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躍る刀、心動かす冒険物語 日経小説大賞「高望の大刀」

受賞者の夜弦雅也氏と選考委員3氏が座談会

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第13回日経小説大賞(日本経済新聞社・日経BP共催)の授賞式が2月25日、東京・日経ホールで開かれ、一般公開された。贈呈式に続く座談会では、『高望(たかもち)の大刀(たち)』で受賞した夜弦雅也氏と、選考委員の辻原登、髙樹のぶ子、角田光代の3氏が、受賞作や小説の執筆をめぐって話し合った。伊集院静氏は欠席した。(司会は客員編集委員 宮川匡司)

授賞理由

司会 受賞作執筆のきっかけに、髙樹さんの『小説伊勢物語 業平』を読んだことがあると聞きました。

夜弦雅也氏 古典を新しい形でよみがえらせたというところにすごく影響を受けました。どういうふうに書けば心の中の物語が一番いい形で世に出るかというのを考えているんですね。ありきたりの方法ではなく、とにかく可能性を考える書き方について、チャレンジしなさいと言ってもらえたような気がしました。

自分のヒーロー見つける力

髙樹のぶ子氏 候補作として読んでいる途中で、『業平』を読んでいるとうすうす予感していました。この作者を認めるにつけて、ある種のパワーを非常に感じたのは、自分にふさわしいヒーローを見つける力があること。すごく大事な才能だと思います。平安時代の『業平』を読んだ上で、近いところの貴族社会を書くのではなく、真反対をあえて思い切り描いた。ふてぶてしさこそ才能だと感じながら読みました。

司会 平安時代前期を舞台に、活劇がふんだんに盛り込まれた歴史エンターテインメントです。

夜弦氏 ストーリーはほぼ創作です。高望王は資料がほとんど残っていなくて、生涯を箇条書きすると10行くらいで終わってしまう。一冊分を空想で埋めるしかない。その代わり、時代背景とか衣食住とか、舞台セットの時代考証をしっかりとやっています。

司会 想像の翼を広げた作品です。選考委員の皆さんに、この作品を選んだ理由を聞いてまいります。非常に高く買っておられた髙樹さん、お願いします。

髙樹氏 骨格というものがこの作品にはあって、対立するテーゼというか、善と悪とか、上手に対立させている。私の『業平』が漢詩とか和歌とか公家日記とか、限られてはいるものの、一応正史としてあるものに対して、この小説は裏面史で、まさに想像を思い切り飛躍させる。

文芸の力が貴族社会では重んじられていて、和歌や漢詩が席巻していた。それに対して新興勢力の武力というものが台頭してくる。文芸対武力の対立と言うこともできます。京の都に対して、上総に流された関東武士の始祖、この対立もあります。いろんな対立がないと、話がなかなかドラマチックにならないですね。

角田光代氏 私は今回初めてこの賞の選考に関わったんですけれども、最終候補5作のうち、議論で残ったのが歴史物の3作でした。私は時代小説、歴史小説は疎いので、あまり読みたくないのですが、頑張って読みました。3作の中で一番読み手を選ばない小説だと、私は感じました。登場人物たちが最も生き生きと動いていて、時代を動かしていると感じました。

ワクワクする貴種流離譚

辻原登氏 これは冒険譚(たん)であると同時に貴種流離譚でもある。もともと非常に尊い生まれの人物が、何らかの理由で流されたり苦難にあって非業の死を遂げる。あるいは苦難に打ち勝ち、最後に敵を討って、本復を遂げる。この作品は後者の例で、文章はちょっと粗いが、スピーディーで面白い。

タイトルもいいと思いますが、ベネディクトの『菊と刀』にならって『女と刀』でもよかった。上総に流されたり、一揆を起こしたり、一騎打ちをやったりするんですが、一番底にある魅力は刀だと思うんです。そして3人の女。刀鍛冶の裳知九(もちく)という蝦夷(えみし)の娘とかね。高望にかかわる女性はみんな気性が激しい。この絡みが、小説の魅力じゃないかと思います。

