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日米、そして中国も狙う…EVで変わる自動車勢力図

論説委員 関口和一

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2025年には乗用車の3台に1台が電気自動車(EV)に――。そんな時代を予感させるEVの開発現場に米国で遭遇した。充電規格の標準化を巡り、メーカー間の国際的な駆け引きが先鋭化している。EV時代を切り開き、そこで成功するのはいったい誰なのか。

ハイテク企業が生み出した高級EVセダン

「どうですか、乗り心地は」。ハイテク企業が集まる米シリコンバレー。EVベンチャー企業のテスラ・モーターズを訪れた取材班に、同社技術担当のダニエル・ミゲン氏が見せてくれたのが、この夏から売り出したばかりの高級EVセダン「モデルS」だ。

外見は欧州のスポーツタイプの高級セダンといった感じだが、ドアを開けて一番驚いたのが運転席まわりの内装だ。通常はカーナビがある場所に17インチの大画面液晶パネルがドンと置かれ、エアコンなどの操作ボタンがアイコンで表示されている。画面をタッチすると、音楽や映像のプレーヤーになったり、電池の残量などを確認できる計器盤にも早変わりしたりする。

車一台一台に通信モジュールが搭載されているため、大画面でグーグルマップのようなデジタル地図を閲覧したり、スマートフォン(高機能携帯電話)を使って、離れたところから車を操作したりもできる。停止している際に大画面液晶で見られる動画もまた圧巻だ。

エンジン、いやモーターも当然、ボタン一つで始動する。恐る恐るアクセルを踏み込むと、何の音も立てず、力強く走り出した。時速96キロに達する時間は、高性能モデルで4.4秒とポルシェ並みの加速を誇る。しかも車輪はモーターに直結しているので、ギアによる変速なしにトップスピードまで入るのが特徴だ。

「走行距離も最大で300マイル(約480キロ)走るので、長距離ドライブも楽しめます」とミゲン氏は語る。取材班がそれまで抱いていた「電気自動車=小型車・低速・近距離」といったイメージは一遍に吹き飛んだ。

工場フル稼働で予約をさばく

もっと驚いたのが車の構造だ。モーター本体はスイカをひとまわり大きくした程度の大きさで、後部に配置。車軸と直結しているので、運転席の前にあるはずのエンジンルームはない。ということは、変速のためのギアボックスもなく、後ろの車輪に動力を伝えるドライブシャフトもない。至って簡単な構造だ。

通常の車は床の真ん中にドライブシャフトを通すため、後部中央座席の床面には大きな山があるが、それも真っ平ら。大人3人が後ろに座っても、悠々と座れる構造は魅力的だ。EVで一番場所をとる充電池を床下一面に配置したことで重心が低くなった。これが高速での安定的な走りをもたらしている。

「モデルS」の値段は米国では4万9900ドル(約390万円)から。「性能的にも価格的にもメルセデス・ベンツやBMW、アウディの中級クラスと十分競争できる」とミゲン氏はいう。2万台の生産を予定しているが、予約をさばくのに工場はフル稼働だそうだ。

テスラはもともと米ネット決済サービスの「ペイパル」で成功したイーロン・マスク氏らが2003年に興したベンチャー企業だ。社名の「テスラ」は、交流方式の配電技術の標準化で直流を推すトーマス・エジソンに勝った電気技術師、ニコラ・テスラにちなんでいる。最初は手作りのEVスポーツカー「ロードスター」で人気を呼び、さらに量産事業に乗り出すために開発したのが「モデルS」だ。同社にはトヨタ自動車も出資し、そこで得た資金でトヨタとゼネラル・モーターズ(GM)の合弁事業だったカリフォルニア州の工場を買収。車としての完成度の高さは、ガソリン車で築いた技術をそのまま活用したためでもある。

テスラがこうしたEV事業に乗り出した背景には、米国特有のお家事情がある。大量の車が走る米国では排ガスが大きな社会問題となっており、公害対策の観点から排ガスの出ないEVの利用を政府が積極的に推進しているからだ。中でもカリフォルニア州政府が最も熱心で、1990年代にも大きなEVブームがあった。だが当時は電池性能が十分でなく、今日のような通信インフラもなかったため、電池の残量を携帯情報端末で確認したり、充電設備の場所を検索したりといったことができなかった。

ITの進化でEV作りが加速

今回、米国でEVブームが再び起きた背景には、クラウドコンピューティングやスマートグリッド(次世代送電網)といったIT(情報技術)の発展によりスマートなEVを作れるようになったことが見逃せない。GMなどもEV開発を進めているが、テスラのようなIT出身の企業がいきなり表舞台に立てたのも、そうしたIT分野の技術革新が背景にある。

カリフォルニア州ではテスラのようなEVの新車メーカー以外に、ガソリン車をEVに改造して販売する中小のガレージメーカーも少なくない。州政府が新車だけでなく、改造車にも様々な助成措置をとっており、上手に改造すれば、ビジネスとして十分成り立つためだ。

その1社、シリコンバレーのパルアルトに本社を置くエレクトロニック・モーター・ウェークス社は、BMWなどのスポーツセダン専門の改造メーカー。ロシア出身の創業者、バレリー・ミフタホフ氏は「EVにすれば、パーツも少なく、補修も簡単。長年愛用した車をずっと乗り続けられる」と、自家用車の改造にも応じている。ミフタホフ氏が指摘するように、高度に組み上がったガソリン車に比べ、構造が簡単なのもEVの重要なポイントだ。自動車は一般には3万点近い部品からなるというが、EVならその半分で済む。これはブラウン菅テレビが液晶テレビになった瞬間に誰でも簡単にテレビが作れるようになったのに似ている。つまり擦り合わせ技術で成功を収めた日本メーカーの地盤が揺らぐ可能性も否めない。

