皆川猿時さん「良い作品に巡り合えたら、それがご褒美」
俳優
――『ドクター皆川 〜手術成功5秒前〜』(10月29日まで上演中、インタビュー実施は開演前)で主役を演じられます。この舞台の見どころを教えてください。
この舞台は、僕と荒川良々くんがメインを務めるシリーズの4作目です。シリーズの脚本と演出を手掛けているのは細川徹さん。初めの2作は『あぶない刑事』、3作目は『3年B組金八先生』というかつての人気テレビドラマのパロディーでした。刑事もの、学園ものと来て今回は医療もの。笑いとの相性がいい舞台設定の第3弾ということなのでしょう。
細川さんの舞台の作り方は、ちょっと特殊なんです。稽古初日に台本が完成していることはまずありません。稽古の序盤は、みんなで机を囲んで雑談をします。なんなら、雑談だけで終わっちゃう日もあります。というのも、細川さんは雑談を通して、出演者の人間性や人となりをチェックしているようで(笑)。そこから「この人にはこういうことをさせたら面白いんじゃないか」とネタができたり、セリフに反映されたり。そんなこんなで「バカバカしくて、もう笑うしかない」シーンの数々が出来ていきます。だからでしょうか、演劇っぽくないし、コントともちょっと違う。
バカバカしいシーンなのに繊細な演技を求められる
細川さんは、頭が良さそうに見えるようなセリフをどんどん削っていくんです。結果、「危ない!」とか「あーっ」とか「痛い!」とか「わぁー」といった短いセリフの応酬に。とにかくセリフが覚えにくい(笑)。
その一方で、「もっとちゃんと新鮮に驚いて!」「もっとちゃんとデリケートにやって!」と厳しい注文が。すっごくバカバカしいシーンなのに、繊細な演技を求められるんです(笑)。いやー、面白いですよね。
このシリーズのもう一つの特色は、出演者が自分の名前の役を演じる点です。僕は「皆川」、荒川くんは「荒川」。今作では、今をときめく牧島輝くんと乃木坂46の金川紗耶さんが初めて参加するのですが、彼らも「牧島」「金川」という名前の役を演じます。
加えて、それぞれが人間性と人となりが反映されたセリフを言うわけですから、見ているお客さんは「この人、本当にこういう人なんじゃないか」と、ストーリーよりもそれぞれのキャラクターに引き寄せられていきます。
――そうした特殊な舞台を観客にはどのように楽しんでほしいと考えていますか。
ストーリーは、あるようなないような。バカバカしいシーンの連続ですから、見終わったあと、清々しいほど何も残りません(笑)。「あまりにもバカバカしすぎて、かえってジーンとした」。最近ではそんな感想をいただくこともあります(笑)。目の前で起きる面白い現象にたくさん笑っていただいて、すっきりした気持ちで帰っていただけたらうれしいです。
――作品から離れて、皆川さんが俳優を目指された経緯について伺いたいと思います。
いろいろなところで話してきましたけど、中学生の時、女性アイドルグループのおニャン子クラブが大ブームで、僕は会員番号29番の渡辺美奈代ちゃんの大ファンだったんです。美奈代ちゃんと俳優の渡辺徹さんが共演したテレビドラマ『探偵桃語』が大好きで、「自分も俳優になれば、美奈代ちゃんと共演できるかもしれない!」と、ふと思ったんです(笑)。
高校3年生の時に、学校の図書室で『役者になるには』というタイトルの本を見つけまして。あまり内容は覚えていませんが、巻末にいろいろな劇団の住所などが掲載されていたんです。
同級生たちが大学に進学する中、「やっぱり役者になりたい!」と思い、高校卒業後すぐに上京しました。大学に通う兄や友人の部屋を転々としながら、本の巻末に載っていた劇団のオーディションをいくつか受けました。
その一つが劇団東京乾電池です。1980年代前半に漫才ブームで人気だったコンビがこぞって出演してヒットしたテレビのバラエティー番組『笑ってる場合ですよ!』に、東京乾電池が担当する『日刊乾電池ニュース』というコーナーがありまして。高田純次さんやベンガルさんが出ていました。「楽しそうだなぁ」とオーディションを受けて、研究生になりました。
――東京乾電池の研究生として演劇の稽古に取り組まれてどんな思いを抱きましたか。
「思ってたのと全然違う!」と感じました。「やっぱり役者になりたい!」という思いだけで上京して、何の予備知識もなく、生の舞台を見たこともなかったんです。もう勝手に、チャラチャラした世界を想像してましたし、テレビなんかすぐに出られるもんだと考えていたんです。非常に見通しが甘かったですね(笑)。発声やダンス、テーマに沿って即興で芝居を作ったりと稽古は厳しかった。バイトして生活費を稼がなくちゃだし、つらかったですね。
串焼き屋で働きつつ、意地で役者めざす
研究生の集大成である卒業公演の稽古で、演出家の岩松了さんに失礼な態度を取り、スリッパで引っぱたかれ、それからは「田舎に帰れ!」と言われ続けました(笑)。結局、東京乾電池には残れませんでした。残れなかった研究生仲間と一緒に自前で公演を何本か打ちましたが、うまく行かないし、借金もできちゃうし。22歳の時なんか、バイトしてた記憶しかないです。新宿の串焼き屋さん「串タロー」で週6日、一日12時間ぐらい働いてましたね。
――そこで役者を諦めて他の道に進まなかったのはなぜですか?
