ゴーン氏が語る危機打開のリーダーシップ5条件
日産自動車のカルロス・ゴーン社長は19日、慶応義塾大学日吉キャンパスで慶大大学院経営管理研究科(慶大ビジネス・スクール)主催の講演会に出席した。「グローバルリーダーシップと危機管理経営」をテーマに約1時間半に渡り熱弁をふるった。講演や質疑応答の概要は以下の通り。
■講演―危機で真価問われるリーダー
10分以上のスピーチは、聴衆の注意力が下がりますので、簡単にスピーチします。グローバルリーダーシップと危機対応がテーマです。平時にはリーダーが誰であるかは関心を持たれません。問題が発生して初めてリーダーの必要性が問われます。危機とリーダーには関連があるのです。誰が眼前の危機を克服できるのかに関心が集まるのです。
さて、リーダーに求められている資質とは何か。危機対応で何が求められるのか。私の経験だけでなく、これまで見てきたことから話します。
まず、危機対応でリーダーにとって最も重要なのは、極めて明確で客観的な解析、状況判断をすることです。自己満足の診断ではなく、客観的な事実に基づいて危機の問題を抽出するのです。2つ目は、置かれている状況を判断した後、どのように問題を克服するかを考え出す力が求められます。当座の変化に適応する方策だけでなく、中長期のビジョンを考えるのもリーダーの役目です。
例えば、リーマン・ショック後、私はキャッシュ、現金を最優先する方針転換をしました。当時の中期経営計画を止め、掲げていた経営指標も捨てました。フリーキャッシュフローをポジティブにすることを表明したのです。ただ、投資の中断は将来を犠牲にすることにつながります。長期的な視野にたち、電気自動車などゼロエミッション車の開発や新興国拡大への投資は続けました。当座を解決しつつ、長期ビジョンを犠牲にしない。部下に何をするか、何をしないのか。果たすべき役割を明確にしました。
3つ目は危機の際の権限委譲です。危機に際しすべてをリーダーが支配し決めるようでは、乗り切れません。状況を判断し、短期と長期の処方箋を定めたら、通常以上に権限を譲る。例えば、東日本大震災では工場長に投資、地域社会での行動など、通常以上の決裁権を与えました。予算の枠を超えても、現場で判断して投資をできるようにしました。本社は優先課題の進捗状況を把握はするが、個別状況への対応は現場に任せます。
■リーダーが現場に入るとき
4つ目は経営者は当事者意識をもって危機対応に参画することです。リーダーは本社に隠れてはいけません。経営者が現場に行くのは、危機対応の象徴的な行為です。最も厳しい状況に自ら出向くのが基本です。リーダーが現場をサポートすることを示す必要があります。
昨年秋のタイ洪水のときも、アジア地域担当の副社長に現地に行ってもらった。苦しむ現場で意思決定をサポートするためです。権限を委譲し、被災地の復興を全面的に支える姿勢を示すことが目的でした。
最後ですが、危機から学ぶことです。危機は経験を積むチャンスであり、教訓を得ないのはもったいない。企業も国家も、教訓をどうすれば、組織の知恵として取り込めるかを考えるべきです。5つのステップを1つでも抜かすと、完全に危機を克服したとは言えません。
ウェブを通じて世界中のあらゆる情報にアクセスできる現在は、世界には国境はありません。グーグルで検索すれば、どのような国の情報にもつながります。皆さんはグローバルな人材の第1世代です。グローバル化はもう終わっているのです。
グローバル化は好き嫌いではありません。どうやって肯定的にプラスにするか。ローカル化かグローバル化かの二者択一の考え方は誤っています。最もグローバル化している国家や企業、人材は非常に力強いルーツを母国に持っている。自らの文化にルーツがあり自信を持っており、、グローバル化でアイデンティティーを脅かされる不安がありません。
逆に自らのアイデンティティーに不安があると、グローバル化に不安になります。弱いアイデンティティーはグローバル化のマイナスの側面です。言語や文化の脅威とみなしてしまいます。
日産はこれまでもこれからも日本企業であり続け、日本のルーツに誇りを持つべきだと言っております。どの市場に進出しても変わりません。ルノーも同じです。日産もルノーもアイデンティティーを持っているからこそ、協力できているのです。