司会 大刀について何かお話がありますか。

辻原氏 高望が弓を相手に大刀で立ち向かう冒頭の場面で、大刀をどういうふうに手に入れるかというところに、作者の一番いい面が出ているんじゃないか。つまりストーリーとか色恋模様よりも、大刀がどうやって生まれるかをきっちり書いたところに魅力を感じます。

夜弦氏 まだ奈良時代の延長の時代ですので、中国映画などに出てくる、片手で振る短い直刀を使っていた。形や大きさを定めていた律令制が崩壊していくにつれて、いつの間にか日本刀があらわれたんですが、その間がミッシングリンクみたいになっていて定説がないんです。その謎を軸に据えて描きたかったというのがあります。

執筆のきっかけ

司会 いつごろから小説を書いていましたか。

夜弦氏 20年前に生まれて初めて小説を書きました。幸運だったんですけれども、ファンタジー系の文学賞に応募したところ、次点をいただいて出版できました。

もともと目立ちたがり屋で承認欲求の強い性格なんですね。それで仕事を一生懸命やったんです。ところが自分の力に釣り合わないところに大きな目標を描いて、精神的にちょっと参ってしまったんです。そのときに、もう出世しなくていい、ちょっと別の生き方をしようと思いました。そこで小説を書き始めました。

司会 受賞が決まったことをご家族は何と言っていましたか。

夜弦氏 娘と2人暮らしなんですが、何も言っていないです。娘と私では価値観が違うと思うんです。今の若い人たちに小説家になったと言ってもそんなに喜ばないし、あんまりかっこいい職業だなと思ってくれない人が多いんですよ。ユーチューバーになったとか言えば、すごいねとか喜ぶと思うけれど。それは半分冗談ですけれども、自分の価値観とか生き方を娘に押しつけたくないです。

司会 これから夜弦さんにどんなものを期待したいですか。

現代ものを読んでみたい

角田氏 今って、もしかして現代を舞台にした小説がすごく書きにくいのかもしれないと思っていて、それはどういうことなんだろうなというのを、ずっと考えています。さっきファンタジーを既に書いたことがあるとおっしゃっていたので、もしできれば現代を舞台にしたものをこの先ぜひ読んでみたいなと思います。

髙樹氏 ひとつだけ注文するならば、本当にご自分が魅力的だと思う、この男、この女を書きたいという主人公を見つけてほしい。とにかく人間を書くのが小説ですから、まず作者がその人間に魅入られ、読者もまた魅入られていく。こういう設定でという以前に、書きたい人間をしっかりつかまえて書いていただきたいと思います。

辻原氏 大佛(おさらぎ)次郎を読むといいと思います。歴史小説とは何なのかということが、しっかり書かれている。特に『天皇の世紀』全17巻。これを読むためには恐らく受賞作を一作書くぐらいのエネルギーが要ると思うんですが。

受賞の言葉

物語の原点に立ち返る

初めて書いた時代小説です。執筆自体には2カ月しかかけていませんが、書き始めるまでの試行錯誤に4カ月費やしました。初めてなので、書き方がわからなかったのです。でも私は何としても日経小説大賞に時代物で応募したかった。というのは、以前、髙樹のぶ子先生の『小説伊勢物語 業平』を買って読み、大変面白かったのです。

しかし、そうこうするうちに締め切りは2カ月後に迫って、もう大変です。悩んでいる段階ではない。こうなったら、変なものができてもいいから、自分が書きたいように書くしかない、そう決めました。

ふたつだけルールをつくりました。ひとつめは、読み手を選ぶ難しい話は書かないこと。頭で考えず、心と体で感じられる小説にしたいと思いました。ふたつめは、物語の原点に立ち返ること。わくわくした顔の子どもたちを前に話し聞かせるような、面白い話にしようと思いました。

こうして生まれたのがこの小説です。リアルな平安初期の世界観で、実在の人物が史実にない活躍をします。ジャンルの垣根を越え、物語が好きな多くの人の目に留まれば、これ以上の幸せはありません。

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