今から始める外貨投資 円安局面での資産防衛術
米ドル・メキシコペソ上昇基調 経済情勢や金利水準で見極め
日銀による「異次元の金融緩和」を追い風に、1ドル=90円台後半まで進んだ円安。金融緩和に加え、貿易赤字が定着しつつあることが円売りを後押ししている。26日発表の1~3月期米実質国内総生産(GDP)増加率が市場予想を下回ったためブレーキがかかったものの、市場ではいずれ100円の大台に下落するとの見方が根強い。
円の弱さは対ドルだけではない。国際決済銀行(BIS)がまとめた通貨の総合的な価値を示す実質実効為替レートをみると、3月時点で円は1年前と比べて15.2%低下。これは全61通貨中、ベネズエラのボリバル(15.8%)に次いで2番目に大きな下落率だ。
円の下落は円建て資産を多く持つ日本人にとって、資産価値の目減りにつながる要因。資産の一部を値上がりが見込める外貨に振り向け、資産の目減りに歯止めをかけることは重要な投資のテーマとなる。では、どの通貨に投資すればよいのだろうか。
今回、日経ヴェリタスでは円を含む16通貨について、市場参加者への取材に基づき今後半年間の中期的な相場を展望。各通貨の総合的な方向感を「強気」「やや強気」「中立」「やや弱気」「弱気」の5つに分類した。
判断のポイントは3つ。第1は経済情勢だ。経済が好調なら株式や社債などの市場にマネーが流入するため、その国の通貨は買われやすい。

先進国の通貨の中で比較的堅調なのがドルだ。米国は1~3月期成長率が予想ほど高くなかったが、景気不振の主因だった住宅市場の低迷から脱しつつある。米連邦準備理事会(FRB)による量的緩和第3弾(QE3)の早期解除観測が再燃するようなら、投資マネーが流れ込みやすい。シェール革命の進展も中長期的なドル買い材料。米国はエネルギー輸入国で貿易赤字が常態化し、ドルの重荷になっていた。シェールガスが商用化されればエネルギーの輸入が減り、貿易収支も改善する──。そんな期待がドルを支える。
底堅い米国景気の恩恵を受けるのが、米国と経済的な結びつきの強いメキシコだ。米向けの輸出が堅調であるうえ、内需もしっかりしている。産油国でもある。JPモルガン・チェース銀行の棚瀬順哉チーフFXストラテジストはメキシコペソについて「昨年に続き今年も強い」とみている。内需の強さではトルコも市場の関心を集める。2013年の成長率は3%台半ばとなる見込み。人口の増加で中長期的な経済発展に対する期待が強く、トルコリラを押し上げる推進力になっている。
第2のポイントは金利だ。金利水準の高い通貨を買えば利息収入が多く得られるため、高金利通貨は買われやすい。ただ足元の金利が高くても将来の低下が見込まれる場合には、買いが入りにくくなるので注意が必要だ。
オーストラリア(豪)ドルは代表的な高金利通貨で、かつては日本の個人マネーの流入で堅調に推移する場面が多かった。しかし最近は主要な輸出先である中国の景気が低調。1~3月の消費者物価指数の上昇率が予想を下回ったこともあり、中央銀行が利下げするとの見方が浮上。豪ドルは売られやすくなっている。
第3のポイントは投資家のリスク許容度だ。株高などで投資家心理が明るくなると、リスクを取って高い収益を目指す運用が広がり、成長期待が強い国の高金利通貨が買われやすくなる。だが株式相場が低迷すると収益より安全を優先するようになり、スイスフランのような金利は低くても経済が安定している通貨が買われやすくなる。
地図で示した以外で注目されるのがアジア通貨だ。台湾は通貨当局による通貨安政策もあり、台湾ドルは下落基調となる見通し。半面、好景気で資本が流入しているフィリピンのペソや、インフレ対策で中銀が通貨高を志向するタイのバーツは上昇しやすい。
主要国の金利がそろって低い水準となり、金利が比較的高い新興国の通貨に対する投資家の関心が高まっている。かつては新興国通貨のマイナス要因だった厳しい財政状況も、「最近は改善傾向にある」(棚瀬氏)。流動性の低さや通貨当局による介入といった不確定要素には注意が必要だが、新興国通貨が本格的な投資対象として選択肢に入る時代が訪れている。
預金やMMFが入門編 金融商品の価格と為替相場の変動に目配り必要
異次元の金融緩和策の下、外貨投資のやり方も変わるのか。これから始める外貨投資のポイントを、専門家の意見を聞きながら探ってみた。
外貨投資でまず思い浮かぶのが外貨預金だ。ドルやユーロなど幅広い通貨で預金でき、為替相場が円安になれば為替差益が発生する。オーストラリア(豪)ドルやニュージーランドドルで預金すれば、金利が1%を上回る場合もある。
外貨預金は引き出しが容易で、為替手数料が安いものもある。預金保険の対象ではないが、金融機関は外貨建ての元本を保証するので、比較的安全な金融商品と位置付けられる。「わかりやすさがポイント」(ソニー銀行)の商品で、外貨投資の入門編として外貨預金を勧める専門家は少なくない。
元本割れリスクが比較的小さく、外貨預金に似た商品として外貨建てMMF(マネー・マーケット・ファンド)を推す声も多い。「これから円安が見込まれる局面で、為替差益狙いで(外貨MMFを)取引する富裕層が多い」(ファイナンシャルプランナーの田中和紀氏)という。
外国企業が発行した株式や債券、あるいは外国の国債に投資する場合も、通常は外貨への投資が伴う。こうした金融商品を買いたい場合には、外貨建て投資信託を選ぶのも一つのやり方だ。特定の国の株・債券で運用するものや、利回りの高い公社債に分散運用するものなど幅広い。