■質疑―優先順位をつけるのが経営陣の仕事
学生とのパネルディスカッションや質疑応答では経営者論から後継者育成、高額報酬の是非など話題が多岐にわたった。主なやりとりは下記の通り。
学生 どのように経営者として継続して成果を出し続けられるのか。
ゴーン氏 結果を出すのは自分ではありません。周りが成果を出すのです。成果を出し続けるには、周囲の人材を刺激し、指針を示し、モチベーションを高めるのが役割であることを忘れないでください。
1999年に私が日産に来たとき、経営危機でしたが、最初にこう話しました。あなた方こそが、再生を導くのです。私はサポートするだけですと。リーダーが問題解決を手助けし、指針を示し、サポートしてくれていると理解してもらえれば、50%の成果を出せます。
Q ゴーン社長が心がけていることは何か。
ゴーン氏 単純です。実績志向で考えます。十分なスピードで経営が動いていない場合は、周囲の理解が足りていないのです。自分ではなく、周囲を動かすのです。当事者意識も必要ですが、リーダーシップには影響力も欠かせません。退屈なリーダーでは、周囲のやる気も出ません。リーダーの行動が周囲の共感を呼ばなければなりません。それには周囲の人と心を通わす努力が必要です。そのために、継続的に現実や真実を直視することを避けてはいけません。例えば、スピーチ時に聴衆が退屈していたら、リーダーは自分が退屈な人間だと自覚することです。現実把握もリーダーシップで必要な素養でしょう。
Q 経営の中間層では短期と中長期の見通しや関心でどのようにバランスをとるべきでしょうか。
ゴーン氏 中間層はどちらかというと、当座の問題に集中してください。長期的な目標や優先課題は経営層が考えます。当座の問題と中期、長期のバランスはやはり、経営層の責任です。最も重要で難しいところです。しばしば、会社が苦労するのは、やるべき仕事を経営層がやっていないからです。経営層の仕事は、優先順位をつけ、何をすべきか、しないべきか、将来に何を維持するのか考えることです。それを怠り、現場に任せると、大混乱に陥ります。危機的状態ならさらに目立ちます。これがリーダーシップの本質です。誰かが立ち上がり、方向性を決めることです。それが好まれる、好むと好まざるとにかかわらず、あるビジョンに固執し、成果を出し、自信を回復させることです。
Q 次世代に向けた後継候補者選びと育成の方法は
ゴーン氏 正直に話すと、人は自ら後任を選ぶのは危険です。集合体で決めるべきで、単独で選ぶべきではありません。間違った人材の可能性だってあるからです。CEOとして重要なのは後継者候補の名前を挙げるが、周囲の信頼できる経営層と相談して決めることです。後継者を客観的に評価して決め、主観や利害に影響されないことです。優秀な後継者には自分の子供とお金を任せられますが、子供を任せてもお金を任せられない。その逆もしかりという人がいます。両方を備える必要があります。
Q 市場で競争力を高めるには
ゴーン氏 競争力向上には2つの基盤があります。1つは会社に対する意識、志の高さです。現状に満足していては競争力を維持できない。飽くなき意欲が必要です。2つ目はそれを実現するための謙虚な姿勢です。ライバルの優れた点をベンチマークし、差を埋める。他社から学習するオープンさ、謙虚さも必要です。
■最も優秀な人材に投資を
Q 経営者の高額報酬についてどう考えるか。
ゴーン氏 グローバルリーダーの育成には特定の1カ国の基準では評価できません。今のグローバルスタンダードは米国ですよね。日産の報酬は同規模の会社と比較しても低い水準です。最近、北米アウディのトップを日産に招きましたが、低い報酬ではきてくれないでしょう。報酬は優秀な人材を獲得するツールです。報酬はグローバル企業と比較しないといけません。役員報酬をカットしても企業が救われるわけではありません。日産は90年代の経営難で報酬カットしてもうまくいかなかった。国際的に人材にドアを開き、成功報酬を支払ってうまくいったのです。最も優秀な人材を採用すべきです。高額報酬を恥だと思う必要はありません。ただし、バランスも必要です。株主には実績を上げ、報酬の正当性を説明します。
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