送配電事業者、AIで業務効率化 配電網最適化や保守など
AI投資は送配電部門に変革をもたらそうとしている。生成AIツールの導入により、2032年にはこの部門の価値は86億ドル高まるとみられている。進化するAIモデルのエネルギー需要を支える機会は言うまでもない。
予知保全から送配電網の最適化、スマートメーター、チャットボットによるカスタマーサービスに至るまで、AIを活用した解決策は既に送配電事業者の業務を効率化し、信頼を高め、顧客体験を向上している。
CBインサイツはどの送配電事業者がAIシフトの態勢が最も整っているかを判断するため、「送配電事業者のAI対応指数」の提供を開始した。
世界で最も時価総額が高い送配電事業者50社を対象に、急速に進化するAIを活用する態勢が整っている企業上位25社をランク付けした。「革新力」と「実行力」の2つの柱に基づいてスコアを算出した。
・革新力:斬新なAI機能の開発や取得の実績を測定。特許、買収、投資活動などのCBインサイツのデータに基づいてスコアを算出した。
・実行力:AIを活用した製品・サービスを送配電網にとりいれ、ビジネスやバックオフィス部門にAIを展開する力を測定。他社とのビジネス関係、製品導入についてメディアで取り上げられた回数、決算説明会の発言内容などのCBインサイツのデータに基づいて算出した。
以下では、AIブームに乗る態勢が最も整っている送配電事業者25社を紹介する。
リーダー
送配電部門でAIの導入が進んでいるのは、イタリアのエネル、フランスのエンジー、米国のデューク・エナジーだ。
3社の多様な戦略は、送配電事業者がAI対応度を高められる複数の手段を示している。
・戦略的なAI導入:エネルは様々な業務でAIを広く導入し、効率化とコスト削減という包括的なアプローチのメリットを実証している。
・再生可能エネルギーに注力:エンジーは再エネ資産の最適化に力を入れ、脱炭素化の取り組みに不可欠なクリーンエネルギー源の効率化と統合の推進におけるAIの役割を示している。
・AIのハイブリッドな使い方:デューク・エナジーの科学的機械学習(SciML)は、特に送配電網のような複雑なシステムで専門知識と機械学習を組み合わせることにより、効果的な策を生み出せることを示している。
首位のエネルはAI導入の包括的なアプローチが際立っている。事業全体で250以上のAIアプリケーションがあり、カスタマーサービス、発電、物流、インフラのメンテナンスに対応する専用AIチームを置く。
発電事業では機械学習を活用し、風力タービンの納入の物流を最適化している。インフラのメンテナンス事業では、AIアルゴリズム(計算手順)がセンサーデータを分析して機器の故障を予測し、ダウンタイムを減らして資産の寿命を延ばしている。
僅差で2位に付けたエンジーは、再エネの最適化に力を入れている。例えば、22年6月には、市場の需要と天候の予測に基づいて風力発電の売電の最適なタイミングを予測するAIシステムで米グーグル・クラウドと提携した。風力の発電量と市況を正確に予測することで、収益を最大化し、送配電網の安定に貢献している。
エンジーは23年、AIを活用してエネルギーを管理するテーブルポインター(TablePointer、シンガポール)のシードラウンド(調達額300万ドル)で共同リード投資家も務めた。この投資はAIにより省エネと送配電網の脱炭素化を進めるエンジーの戦略に沿っている。
デューク・エナジーはAIのハイブリッドな使い方が評価され、3位に入った。同社のSciMLは従来の工学モデルと機械学習を組み合わせている。データのみを活用してパターンを見つける標準的な機械学習とは違い、確立された科学的原理と専門知識を学習プロセスに統合し、より正確で信頼性の高い結果を導き出す。
同社はSciMLを活用し、1万台以上の大型変圧器のチェックに費やす時間を年数週間から数日に短縮した。故障リスクが高い変圧器を特定する精度も大幅に改善した。
さらに、米アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)と共同で、エネルギー利用シナリオを従来よりも大幅に短時間でシミュレーションできるクラウドベースの送配電網プランニングシステムの開発に取り組んでいる。
革新力