外貨建ての投信は種類が多いため「何を買えばよいか、よく分からない」と感じる投資家もいるかもしれない。そんな場合に投資助言会社S&Sインベストメンツの岡村聡代表が一案として勧めるのが、指数連動型の上場投資信託(ETF)を活用した投資法だ。
やり方はこうだ。先進国や新興国など、自分が投資する対象をまず決める。その対象全体をカバーするような運用をしていて、資産規模が大きな指数連動型のETFを選ぶ。こうしたETFは比較的、落ち着いた値動きとなるものが多いうえ、「自動的に分散運用ができる」(S&Sの岡村氏)。
外国為替証拠金取引(FX)も一般的に知られるようになった。手数料を無料にして、スプレッドと呼ばれる売値と買値の差を収益源にしている取扱会社がほとんど。ほぼ24時間取引が可能で、経済指標の発表など海外の重要日程にあわせて機動的に取引することができる。証拠金という担保を差し入れて取引する。リスクを取って高い収益を目指したい場合には、証拠金を上回って取引することが可能。証拠金の範囲内で売買すれば、外貨預金に近い取引になる。
外貨投資をする場合、投資対象の商品の価格変動に伴うリスクに加え、為替相場の変動に伴うリスクに気をつける必要がある。投資商品と外貨の両方が値上がりすれば高収益となる可能性がある。一方で外貨の相場が大きく値下がりした場合、投資商品が値上がりしても損失が発生する場合がある。
イボットソン・アソシエイツ・ジャパンの小松原宰明チーフ・インベストメント・オフィサーが試算した元本の「最大損失率」は、外債の投信が20%、先進国の株式投信が40%、新興国の株式投信だと60%に達するという。外貨建て資産に投資する際には、万が一、こうした損失を被っても問題ない範囲で投資額を決めておくのが望ましいだろう。
MMF為替差益、16年から課税対象 損益通算が可能になるメリットも
外貨投資で最終的な利益額を左右しかねないのが税金の知識。その税金の仕組みがまもなく大きく変わる。

数ある外貨投資のなかでも、これまで税制面でのメリットが大きいとされてきたのが外貨建てMMFだ。売却して為替差益が出た場合に税金がかからなかったためだ。外貨MMFと比較されることが多い外貨預金の為替差益は、雑所得として総合課税の対象になる。総合課税の税率が高い高所得者らにとって、この点では外貨預金より外貨MMFが有利だった。
ところが外貨MMFや外国債券に関する税制が、2016年1月1日から変わる。金融所得課税の一体化が進むなか、これまで非課税だった外貨MMFの為替差益や利付債の売却益が20%の申告分離課税の対象となる。証券税制に詳しいSMBC日興証券の新井裕之ソリューション企画部次長は「15年末までに為替差益が出ていれば、売却するのも手」と指摘する。利付債の償還差益も雑所得として総合課税の対象だったのが、20%の申告分離課税となる。
税制の変更で新たに加わるメリットもある。これまで外貨MMFや利付債を売却して為替差損などの損失が発生しても、損益通算はできなかった。16年からは、新たに上場株式や投資信託などと損益通算が可能になる。損益通算後に残った損失は、翌年以降3年間は繰り越すことができる。損益通算が始まる16年には、今年出た株などの損失で通算後に残った部分について、外貨MMFなどの利益と通算させることも可能になる。外貨MMFや利付債について、証券会社が確定申告などの納税手続きを代行する特定口座を利用することも可能になる。
外国為替証拠金取引(FX)の差金決済で得た利益は、「先物取引にかかわる雑所得」として20%の申告分離課税となる。損益が発生した場合は、株価指数先物やオプション、商品先物など、他の「先物取引にかかわる雑所得」との損益通算は可能。ただし株式など他の所得との損益通算はできない。
[日経ヴェリタス 2013年4月28日付]