プログラミング思考を遊びで 必修化で教材開発活発に
楽しみながらプログラミングを学習できる教材の開発競争が活発になっている。ブロックやモーターなどを組み合わせたロボットに、タブレットなどから「指示」を出すといった手軽さが売りだ。小学校でプログラミング教育が必修となったことを契機に、「楽しみながら学ぶ」需要が拡大している。
カラフルな透明ブロックとモーターなどの電子パーツを組み立て終えると、タブレットで指示を入力。組み立てたばかりのロボットが動き出すと、驚きと達成感が混ざった歓声が上がる──。
ソニーグループ子会社で教育事業を手掛けるソニー・グローバルエデュケーション(SGE、東京・品川)が小学生向けに提供しているロボット・プログラミング学習キット「KOOV(クーブ)」。2017年に発売し、価格は初心者向けのスターターキットで税込み4万568円だ。
SGEは22年度以降、小学館集英社プロダクション(東京・千代田)が手掛ける幼児教室「ミキハウスキッズパル」の開講クラスで、3~4歳児、4~5歳児、5~6歳児と各年齢の発達段階を考慮した専用の課題とワークシートを提供する。作品を通じて発表したり他の子供の発表を聞いたりして、コミュニケーション能力を育てる狙いだ。
クーブには好きな作品を選んでレシピ通りに制作する「ロボットレシピ」があり、子供が直感的に理解しやすいよう、タブレット上のパズルのような形を使ってプログラミングする「ビジュアルプログラミング言語」を活用する。
「当初は小学校3~6年生くらいの年齢をターゲットにしていたが、幼児向け教室や中学校の技術の授業、大学からファッションデザイナーのデザインの研修まで幅広い年代や層に使われるようになった」とSGEの礒津政明社長は話す。
既に全国1000以上の教室が同製品を使ったカリキュラムを展開しており、トライグループやZ会で講座や通信教育の教材として活用されている。「それまでロボットのプログラミングキットは男の子を意識したメカのようなデザインが多かったが、使い手の多様性を意識して、デザインも鮮やかな色彩にこだわった」(SGEの池長慶彦プロダクトマネージャー)
SDGs教育の一環に
クーブで特徴的なのが、毎月実施されるオンラインのコンテストと、そこに集まる子供たちのコミュニティーだ。
「今年こそかなえたい夢」「超びっくり!からくり装置」といったお題に合わせて子供たちがロボットを自由に作り、専用アプリで動画を投稿する。例えば小学校高学年の女の子による「自動販売機」を模したロボットは、スイッチを押すと当たりのときに商品に見立てた乾電池が2本出てくる。「すごい!」と300件近くのコメントが集まった。蚊取り線香に点火すると蚊が落ちる様子を再現したロボットなど、自由でユニークな発想は大人顔負けだ。
米国の小学校ではSDGs(持続可能な開発目標)教育の一環として同製品を活用し、環境問題の解決策をブロックで表現するといった例もある。社会課題をテーマとした教育での活用も広がりそうだ。
クーブのように、楽しみながらプログラミングを体験できる教材の市場が活発になっている。
ロボコン出身のエンジニアやデザイナーが所属するユカイ工学(東京・新宿)がより手軽にプログラミングに親しんでもらおうと21年8月に発売したのが、「ユカイなパチパチブロックキット」だ。数万円の教材が多い中、「1万円以内で手軽に楽しめる」(同社)ことを目指した。
部品の種類がシンプルなのが特徴で、円形やL字型の薄いブロックやモーター、目のパーツを合わせると、スムーズに進んだり跳ねるように歩いたりと様々な動きを楽しめる。保護者からは「動いたときにペットみたいと愛着を持っていた」「小学1年生でも部品が多くないので組み立てが早くでき、動かす工程に早く取り掛かれた」などの声があった。
ウェブ上で「15歩動かす」「90度に向ける」など指定することでプログラムを組め、無線を通じて操作できる。玩具「レゴブロック」と組み合わせて遊べ、デザインの自由度が高いのも特徴だ。価格は税込み9900円。
同社はプラスチック段ボールなどで工作してロボットを作る商品が1万個以上販売するヒットとなったが、イチから自分でつくる工作が難しいと感じる子供もいたため、ハサミを使わなくても安全に、さらに手軽に取り組みたいとのニーズを取り込む。
ゲームを自作できるのが中国の教材メーカー、オボットが開発したプログラミングキット「Xtron Pro(エックストロン プロ)」だ。欧米に続き日本でも販売を始めた。
クラウドファンディング(CF)サイトのMakuake(マクアケ)で21年11月にスタートした同製品の販売プロジェクトでは、目標の13倍となる132万円を集めた。2月末までに出荷し、4月にもアマゾン・ドット・コムで取り扱いを始めるほか、家電量販店などの販売も検討する。
