米エバーノートCEOもうなる女子高生「ITのチカラ」
現代版の「読み書きそろばん」はタブレットと起業論――? 国内でインターネットが普及してきたころに産声をあげた世代がちょうど高校生になった今、教育現場はどう変化しているのだろうか。スマートフォン(スマホ)禁止令を敷く学校がある一方、積極的にIT(情報技術)機器に触れさせることに解を見いだす学校もある。都内のある女子高校に取材すると、まったく新しい風景が見えてきた。
JK発案の新機能、トップが試作を指示
中高一貫の女子校を運営する私立の品川女子学院(東京・品川)。品川駅近くの高層ビル群を望む都心に校舎を構え、約90年の歴史がある伝統校だ。5月下旬、高校2年生約100人が講堂に集まった。そわそわする女子高生たち。そこに現れたTシャツ・ジーンズ姿の大柄な男性に、会場から黄色い歓声が湧き上がった。
「フィルー!」「かわいい」――。壇上に登場したのは米シリコンバレーに本拠を置く大手クラウドサービス、エバーノート社のフィル・リービン最高経営責任者(CEO)。世界のユーザー数が1億人を超えたというエバーノートは、集まった女子高生にとってもなじみのサービス。そのIT企業のトップの講演に彼女たちは興味津々で耳を傾けた。
講演に続いてタブレットを使った授業が始まると会場はとたんににぎやかに。モデレーター役の教員が「エバーノートにこんな機能があったらいいと思う点は?」と問うと、次々と手があがり、独創的な提案が相次いだ。
「エバーノート内でスキャンできる機能があれば、英語の重いテキストを持ち歩かなくてもいつでも学習できる」「いいねボタンがあれば、シェアがしやすい」「画面上でレイヤー(層)ごとに表示したり消したりできる機能があれば、教材のプリントと自分が書き込んだメモを重ねて見たり隠したりできて便利」――。
それを聞いていたリービン氏の目は真剣そのもの。早くもその場で本社のエンジニアに2通のメールを送り、「JK(女子高生)発案」の新機能を試作するよう指示を出した。ゴーサインが出れば、数カ月後にも搭載されるという。
品川女子学院は高校2年生全員が米アップルの小型タブレット「iPad mini(アイパッドミニ)」を持つ。今年4月から学校が1人1台の貸与を始めた。学内だけでなく、通学途中や自宅でも使え、教育現場や部活動などの課外活動などにフル活用している。
例えば数学科の教員は、代数や幾何などつまずきがちな分野をテーマ別に細かく分けて動画を作成。これを全学共同で使っている「エバーノート」に投稿している。授業でわかりにくかった部分を、個々の生徒がタブレットを使った予習・復習で補うといった使い方をしている。
疑似的な株式会社で起業を体験
IT機器に四六時中触れさせる環境を、あえて採り入れる品川女子学院。過度なソーシャルメディア依存などを招くとしてスマホ使用禁止を打ち出す学校も多いなか、タブレットを「読み書きそろばん」に加えたのはなぜか。漆紫穂子校長に聞くと、「情報機器は世界の人々とつながる窓。さらに社会がグローバル化するなか、ITを使いこなせることは協力しあって課題解決を進めるうえで武器になる」との答えが返ってきた。
6月初旬、高校2年生のあるクラスをのぞいてみると、ほぼ全員が集まってミーティングをしていた。9月の文化祭での模擬店出店について、詳細を詰めるのが議題だ。生徒一人ひとりの手元にはタブレットがある。
「じゃあみんな、お弁当食べながらでいいので『グーグルドライブ』を開いて下さい」「社名は決まったので、今度は店名を決めたいと思います。『ツイッター』にハッシュタグをつけて、みんな意見や感想を赤裸々に書いて下さい。まとめて見られるので」――。発言者は「社長」役の生徒。それを受け、各自は画面上で器用に複数のアプリを操作していた。
文化祭ではクラスごとに疑似的な株式会社を設立し、1株500円の株券を発行。クラスメートから「社長」や「取締役」を選任し、出店であげた利益を配分する。起業経験を体感してもらうため、同学院が今年度から導入したプログラムだ。