急速充電器を巡る激しい争い

実はそんな心配を思い起こさせる事態がすでに急速充電器の規格作りを巡り始まっている。いわゆる「チャデモ対コンボ」の争いだ。チャデモは日産自動車や東京電力などが開発した日の丸技術で、通常の交流充電では8時間以上かかる充電を高圧大容量の直流充電により15~30分で8割近くを充電するという技術規格だ。日産などはすでに国内に1300カ所以上の急速充電設備を設け、米国でも次々と拠点を増やし、世界のデファクトスタンダード(事実上の業界標準)を取りに行こうとしている。

しかし、それに待ったをかけたのが、「コンボ」と呼ばれる技術規格を推すGMやフォードなどの米国メーカーとBMWなどのドイツメーカーの連合軍だ。チャデモは通常の交流充電と急速直流電源をそれぞれ別々のプラグでつなぐのに対し、コンボは一体型のプラグを採用しようとしている。近く国際的なメーカーの集まりで正式な規格がまとまる見通しだが、裏をかえせば、日産や三菱自動車などEV事業で先行する日本メーカーを封じ込めようという欧米勢の包囲網にほかならない。

カリフォルニア州でEVを推進する民間団体「プラグ・イン・アメリカ」のマーク・ゲラー共同創業者は「結局はコストを安くし、早く普及させた方が主導権を握るだろう」と静観する。同団体としては、EVに対する国民の関心が高まり、EV市場のすそ野が広がればいいという。だが充電規格はEVだけでなく、EVを家庭の充電池代わりに使うスマートハウスの技術規格とも連動してくるため、メーカーにとっては重要な技術戦略だ。

標高差1500メートルを駆け上がる日本のEV

かつてVTR規格の「ベータ対VHS」の規格争いが話題となったが、充電規格はEVと充電設備をつなぐ接点だけに、自動車メーカーの競争力を左右する可能性も十分ある。日本メーカーにとってはまさに譲れない一線というわけだ。

そうした日本メーカーの意気込みを感じさせるイベントがこの夏、米コロラド州のロッキー山脈で開催された。「パイクスピーク」と呼ばれる山の中腹から頂上までを車やバイクで駆け上がるレースで、90年の歴史を持つ。全長約20キロのコースを走り、ラップタイムを競うレースだが、今年、そのレースに世界から7台のEVが参加した。

日本から出場したのは小型EVの「アイミーブ」を販売する三菱自動車や、トヨタ自動車のグループ企業であるトヨタモータースポーツ、横浜ゴムなどのチームだ。結果は、今年初めて参加したトヨタチームが全94台中4位、同様に初参加の三菱チームが6位となり、ガソリン車に負けない成績を収めた。

日本の自動車大手があえてEVで参戦したのには訳がある。このレースは標高約2800メートルから約4300メートルまでの標高差約1500メートルを駆け上がるが、ガソリン車だと標高が上がるにつれ空気が薄くなり、出力が低下する。一方、EVは気圧に関係なく出力が保たれることから、EVの実力をアピールするのに格好のレースだったからだ。

三菱チームを率いた同社商品戦略本部エキスパートの増田義樹氏は、「アイミーブはすでに米国でも商品化しているが、米国の大衆が注目するこうしたレースで好成績を上げることは、我々のブランドの向上にもつながる」と参戦理由を語る。

実はEVの開発熱が高まっているのは米国だけではない。日本でもこの夏から国土交通省が新たな小型EVの規格作りに乗り出した。原動機付き車と軽自動車の中間に位置づけられる車の規格で、「地方のお年寄りの買い物の足や観光地での移動手段など、排ガスの出ないEVの用途は今後、色々考えられる」と同省自動車局環境政策課の星明彦氏は指摘する。国交省の調査によると、乗用車や軽自動車の利用距離は10キロメートル以内が6割を占めており、自家用車の乗車人員も平日は約7割が1人で利用し、休日でも2人までが約8割を占める。つまり現在の車は明らかにオーバースペックといえ、その一部を小型のEVで代替できれば、二酸化炭素の排出削減やエネルギーの効率利用に大きく役立つというわけだ。

独自の規格で台頭狙う中国勢

さらに国交省にはもうひとつ重要な狙いがある。EV市場には誰でも簡単に参入できることから、中国にはすでに200社を超えるEVベンチャー企業が存在するという。その一部が小型EVで日本への参入を狙っており、規格を放置しておけば、価格は安いが安全性も低い小型EVが日本市場を席巻してしまうという懸念だ。中国勢は急速充電規格でも独自方式を掲げ、日本や欧米連合に対抗しようとしている。今後、急激なモータリゼーション時代を迎える中国は、今のガソリン車のままではエネルギー供給の面からも、二酸化炭素の排出の面からも、大きな壁に突き当たるという課題を抱えているからだ。

EVの登場は、アナログの家電製品がデジタル端末に生まれ変わったように、大きな技術革新とプレーヤーの世代交代をもたらすに違いない。そこで日本メーカーがグローバルに成功し続けるためには、EVとITを融合した新技術の開発と標準化が重要なカギを握る。取材班はこれから起きるであろう、その大きな技術革新のうねりを米国での取材で目の当たりにした。

 「私が見た『未来世紀ジパング』」はテレビ東京系列で毎週月曜夜10時から放送する「日経スペシャル 未来世紀ジパング~沸騰現場の経済学~」(http://www.tv-tokyo.co.jp/zipangu/)と連動し、日本のこれからを左右する世界の動きを番組コメンテーターの目で伝えます。随時掲載します。筆者が登場する「世界に羽ばたく!ニッポンの技術(4)『日米 電気自動車 戦争』」は10月1日の放送です。

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