IoTを体感できる
エックストロン プロでは、オボットが開発したオンライン学習プラットフォームでプログラミングするのが特長だ。
例えば「キャラクターを速度Xで動かしメロディーを演奏する」といった内容を手順通りに画面上のブロックをつないでいくだけで、自然とプログラミング言語の文法が身に付くという。ブロックで組み立てたプログラミングは汎用プログラム言語「Python(パイソン)」に変換されるため、実際のプログラムがどうなっているのかも一目で分かる。
時間内にできるだけ多くのピザを食べるゲームや、隕石(いんせき)をよけながら宇宙空間を進むゲームなど、作成したゲームを専用のフォーマットで記録し、エックストロン プロにダウンロードすることで、ゲーム機で実際に遊べるようになる。ファイルをメールに添付すれば友達とも共有できる。
「遊び半分で動かすことでプログラムへの興味が湧き、反復学習につながる」と日本での販売権を持つリベルテ(東京・文京)の佐藤大起社長は話す。自身もシステムエンジニアでプログラミングの仕組みの理解に苦労した経験からCFプロジェクトを立ち上げた。小学生がターゲットだが、「かつてレトロゲームで遊んだ40~50代男性も親子で楽しみたい、と購入しているようだ」と話す。
ゲームを作り動かせる類似の製品はあるが、同製品がユニークなのはゲーム以外にもスマートウオッチとして使ったり、あらゆるモノがネットにつながる「IoT」のプログラミングも体験できる点だ。
例えば本体のモニターとセンサーキットの「土壌水分センサーモジュール」を組み合わせると、植物観察キットになる。地面に刺すと土の水分を検出できるモジュールだ。
モーターの角度や速度を制御するコントローラーモジュール、衝突回避に使う超音波センサー、「電気をつけて」といった声に反応するライトを作れるLEDモジュール、文字を表示できるモジュールなど、機能を拡張できるセンサーやモジュールは全6種類。「様々な使い方で楽しみながら学べる」と佐藤社長は話す。価格は本体1個、センサーキット付のタイプでマクアケでは税込み2万1800円で提供しており、一般発売でも2万円超となる見込み。
論理的思考を育む一助に
GMOメディアが船井総合研究所(大阪市)と共同で実施した調査によると、子供向けプログラミング教育の21年の市場規模は175億7900万円と18年比で1.9倍となった。20年度から実施された小学校でのプログラミング教育の必修化と21年度の中学校、22年度の高等学校でのプログラミング教育の拡充がその背景にある。
25年1月の大学入学共通テストからプログラミングを含む「情報」が教科として採用されることもあり、「プログラミングは必須のスキルという認識が保護者の中で大きくなる」(同調査)。25年の同市場は400億円規模に到達する見通し。GMOメディアが運営するプログラミング教育ポータルサイトに登録された教室数はすでに1万900に上っている。
文部科学省は小学校段階におけるプログラミング教育の目的は、単にプログラミング言語を覚えたりプログラミング言語を習得したりすることではなく、「論理的思考力を育み、社会が情報技術で支えられていることに気づき、身近な問題の解決に主体的に取り組む」こととしている。
実際、プログラミングという新たな科目が作られるわけではなく、理科や算数、総合的な学習など多様な教科でプログラミングの概念を活用することが推奨されている。
基本的な例では、小学5年生がプログラミングを通じて正三角形や正六角形の作図に取り組むほか、6年生の理科では発光ダイオードの点灯回路を作成し、スイッチの通電を制御するプログラムを作るなどがある。
必修化に伴う教師や保護者から上がっていた不安の声を解消しようと、文部科学省などが立ち上げた「小学校を中心としたプログラミング教育ポータル」のサイトにも活用事例が載っている。国語で敬語の使い方を考えたり、プログラミングで星を動かして天体シミュレーションを作ったりと、学校により多様な活用方法がある。次々に開発されるプログラミング教材やそれを使った学習塾などでの教育サービスは、学校のカリキュラムが同一でないからこそ、学校外でも学びを深めたいという需要が小さくないことを示している。
経済産業省の調査では、人工知能(AI)やIoTを活用した情報技術(IT)サービスを扱う「先端IT人材」が30年に約55万人不足する見通しもある。ビッグデータ、量子コンピューターなどの活用が進む中、基礎的なプログラミング思考を子供の時から体感できる製品やサービスの需要は増えそうだ。
(日経ビジネス 西岡杏)
[日経ビジネス 2022年3月7日号の記事を再構成]
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