リアルな場での話し合いだから、当然、手を挙げての質問や発言が飛ぶ。それでもタブレットを並行して使うのは、大勢が一気に情報を共有し、効率的に意見をやりとりするためという。
実際、写真や文書、動画を蓄積しておけるグーグルドライブには、「社長」ら数人が代表して企業を訪問し、ヒアリングしてきた内容が写真とともに投稿されていた。この日まで中間テストだったが、そうした限られた時間で一定の人数が多くの情報を共有するときに活用しているそうだ。社長役の生徒によると、ツイッターは「もっと身近なツール。リアルタイムで声を集められる」といい、本音の意見が画面上にどんどん積み上がっていく点で使い勝手がよいという。
品川女子学院が「IT」とともに教育で重きを置くのが「起業マインド」の育成。
同学院はこのほど、文部科学省が今年度から予算化した「スーパーグローバルハイスクール」に選定された。同制度は、世界的に活躍できる人材を育てることを視野に語学力や課題解決力を養うカリキュラムを高校側に求め、5年間にわたり資金面などで支援する。同学院が掲げたテーマはずばり、「起業マインドを持つ女性リーダーを育成する」。
課題を解決できる大人へ
「ティーンエージャーに起業論?」と思う向きもあるかもしれない。しかし、同学院は起業を意識するのは早いに越したことはないとの価値観を貫く。文化祭での起業体験もその一環。米エバーノートのリービンCEOを講演に招いたのも、ITと起業の両方の切り口でぴったりの企業人の考え方や生き方に生徒を触れさせるためだ。
リービン氏はシリコンバレーからアジア出張にやってきたその足で来校した。初めての女子校訪問とあって当初は緊張気味だったが、女子高生の明るい出迎えに一気に笑顔を取り戻した。ベンチャー企業トップとしてエバーノートが3社目という同氏は、自らの歩みを振り返りながら、生徒たちに起業論を語りかけた。
「ニューヨークで通っていた高校は、科学教育に特化した非常に厳しい学校だった」。優秀な同級生ばかりで劣等感にさいなまれる毎日。しかし、その後進んだ大学や大企業では、楽勝ともいえる心地よい環境で、むしろ退屈でやる気をそがれる生活に陥ったという。そんな原体験が同氏をベンチャーの世界に向かわせたと話した。
リービン氏が伝えたのは3つのメッセージだ。「自分より優秀な人々がいる環境に身を置くこと」「一生つきあえる親しい友人との関係を育んでほしい」「あったらいいな、と思うものを自分自身のために創り出すべき」。若い生徒たちはCEOの言葉にそれぞれが刺激を受けていた。
一方、リービン氏のほうも女子高生以上に興奮気味だった。生まれたときからネットが身の回りにあった「デジタルネーティブ」の彼女らは、あたかも呼吸をするようにIT機器やソフトを使うがゆえに、大人から見るとはっとするような発想も少なくない。同氏は「僕の方がとてつもなくインスピレーションを受けた。普段若いユーザーの考え方に触れる機会は少ないので、とても有益だった」と話す。
漆校長は言う。起業マインドとは必ずしも会社を興すことを指すのではなく、社会に出たときに責任ある大人として周囲のために振る舞えるかの素養である、と。
「道の真ん中に大きな丸太が転がっていたとして、不平や文句を言うだけではダメ。危ないから丸太を切ろう、力を合わせて移動しよう、というように周囲を巻き込んで課題を解決していける大人になれるかどうかが問われている」
ネット頼みだと何でもすぐに検索するから思考力が乏しくなるうえ、交流サイト(SNS)漬けで実社会でのコミュニケーション能力が欠如する、はたまたプログラミングもできるぐらい使いこなせなければ国際競争に取り残される――。ネットと教育をめぐるそんな神学論争があるのも事実。しかし、日本発のイノベーションの必要性が改めて叫ばれ、あらゆるモノがネットにつながる変革が起きつつあるなか、ITと起業に振り子をふった教育現場の行方は長い目で見極めてみたい。
(映像報道部 杉本晶子)