斎藤佑樹の「バラツキ投法」が投手の常識覆す
いい球筋の投球のなかに、時折、信じられないような欠陥フォームの投球が混じる。もしあれが計算ずくだったなら、やはり天才。そう思わせる斎藤佑樹(日本ハム)の投球は、これまでいわれてきた「いい投手」の常識を覆す可能性を秘めている。
直球だけで「7色の変化球」にみせかける
私がみたときの斎藤の球は、直球でもいろいろ変化をしていた。右打者の内角球がシュートしたり、外角の球がスライドしたり。スライドするはずの外角球が、時にはシュートすることもある。
そこに拍子抜けするような球がまじる。踏み出した左足に体重が乗り切らず、重心が後ろに戻ってしまうことがあるのだ。このフォームから投じられた直球は体重が乗ったときと比べて、10キロほどもスピードが落ちる。直球だけで「7色の変化球」にみせかけているわけで、これは打者にとって打ちづらい。
私がもし対戦チームの打撃コーチなら、直球を捨ててスライダーを狙わせる。スライダーの方がまだ曲がり具合など、球筋が安定しているからだ。
■「いい球筋」が本当にいい投球なのか
こう書くと、斎藤が技術的に未熟で、抑えているのはたまたま、と言っているように受け取られるかもしれないが、そんなつもりではない。
ここで書きたいのは、これまで投手の誰もが理想として目指し、指導者たちがやっきになって教え込もうとしてきた「いい球筋」を生むフォームが本当にいい投球動作なのか、見直すべきではないかということだ。
今まで理想とされてきた球は打者の手元で伸びて、しかも球質が重くて打っても飛ばない球だ。
もちろんそれが両立できればいいに決まっているけれど、物理的に無理だ。手元で伸びる球はきれいなバックスピンがかかっている。バックスピンがかかると揚力がつき、打者にとっては伸びているように感じられる。
伸びる球は球質でいうと軽い。江川卓さん(元巨人)や上原浩治(米大リーグ・レンジャーズ)の球の伸びはすごかったが、球質は軽く、当たれば飛んだ。
スピン量の少ない方が球速を出すのに有利
球質を重くしようと思えば、あまりスピンをかけない方がいい。松坂大輔(レッドソックス)、ヤクルト時代の石井一久、横浜や巨人に在籍したマーク・クルーンの球が代表格で、スピン量は多くなかった。揚力がないから、当たっても飛びにくく、打者としては重い球に感じられた。
実はスピン量の少ない方が、ホームベース付近で減速しないのだ。ゴルフ用語に「フライヤー」という言葉がある。
ラフから打つときにボールとクラブのフェースの間に芝が挟まって摩擦が弱まり、ボールにうまくスピンがかからなかった状態をいう。
フライヤーになると150ヤードのつもりが、170ヤードというように飛びすぎる。つまりスピンが効いていない方が、遠くへ飛ぶのだ。
■「球はなるべく長く持つ」との"鉄則"があるが
この現象を知ってから、私は野球の投手も「フライヤー」の理論に沿って投げたら、球は減速しにくくなるのでは、と考えた。つまり130キロ台のスピードしかなくてもプロ野球で通用するのではないか、と。「きれいなスピンの効いた球がいい球である」という常識に疑問を覚え始めたきっかけでもあった。
いったん疑い出すと、本当に今までの理論は正しかったのか? と怪しまれることが次から次へと出てきた。
たとえば「球はなるべく長く持ち、リリースポイントを遅らせるべし」という"鉄則"があるが、これも一部の投手にはあてはまらない。
例をあげれば、フォークボールを投げるときの佐々木主浩(元横浜=現在のDeNA、マリナーズ)。フォークは球を無回転にして揚力をなくし、重力と空気抵抗の影響をわざと受けやすくすることによって落とす。
■一流のフォークボールの使い手は…
フォークボールの元祖といわれる杉下茂さん(元中日など)が投げようが、野茂英雄(元近鉄、ドジャースなど)が投げようが、佐々木が投げようが落ちるし、中学生が投げてもちゃんと無回転にできれば、落ち方は物理的に一定である。
ただ一流のフォークボールの使い手は球を高いところで離すことによって、余分に落差をつけている。球を高いところで離すということは、これまでいい投球とされてきた「球持ちがいい」のとは反対で、リリースが早すぎる。「よいフォーク」は「よい投球」の原理に反しているのだ。
だからといって、佐々木や野茂を「二流」という人はいないわけで、この辺からも「よいフォーム」の常識は怪しくなってくる。斎藤のなぜか打たれない「バラツキ投法」も、実は高度な頭脳的投球かもしれないのだ。
■斎藤を開幕投手に抜てきした意図
初完投、初完封をマークするなど2年目の今季、飛躍している斎藤。彼を開幕投手に抜てきした栗山英樹監督はそこまで見抜いていたのだろうか。
斎藤の開幕投手指名について尋ねたとき、栗山監督は微妙な言い方をした。「金曜日(開幕日)に投げる投手は、毎週相手エースと投げ合うことになるので……」
どのチームも中6日で先発を回すようになった今、同じ曜日に登板した投手はみんな、当分の間、同じ曜日に登板することになる。開幕に先発したならば、ロッテ・成瀬善久や、今は離脱しているけれど楽天・田中将大ら、各チームのエースと対戦することになるわけだ。
先発を6人で回すと、2カードの計6試合で一回りする。栗山監督はこの一回りを目安に戦略を練っているようだった。6試合を4勝2敗、あるいは3勝2敗1分けペースでいきたい。
■斎藤を未来のエースにという腹があるから…
もしエースにエースをぶつけて負けたら、あとが苦しくなり、たちまちその計算はおぼつかなくなる。だから初戦は無理して取りにいく必要はない……。そんな意味合いのことを栗山監督は言っていた。
当然、斎藤を未来のエースにという腹があるから、栗山監督も開幕投手を任せたのだろうが、その晴れ舞台(対西武)でプロ初完投をマークし、すかさず初完封(4月20日、対オリックス)までやってのけると思っていたかどうか。
■敵味方にかかわらず、だまされる
斎藤のしたたかさは、味方をもあざむくところにあるのかもしれない。ばらつく直球は見た目にもパッとせず、本来の投球の価値観からすればなっていない。だから敵味方にかかわらず、だまされるのだが、それこそが彼の投球の生命線だ。
もし斎藤が"理想"に走り、伸びのある直球を持った本格派を目指したら、その途端に打たれるだろう。
斎藤は今のままでいい。むしろバラツキ投法を究めていくべきかもしれない。もし「それは邪道」というコーチがいたら、そちらが新しい常識についていけていないだけのことかもしれないのだ。
(野球評論家)