欧州発ディーゼル車の逆襲 日本のハイブリッドの脅威に
エコカーの世界標準を巡る決戦が日本で始まる。日本でエコカーといえばトヨタ自動車の「プリウス」に代表されるハイブリッド車。そこに欧州発の「クリーンディーゼル」が攻めてくるのだ。日本では「公害」のイメージがまだあるディーゼルだが、欧州では10数年前のイノベーションでエコカーの代表にのし上がった。日本で人気のハイブリッド車はクリーンディーゼルの逆襲をかわせるだろうか。
独BMWは1月、SUV(多目的スポーツ車)「X5」のディーゼルエンジンモデルを発売した。2012年中にもう3車種を投入する計画だ。日本BMWの関係者は「日本人がディーゼル車に抱く悪いイメージを覆す」と意気込んでいる。
ダイムラーもこの夏のSUV「Mクラス」を皮切りに4種類以上のディーゼル乗用車を日本に投入する。仏プジョーシトロエングループ(PSA)傘下のプジョーは来春、主力小型車「208」にディーゼルモデルを加える。
しかし「なぜいまさらディーゼルなのか」。日本に住んでいると、ついそう思ってしまう。それは10数年前に欧州で起きた重要なイノベーションを見逃しているからだ。
1997年に登場した「アルファロメオ156JTD」と「メルセデス・ベンツC220CDI」。この2つのディーゼル車は画期的なシステムを搭載していた。独自動車部品メーカー、ボッシュが開発した「コモンレールシステム」である。
日本の乗用車の新車販売に占めるディーゼル車の比率はわずかに0.3%(11年)。ぜんそくなどの原因になる窒素酸化物(NOx)や粒子状物質(PM)をまき散らしたイメージが根強くまったく普及していない。
しかしコモンレールは蓄圧式と呼ばれる噴射方式で燃焼効率を劇的に改善し、NOxやPMをほとんど出さないクリーンディーゼルを実現した。ここから欧州のディーゼル比率はぐんぐん高まり、11年には54.9%に達した。
ボッシュによると、ディーゼル車の二酸化炭素(CO2)排出量はガソリン車より25%少ない。燃費性能はガソリン車より3割ほど高く、ディーゼルが使う軽油はガソリンより安いので、燃料代はガソリン車の6割程度に抑えられる。温暖化防止に効果的で財布にも優しいディーゼル車は、最大の弱点だった排ガス問題を克服したことで欧州では「最も現実的なエコカー」の地位を獲得した。
実はコモンレールを最初に実用化したのはボッシュではない。ボッシュより2年早い95年、日本のデンソーが開発したコモンレールシステムが日野自動車のトラック「ライジングレンジャー」に採用されている。しかし、この技術が乗用車に広がることはなかった。なぜか。97年はトヨタの「プリウス」が登場した年である。日本はエコカーの代表としてハイブリッド車を選んだのだ。
ハイブリッドを選んだ理由の1つに軽油の品質問題がある。当時、日本の軽油は硫黄含有量が多く、黒鉛が出やすかった。しかし政府の規制を受け、石油元売り各社は05年以降、低硫黄製品に切り替えた。ディーゼル車の普及を妨げる要因はほぼなくなったといっていいだろう。
それを見計らっての欧州メーカーの総攻撃である。コモンレールを搭載したディーゼル車は97年から07年までの10年間に世界で3000万台以上売れた。一方、プリウスの世界累計販売は11年8月末時点で236万台。欧州で実績を積んだディーゼル車は日本でもハイブリッド車の手ごわいライバルになりそうだ。
杞憂(きゆう)であればいいが、いやな予感がする。携帯電話で起きたことが自動車でも起こるのではないか。そう「ガラパゴス化」だ。
携帯電話に例えれば、日本で進化した「iモード」がハイブリッド車で、欧州規格の「GSM」がディーゼル車。世界標準になったのはGSMであり、iモードは国内でもスマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)に押されている。日本車メーカーよ、目を覚ませ。国内のハイブリッド人気に甘んじていては危ない。
(編集委員 大西康之)