革新力のスコアは19年以降(24年9月16日時点)のAI関連の特許取得数や出資活動のデータに基づいている。
送配電部門のAIイノベーション(技術革新)は総じてまだ初期の段階だが、一部の企業はこの部門の将来の方向性を示唆するような的を絞った戦略を進めている。自社のイノベーションを守るために広範な特許の取得を優先している企業もあれば、AIの展開を加速するためAI技術への戦略投資に力を入れている企業もある。
米ナショナル・グリッドは送配電部門のAI投資のリーダーとして台頭している。同社が参加した注目のラウンド3件は、重要なイノベーション分野を示している。
・インフラ強じん化(米AiDash、24年1月のシリーズCで5900万ドルを調達):AiDashはAIと衛星技術を組み合わせて送配電事業者の予知保全を支援する。故障を予測することで、送配電網の信頼性と顧客満足度を高めている。
・地下マッピング(エクソディゴ=Exodigo、イスラエル、24年2月のシリーズAで1億500万ドルを調達):エクソディゴのAIを活用したマッピングは地下の資産の位置を正確に特定し、作業員の安全を高めつつ、プロジェクトのリスクや遅延、サービス途絶を減らす。
・脅威防止(米アービント=Urbint、21年8月のシリーズCで6000万ドルを調達):アービントのAIは重要インフラと作業員のリスクを特定して軽減することで、資産と人命を守りながら、安全な送配電事業を確保する。
エンジーは活発なAI投資活動により2位に付けた。テーブルポインターへの出資のほか、20年と21年にはエナジーワークス(Energyworx、オランダ)のシリーズBとCにそれぞれ出資し、AIを活用したエネルギー管理システムへの関与をさらに強めた。
一方、エネルはエネルギー消費量の予測分析に力を入れており、特許の取得件数が最も多い。19〜20年にはビルのエネルギー消費データを分析し、タイムラグと外気温から需要急増を予測する機械学習システムで複数の特許を取得した。こうしたAIによる予測は送配電網の安定を維持し、資源の配分を最適化し、再エネの送配電網への統合を進める上で不可欠だ。
実行力
実行力のスコアは19年以降(24年9月16日時点)のAI関連のビジネス関係、製品導入がメディアで取り上げられた回数、決算説明会の発言内容に基づいている。
イノベーションは土台を築く一方で、どの送配電企業がAIの恩恵を受けるかは実行力で決まる。CBインサイツの分析では、送配電企業は戦略的技術提携、社内でのAI開発、顧客対応でのAI活用という3つのアプローチでAI導入計画を実行に移している。
エンジーやエネルなどのエネルギー大手は外部の専門知識を活用してAIの導入を加速させている。例えば、エンジーは20年、米マイクロソフトのクラウドサービス「アジュール」と提携し、再エネ資産の管理を最適化した。マイクロソフトのクラウドとAI機能を使うことにより、自社で大規模開発することなくエネルギー効率と運用のパフォーマンスを高めるのが目的だ。
同様に、エネルは19年、米シースリーAI(C3.ai)との提携により事業分野全体のデータを統合し、効率を高めて意思決定を強化した。この提携により、エネルは一から開発することなくAI機能を活用するツールを手に入れた。
これに対し、米ネクステラ・エナジーはAIを自社開発している。同社は用地の選定から資産管理まで独自のアプリケーションを含む100以上の社内AIプロジェクトを進めている。AIの開発を内製化することで、テクノロジーとデータを自由に管理でき、ニーズに直接対応したカスタマイズが可能になる。
ネクステラは送配電事業者としては最多の過去3四半期の決算説明会でAIに関する話題を取り上げた。これはAIを中核業務に深く組み入れ、市場での差異化につながる組織的な知識と専門知識を構築するという同社の戦略を示している。
一方、エネルはAIを業務効率化だけでなく、顧客とのやり取りの改善にも活用している。イタリアのindigo.aiと提携してチャットボットの訓練プロセスを自動化し、強化している。自動化により会話のタグ付けを効率化し、複数のチャネルでAIアシスタントのパフォーマンスを高めている。
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