「なんとかして役者になりたい!」という、もう意地ですよね。割と頑固な性格なので(笑)。親には「30歳になるまでは大目に見てほしい!」と宣言してました。今考えるとめちゃくちゃですよね。自分で勝手に猶予期間を設けて。末っ子だからでしょうか。とにかく自分に甘いんです(笑)。
――24歳の時に今も所属している大人計画に入団されました。
串タローでバイトに明け暮れていた時期にも、舞台だけはいろいろと見ていたんですよ。笑いを求めて。中でも、大人計画は別格でした。ダークで尖っててカッコよくて面白かったです。大人計画のオーディションのチラシを見つけて、何の迷いもなく受けました。ラッキーでしたね。
――大人計画に入団してみていかがでしたか。
東京乾電池の研究生として過ごした1年やその後の挫折から、演劇の世界の厳しさを知ったつもりでいましたが、大人計画に入ったら入ったで、もっと大変というか、何よりもつらかったのは「どうやったら面白くなるのか」が自分じゃ分からないという(笑)。
当時の僕は、(大人計画を主宰する)松尾スズキさんからの「後ろにぶっ倒れろ」「真横に跳べ」「パイプ椅子の隙間に飛び込め」など、めちゃくちゃな演出に応えるのが精一杯。「これって本当に面白いのかしら」と、ちょっと疑問に感じながらも(笑)、必死にしがみついてました。
公演本番の2週間ほど前から、バイトをお休みさせてもらって稽古に集中するわけですが、それはそれで逃げ場がなくなっちゃって、逆につらいんですよね(笑)。もう、本当につらくて「田舎に帰りたい!」って毎回思ってました。
太ったら「もうカッコつける必要ないじゃん!」と吹っ切れた
――そうした苦しい日々から抜け出せたきっかけは?
そうですねぇ。20代後半の頃には、映像の仕事も徐々に増えてきて、バイトをしなくてもギリ生活できるくらいにはなってたんです。でも、僕は串タローが好きでねぇ(笑)。楽しいから続けていたんですが、いつの間にか最古参のバイトになり、正社員の人たちとギクシャクしてきちゃって。
それでバイトを辞めたら、急に太り始めたんです。体力的にも楽になったし、食べる量もどんどん増えて、どんどんどんどん太っていきました(笑)。それまでは宮藤官九郎さんから「太れ」と言われても、なかなか太れなかったのに。太ったら「もうカッコつける必要ないじゃん!」と吹っ切れました。
そしたら、ちょっとずつお客さんにウケるようになったんです。パンクコントバンド『グループ魂』での港カヲルというキャラも認知され、さらに楽になりました。
その後、結婚して子供も生まれます。普通はプレッシャーを感じちゃうかもだけど、僕の場合はどんどん楽になっていきました。結婚したら「こんな俺でも結婚できたぞ!」と。子供ができたら「こんな俺でも父親になれたぞ!」と。「俺すごいじゃん!」って(笑)。末っ子だからでしょうか。とにかく自分に甘いんです。
――役者として最大の転機になった作品は?
それはNHKの連続テレビ小説「あまちゃん」で間違いないでしょう(笑)。主人公が通う高校の潜水土木科の教師・磯野心平を演じました。初めてお茶の間の皆さんに受けました。街中で声を掛けられるようにもなりました。
「こういう役をやりたい!」という欲は特にございません。いただいた役を一生懸命やるだけです。良い作品に巡り合って魅力的なキャラクターを演じられたら、ご褒美として受け止めています。
役者は一生続けていくと思います。いろいろ大変だけど、やっぱり面白いんですよね。これからも、どんどんチャレンジしていきたいです。
(撮影/工藤朋子 取材・文/中野目純一)
[日経マネー2023年10月号の記事を再構成]
1971年生まれ。福島県いわき市出身。94年から大人計画に参加。NHKの連続テレビ小説「あまちゃん」のコミカル熱血教師、大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」の水泳日本代表監督など、個性を演じ分ける。ドキュメンタリーのナレーション、アニメの声優など声の表現力にも定評。パンクコントバンド「グループ魂」では永遠の46歳、港カヲルの名でMCを担当。2005年にはNHKの紅白歌合戦に出場した。
上演:2023年10月12日〜29日、本多劇場
作・演出:細川徹
出演:皆川猿時、荒川良々、牧島輝、池津祥子、村杉蝉之介、上川周作、金川紗耶、早出明弘、本田ひでゆき
外科医のドクター皆川は、力持ちだが手先が不器用。なにかと理由をつけて手術を切り抜けている。そこに海外から"天才ドクター"といわれる荒川がやってくる。どんな患者もすぐに手術する荒川は、天才すぎて、皆ついていけない。手術中の指示はなにを言っているかがまったくわからないのだ。
やがて皆川と荒川のふたりは、くせのある院長、周りの医師、新人ドジっ子ナースたちを巻き込みながら、ことあるごとに対立していく。
「お金のことを本でも学びたいけど、たくさん出ていてどれを読んだらいいか分からない」。初心者の方からよく聞く話です。そこでこのコーナーでは「お金×書籍」をテーマとして、今読むべきお金の新刊本や古典の名著などを紹介し、あわせてお金の本の著者にも読みどころなどをインタビューします。