建物は今、姫路市立水族館に姿を変えている。モノレールの進入路はそのまま水族館の入り口として活用されている。

当時の車両を公開中

市は2011年、閉鎖されていた手柄山駅のホームを改修し、残していた車両とともに常設展示を始めた。ファンが個人サイトで姫路モノレールの魅力を訴えるなど、再評価の声が高まったことを踏まえた。

ホームは当時の広告や時刻表を復刻。座席に座らせている親子の人形は1960年代の服装を忠実に再現しており、なかなか芸が細かい。12年度は10万人近い人が訪れたという。

モノレール運行の初期から公園にある回転展望台の喫茶店で働き、今は経営者を務める北川静夫さん(65)は振り返る。

「喫茶店に通うためにモノレールを使っていました。当時は2年前に東京五輪が開かれるなど、夢の時代。モノレールも夢の乗り物でした。せめて姫路城まで開通していれば、事情は変わっていたかもしれませんね」

公園の高台からモノレールの軌道を眺めると、背後に姫路城が見えた。鳥取までは無理としても、せめてあそこまでつながっていたら。一瞬、そんな空想にふけった。(大阪地方部 海野太郎)

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