震災報道で一気に進んだマスメディアとネットの融合
ブロガー 藤代 裕之
東日本大震災からまもなく2年。震災は企業や自治体などに多くの課題や教訓を残したが、マスメディアにとってもソーシャルメディア戦略の大きな転換点だったことが、東海大学の河井孝仁教授と筆者が取り組んだ調査・研究で分かった。動画サイトとテレビの連携、新聞社によるツイッター利用など、マスメディアとソーシャルメディアの融合が一気に進んだからだ。
中学生が勝手にNHK映像をネット配信
調査は新聞通信調査会からの委託で行った。河井教授と筆者は2011年8月から12年4月まで計40人にヒアリングしており、他チームの調査・研究と合わせて「大震災・原発とメディアの役割 報道・論調の検証と展望」に収録した。内容は、(1)新聞社やテレビ局のソーシャルメディア担当者ヒアリング、(2)インターネットユーザー調査、(3)新聞社のツイッター発信内容分析、(4)記者インタビュー、(5)自治体の担当者ヒアリングとそれらを踏まえた考察で構成。今年1月10日に刊行された。そこで判明したのは、震災をきっかけに既存のマスメディアとソーシャルメディアの関係が新たなステージに入ったことだった。
例えばテレビと動画サイトの連携。これのきっかけは、一般の中学生がスマートフォンを使って自宅テレビからのNHK映像を「Ustream(ユーストリーム)」で生中継するという「勝手配信」だった。Ustream側は監視センターによって勝手配信を把握していたが、視聴ユーザーが増加していることを受けてNHK側に連絡して許可を得た。

ニコニコ動画はニュース専門チャンネル「TBSニュースバード」の映像を再配信していたが、Ustream上での勝手配信が続いているのを知りNHKに問い合わせる。許可が出ていることを知ったニコニコ動画を運営するニワンゴの杉本誠司社長は「にわかには信じられなかった」と衝撃を受け、ニコニコ動画も配信を始めた。
NHK広報局のツイッターアカウント(@NHK_PR)がUsteamの勝手配信を後押しするツイートを行い、ツイッター上で大きな話題となっていたが、実際には担当者同士で交渉していた。それを可能にしたのは社内勉強会や外部のボランティアプロジェクトで知り合ったといったインフォーマルなネットワークだった。NHKは動画サイト以外にも、グーグルの安否確認システム「パーソンファインダー」をいち早く導入したが、グーグルとの交渉に当たったNHKの担当者も社内勉強会のメンバーだった。
中学生が開いたテレビとソーシャルメディアの連携は、関係者のゆるやかなつながりを生かして、連鎖的に展開されていくことになる。その結果、都内オフィスで待機し、パソコンはあるがテレビは見えないといったユーザーにも受信を提供することができるようになった。ニコニコ動画のNHK再配信は3月11日から25日までの間に1100万ユーザーが視聴した。
震災時に積極的にソーシャルメディアとの連携を行ったNHKとTBSはその後も取り組みを進めている。NHKは12年4月からツイッター連動番組「NEWS WEB 24」をスタート。TBSは昨年12月の衆議院選挙でUstreamや「YouTube(ユーチューブ)」に情報提供したほか、TBSラジオはソーシャルメディアで知られる論客を集めた番組「総選挙スペシャル2012」を放送した。
新聞社の「つぶやき」急増 地方発にも強い関心
震災をきっかけに新聞社によるツイッター利用も増えた。調査した全国紙・地方紙のうち、震災後からアカウントを開設したり、本格的に運用を開始したりした社が多かった。
特に朝日新聞は、自社のツイッターアカウントを積極利用するという方針を社内で早くから打ち出した。11年3月11日の15時35分に、報道・編成局室ネットプロデューサーが、ツイッターの各アカウントを運用する担当者に「各アカウントの運営者のみなさまは,出来る範囲でフォロワー向けに様々な地震情報をつぶやいてください。よろしくお願いします」と一斉メールを配信している。さらに、11年2月のニュージーランド・カンタベリー地方で発生した地震を受けて開設していた当時の社会グループ(現在は社会部 @Asahi_Shakai)を始動し、前日に開設したばかりだった福島総局のアカウント(@asahi_fukushima)からも情報を発信し始めた。
