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次回アップ予定:Scene-617 黒沢川『中井大橋~寺下橋』 (2020/12/14)
[Vol-03] 今回は岩蔵橋から継続遡上して、新岩蔵大橋、古武士橋、新古武士橋までの紹介です。
岩蔵橋を左岸側に渡り、小曽木街道を横断して脇道を70m程上がって行くと、右手に小曾木の御嶽神社鳥居が見えて来ます。境内の由緒案内によると、創建は不詳ながら、日本武尊が東征凱旋のおりに勧請したと伝えられ、江戸時代には蔵王権現社と称していたと云われています。1870年(M3)に御嶽神社に改称、1873年(M6)村社に列格。祭神:天穂日命、所在:青梅市小曾木5-3065。鳥居は1921年(T10)、狛犬は1934年(S9)の建立です。
御嶽神社前の坂道を更に50m程上がると、右手に曹洞宗寺院の石倉院が在ります。青梅市根ケ布の天寧寺末で、寛永年間(1624~1644年)に天寧寺4世説翁禅師により開山されたと云われています。山号:金峰山、本尊:十一面観音菩薩像、所在:青梅市小曾木5-3063。奥多摩新四国霊場八十八ケ所の51番札所(霊場本尊:薬師如来像)です。
小曽木街道に戻り南西に40m進むと、岩蔵橋の上流50mに架かる『#07新岩蔵大橋』です、此方は都道44号線(岩蔵街道)が通ります。道端に咲くバーベナ、紫ですね。テネラと云う品種でした。斑模様は朝露ですよ。
名称:新岩蔵大橋
構造種別:1径間PC桁
河口からの距離:1.6km
橋の長さ:18m
有効幅員:9.3m
完成:1999年(H11)
新岩蔵大橋の上流方向は川沿いに側道が無いので、都道経由で廻り込みます。都道を110m程進むと、月が~出た出た~月が出た~ヨイヨイ♪、珍しい名前のバス停が在りました。西武バスと都バスの停留場で、名前は「東京炭鉱」「東京炭坑前」「東京炭鉱前」と混在しています。付近に史跡案内が在るか探しましたが無いネ、此の付近で石炭が採れていたと云う事ですかね。喰いついたからには、自分で調べるしか無いですね(笑)。ググると、都内に在った唯一の炭鉱で、1935年(S10)頃から露天掘りで泥炭の採掘を開始し、最盛期の1958年(S33)には500tonも産出していましたが、次第に竪坑を降りての採炭となり、採算が合わなくなった事と、需要が少なくなった為に1960年(S35)に廃鉱になったそうです。遺構は黒沢川の南側に在るそうですが、道なき道を進むそうなので止めておきましょう(笑)。
バス停脇の小道に入り、黒沢川方向に進みます。毎度の事ですが、2箇月程ずれた更新なので時季は秋初、途中にコスモス畑が在り、色々な品種が咲いていました。最後の奴はノコンギクですよ。
脇道を約300m、新岩蔵大橋から480m上流に架かるのが『#08古武士橋』です。左岸の青梅市小曾木4丁目と右岸の同じく青梅市小曾木4丁目とを結び、一般道が通ります。
名称:古武士橋
構造種別:1径間RC桁
河口からの距離:2.1km
橋の長さ:約13m
有効幅員:約3m
完成:不明
古武士橋から140m上流に架かるのが、今回終着地点の橋となる『#09新古武士橋』で、此の橋も左岸の青梅市小曾木4丁目と右岸の同じく青梅市小曾木4丁目とを結び、一般道が通ります。
名称:新古武士橋
構造種別:1径間鈑桁
河口からの距離:2.3km
橋の長さ:約14m
有効幅員:約3m
完成:1965年(S40)
新古武士橋を左岸側に渡り、向かいの丘陵上70m程に曹洞宗寺院の高徳寺が在りますので、此方を紹介してから終わりにします。冒頭の石倉院と同様に青梅市根ケ布の天寧寺末で、境内の由緒案内によると、1622年(元和8)に天寧寺10世了室芸達和尚により開山されたと云われています。山号:竜昌山、本尊:薬師如来坐像、所在:青梅市小曾木4-2809。
>>>後書き<<<
次回は新古武士橋から継続遡上して、中井大橋、六中橋、小曽木3丁目歩道橋、無名橋-1、寺下橋までの紹介になります。
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Author:mark60
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