三菱商事、エストニアから排出枠 支払いは「アイ・ミーブ」で
「国まるごとスマート化」に総力を挙げて協力
三菱商事がバルト3国の1つ、エストニアでユニークな取り組みを進めている。同国から購入する温暖化ガス排出枠の代金の一部を電気自動車(EV)で支払い、エストニアのEV普及に協力するだけではない。充電器の設置や新エネルギーの導入など、「国まるごとスマート化」に総力を挙げて協力する試みだ。インターネット電話「スカイプ」発祥の地で知られる欧州連合(EU)の小国から世界へ。先進的な環境ビジネスを広める「ふ化場」としての役割に期待を込める。
「三菱の革新的な問題解決手法を今後も一緒に推進していきたい」。10月21日、世界遺産にも指定された美しい町並みを誇るエストニアの首都タリン。アンシプ首相は三菱商事や三菱自動車幹部らと握手すると、会見でにこやかな笑みを浮かべてこう述べた。
三菱商事とエストニア政府が合意したのは、同国の低炭素社会の実現に向け、環境分野の案件開発に幅広く協力していくこと。その第1弾がEVの普及支援だ。
三菱商事はエストニア政府から1000万トンの温暖化ガス排出枠を購入する代金の一部として、来春までに三菱自動車のEV「i-MiEV(アイ・ミーブ)」507台を提供する。同国政府は残りの売却収入を活用し、日本仕様の充電器を最大250台設置。2012年末まで一般消費者向けにEVの購入補助金制度も導入する。
今回の話が始まったのは09年半ばにさかのぼる。排出枠の開発で国内最大手の三菱商事は、京都議定書に基づく、条件付きの国際排出量取引制度「グリーン投資スキーム(GIS)」の活用を思いつく。GISとは排出枠の売却収入の使い道を環境対策に限定する手法だ。
ロシアや東欧諸国などは、経済活動の低下のため、同議定書によって当初割り当てられた排出可能量ほどには温暖化ガスを出していない。この差分を排出枠として売る場合は、風力発電開発などの温暖化ガス削減事業から生み出した排出枠を売るのとは異なり、実際の環境貢献につながらない。こうした批判を受けてGISが制度化された。
エストニアの環境省は当初、売却代金を老朽化した官公庁ビルの断熱対策に使う予定だったが、政府部内で検討した結果、「世界でも例のない新しい取り組みに活用したい」と変化。「代金の一部をEVで支払ってほしいと要請された」(三菱商事の稲田和男・排出権事業ユニットマネージャー)という。
日本ではなじみの薄いエストニアだが、実はEUの期待の星だ。旧ソ連から独立した後に、IT(情報技術)先進国をめざし、関連産業の振興策を導入。ネット電話「スカイプ」(現在は米マイクロソフトが買収)などの台頭につながった。今では政府への各種申請から選挙の投票までネットで行われるほど電子化が普及している。
そのエストニアが掲げる次の目標が、国全体の「スマートコミュニティー化」だ。特に交通機関では20年までに全体の10%で再生可能エネルギーを利用することを目標にしており、今回のEV普及協力はその達成に向けた目玉施策となる。
三菱商事の協力は、それだけではない。グループが持つ蓄電池を活用したスマートグリッド(次世代送電網)や、欧米で実績を持つ太陽光、風力など再生可能エネルギーの取り組みも導入する予定。稲田氏は「まだアイデア段階だが」と断ったうえで、離島で風力発電とEVなどを使ったマイクログリッドの実証実験をしたり、都心の一部地域でスマートグリッド実験を行う取り組みも検討しているという。
三菱商事がエストニアを選んだ理由はほかにもある。外資や先進技術の導入に積極的なうえ、EUの中では経済状況も好調。しかも、人口はわずか130万人、国土面積も北海道の半分強しかない。「国単位で先進的な取り組みを実験するにはこれ以上の環境はない」(稲田氏)というわけだ。実際、三菱商事には、エストニアでの取り組み公表後、他の国々からの問い合わせや引き合いもあるという。
世界的な温暖化ガス排出削減と省エネ意識の高まりを背景に、世界各地でスマートコミュニティーなどの実証実験が広がっている。だが、EVと太陽光を組み合わせたり、都市の一部地域や断片的な技術の実験にとどまっているケースも多い。事業の広がりを考えたうえで肝心なのは、いかに早く実験レベルから事業スキームに移行できるか。そして、いかに国単位の規模で取り組めるかだ。
その意味で、三菱商事の「国まるごと協力」の試みは今後の活動次第で急速に立ち上がる可能性を秘めている。バルト3国の小国で始まった小さな一歩。世界に広がる「果実」を享受できるか、注目だ。
(産業部 宮東治彦)
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