新聞社が運営するツイッターで最もフォロワーが多いアカウント(@mainichijpedit)を持つ毎日新聞は、ツイート担当を24時間体制にした。さらに、被災地の出来事や生活情報を扱う特別紙面「希望新聞」専用アカウント(@mainichi_kibou)も開設している。ユニークな取り組みとしては、デジタルメディア局による「希望新聞特別版」の発行がある。ツイッター上で呼びかけた被災地への応援メッセージを印刷するなど紙とソーシャルメディアを融合させたもので、11年5月から8月にかけて計6号、60万部を印刷し、宮城や岩手、福島の各県の避難所や学校に配布した。
広域災害のため地方発の情報にも関心が集まり、河北新報や福島民報、茨城新聞など地方新聞のフォロワー数も軒並み増加した。河北新報の担当者は「これほどリアルに新聞社に対するニーズが顕在化したのは初めて」と述べている。日本経済新聞のアカウント(@nikkeionline)も計画停電実施の記事をいち早くツイートし、フォロワーが急増した。
調査には掲載していないが、現在のフォロワー数も合わせて表にまとめた。震災当時は毎日新聞、朝日新聞、日本経済新聞という順だったフォロワー数が今では、日本経済新聞、朝日新聞、毎日新聞と入れ替わっている。急激に情報ニーズが高まった震災時の勢いが、その後のフォロワー数にも影響を与えている。朝日新聞は12年には記者アカウントでの発信を開始して、ツイッター上での存在感を高めている。「ウェブ・ファースト」を標榜してネットにいち早く取り組んだ産経新聞、ツイッターをけん引してきた毎日新聞は、勢いを失っている。
日ごろの「発信力」が緊急時の信頼性に
調査では、ソーシャルメディアの業務における位置付けが不透明という状況も浮かび上がってきた。新聞社のソーシャルメディアは多くの場合、ニュースサイトの担当部門や社内システムを担当している部門が取り組んでいる。しかし担当部門がシステム部門の場合、震災で寸断された社内システムや連絡網のチェックに追われて紙の発行を優先してしまうという状況もあった。一般企業でも、ソーシャルメディアの位置付けが不十分なまま、担当者の異動や転職により急にメッセージの雰囲気が変わったり、発信そのものが止まったりすることがあるが、同じリスクを新聞社なども抱えているようだ。
ただし、インフォーマルなつながりを生かしてすぐにソーシャルメディアと連携できたのは、位置付けが不透明だからこそ可能になったという側面もあるだろう。インフォーマルなネットワークから生まれたアイデアや行動の勢いをそぐことなく、情報発信を続ける柔軟さがマスメディアに求められるのではないか。
調査に対して多くの担当者が、緊急時に対応するためには日ごろからソーシャルメディアを利用すべきと述べていた。災害が発生してからアカウントを開設しても、なりすましを疑われ、さらなる混乱を招くこともある。震災時はツイッターによるサポートもあり、新聞社や自治体が開設するツイッターアカウントは認証が素早く行われたが、日ごろからソーシャルメディアで情報発信を続けていることが、災害時の信頼の担保になる。
調査のその後を見ると、震災時に動画サイトやツイッターと積極的に連携した既存マスメディアが、さらに取り組みを進めていることが分かった。ソーシャルメディアは成長途中であり、取り組みをやめれば、他社に差を付けられてしまう。歩みを止めることなく、継続的かつ積極的に新たなメディアを活用していくことが情報発信力につながる。
ジャーナリスト・ブロガー。1973年徳島県生まれ、立教大学21世紀社会デザイン研究科修了。徳島新聞記者などを経て、ネット企業で新サービス立ち上げや研究開発支援を行う。早稲田大学大学院非常勤講師。2004年からブログ「ガ島通信」(http://d.hatena.ne.jp/gatonews/)を執筆、日本のアルファブロガーの1人として知られる。