ベトナムで日本ブーム 反中感情が促す日越接近
編集委員 後藤康浩
中国の南シナ海への進出は、今やアジアの安全保障の最も大きな危険因子のひとつになった。そのなかでも最も緊張しているのはベトナムと中国が領有権を争う西沙(パラセル)諸島である。ベトナムで「ホアンサ」と呼ばれる西沙諸島海域で操業する漁民の母港になっているベトナム中部沖合のリーソン島を今回、「未来世紀ジパング」のロケで訪れた。
漁場から締め出されたベトナム船
港町クアンガイを出航して2時間。150人ほどが乗る旅客船の舳先(へさき)に見え始めたリーソン島は青い海に浮かぶ、白い砂浜をたたえた平和な島にしかみえない。だが、船が港に入って、目に飛び込んできたのは数十隻の小型木造漁船に取り付けられた無数の「赤地に黄色の星」のベトナム国旗だった。公海に乗り出す船が国旗を掲げるのは当たり前だが、40~50トンほどの小型漁船が何本もの国旗を付けているのは、西沙諸島でベトナムの権利を少しでも主張しようという狙いだ。
「中国の海警の船が舳先から真横にぶつかって来て、この船は横転で3回転もしたんだ」。ベトナム漁船の船長は舷側に開いた穴を示しながら恐怖の瞬間を語った。乗っていた7人の漁民は海に放り出されたところを仲間の漁船に救出されたが船は大破し、船長には25万ドルの借金が残った。「1970年代からホアンサで漁をしているが、中国の船なんか1隻もいなかった。10年前から中国漁船が漁場に現れるようになり、2年前から海警の船がベトナム漁船を蹴散らし始めた。そして今年、石油掘削さ」と年配の漁民が言う。リーソン島の漁民はベトナムでも有数の漁獲量を誇った漁場から半ば締め出された。
ハノイ中心部から車で40分。日系、米系、韓国系など外国企業の工場が立ち並ぶ一角で奇妙な垂れ幕を発見した。「ホアンサはベトナムのものです。我々はベトナムの友人です」とベトナム語で記され、左にベトナムの国父、ホーチミン元国家主席、右にベトナム戦争の英雄、ボー・グエン・ザップ将軍の写真が掲げられている。どうみてもベトナムへの愛国と忠誠を示す垂れ幕だが、掲げていたのは台湾企業。同様の内容の垂れ幕を中国企業も掲げていた、という。西沙諸島での中越対立を受けて、今春、ベトナム各地で盛り上がった反中デモに襲われないようにするためだ。中国、台湾企業が恐怖心を持つほどに「反中ムード」が激しかったことを物語る。加えて、ベトナムでは1000年以上も断続的に続いてきた中国の支配や79年の中越戦争の記憶から中国への感情は厳しいものがある。
事を構える力はなし
経済面ではベトナムと中国との関係は緊密さを増している。ベトナムに進出が相次ぐ外資系企業の工場の多くは中国で生産される部品や材料を使い、ベトナムからはコメ、果物や一部の工業製品が中国に向かう。中国の人件費高騰を嫌う中国企業の工場進出も続いている。経済、軍事の両面で、ベトナムには中国と事を構える力はない。そこで浮上しているのは日本への親近感と日越連携への期待だ。
すでに多くの日本企業がベトナムに生産拠点を構えているが、今、消費が活性化しつつあるハノイやホーチミンなどでは日本製品、日本のサービスが人気を博している。二輪車、自動車、家電、化粧品など日本製品の人気に加え、外食、教育なども人気が高い。さらに意外なサービスは「社食(社員食堂)」だ。日本なら目新しくも何ともないが、ベトナムでは清潔、安心、効率的で、味もいい日本の社食が大ブームになっている。勤務する会社の従業員への気持ちが社食に表れる、とベトナム人が感じるため、社食は従業員の定着、モチベーション向上のための隠れたツールになっている。
今回、ベトナムを訪れた時期、日本の海上自衛隊の大型輸送艦「くにさき」が中部ダナンの港に医療技術支援のために寄港していた。昨年中に決まった日程での寄港だったが、南シナ海での中国との緊張関係が高まっていたタイミングだっただけに、大歓迎を受けていた。人道的、平和的、文化的な目的やビジネスに限定しても、日本がベトナムに対して果たせる役割は広がっている、と感じた。