最強ライバル、ドイツ 「産学官連携」強みとリスク
自動車産業の行方(2)
最初に、ドイツ全体のGDP(国内総生産)成長率と大手完成車メーカー3社の1980年代からの売上・利益の推移を見てみよう。同国の経済成長の過程の中で、1990年の東西ドイツ統合、そして2000年前後のユーロ導入および東方拡大の二つの変化点が大きなインパクトを示していることが分かる。
2015年のギリシャ危機などの結果として明らかになったように、EU(欧州連合)経済圏の拡大の恩恵を最も享受してきた国がドイツであり、それはドイツの主要企業の業績拡大によっても裏付けられている(図1)。
最大のリスクは「EU崩壊」
一方で、ユーロ導入後のドイツとその近隣諸国との間の競争力という点で貿易収支を比較すると、ユーロ導入後にドイツが持続的に貿易黒字幅を拡大しているのに対して、フランスやイタリア、スペイン、英国といった他のEU主要国は貿易赤字に甘んじることが多くなっている。これが、ドイツの欧州域内での相対的産業競争力の強化が、結果として近隣窮乏策となっていることの証左である(図2)。
こうしたドイツの勝ち過ぎに対する批判は、ギリシャ危機への対応の際にもかなり強調されていた。南欧諸国のみならず、英国までもが自国単独の利益とEU全体の利益との天秤の中で、EUからの離脱を検討し始めている。換言すれば、このEU崩壊シナリオこそが、ドイツにとっての勝利の方程式を根底から覆しかねない最大のリスクであろう。
だからこそ、国内での現政権への求心力低下や極右勢力の台頭など別の不安定要素をはらみながらも、最後は政治的判断によって、ギリシャに対してもギリギリのところで妥協し、シリア難民の受け入れについても主体的にその任を引き受けるという方針転換を図ったのであろう。
ドイツ流「産学官連携」はなぜ成功したか
ドイツのもう一つの強みと言えるのが、独自の「産学官連携」の仕組みである。これには大きく四つの特徴がある(図3)。
一つめは、自動車産業のような一見すると成熟した産業分野を対象にしたことである。産学官連携の大きな目的は、民間企業では背負いきれないような不確実性の高い領域での研究開発のリスクを、大学や公的研究機関が肩代わりするもの。日本ではこの方針に沿って、かつての半導体などのエレクトロニクス分野や近年のバイオテクノロジー分野などが産学官連携の中心的領域となってきた。
この仕組みをドイツは、中核産業である自動車産業の競争力強化に適用することを選んだ。これはドイツが推進する製造業の革新である「Industrie4.0(インダストリー4.0)」の議論などにも共通する。結果として次世代自動車に必要となる技術の複雑性が増すにつれ、むしろ自動車の先行技術の開発にも大いにその効果を発揮するようになりつつある。
二つめは、研究テーマが基礎・要素技術領域のみならず、応用・評価技術領域にまで広がっている点である。例えば、炭素繊維強化樹脂(CFRP)の研究開発では東レを始めとする日本の素材メーカーが先行していたが、量産車への応用ではBMWなどドイツメーカーが先行している。
その要因を見ると、公的資金の投入金額でEUが日本の2倍以上であるという点や、公的資金の投入時期で欧州が日本に対して10年以上先行した点が挙げられる。さらに、日本では研究テーマが材料そのものや加工方法の開発が中心となっているのに対して、欧州ではCFRPをどのように使うかといったコンセプト設計手法や、その評価のためのシミュレーションツールの開発などに重点的に公的資金が充てられている点が挙げられる(図4)。
設計・評価といった日本の自動車業界であれば完成車メーカーのノウハウの根源と言えるような部分まで「非競争領域」と捉えて共通化に踏み込んだことが、結果として量産車へのCFRP適用のスピードを加速させている。
連携の担い手の存在
三つめは、連携の担い手としての技術コンサルティング会社の存在である。大学や代表的な国立研究所であるFraunhofer(フラウンホーファー)のような公的研究機関に加え、「産」の主役である完成車メーカーのエージェントとして、FEVやIAVといった複数の技術コンサルティング会社が技術規格策定において主導権を発揮したり、エンジンの適合業務や車体の強度設計など(従来型の)自動車開発におけるコア業務の一部をアウトソーシングとして請け負ったりする。産学官連携のハブともいえる役割を果たしている。
この背景にあるのが、四つめの特徴である人材流動性と人的ネットワークによる裏付けである。これらの技術コンサルティング会社の社員の大半は、完成車メーカーで開発経験があったり、次の転職先として完成車メーカーを選択したりすることも多い。
また、「学」の中心であるRWTH Aachen University(アーヘン工科大学)やその卒業生から成る人脈も大きい。「アーヘン・パジャマ・クラブ」などとも呼ばれるその人的ネットワークは、たとえ競合メーカー間であっても機能する柔軟さを持っている。
ちなみに人材獲得の面においても、ドイツ国内での自動車産業の圧倒的な存在感が優位に働いている。世界中から優秀な人材を引き付ける仕組みを持つ米国を別格とすれば、日本やドイツを含む大半の国においては、自国内の最優秀な技術系人材をどの産業に配するかによって、その産業の国際競争力が決まるといっても過言ではない。
その意味でドイツの場合、自動車関連産業にエンジニアだけでなく、ビジネス的なリテラシーも高い優秀な人材が自然と集まる構造となっている。これが、技術系人材が産業間で分散しがちな日本との違いと言えるかもしれない。
ドイツモデルの死角
ただし、ドイツの自動車産業にも死角はある。一つは、自動車産業や応用研究への過度の偏重による"破壊的イノベーション"に対する耐性の弱さであろう。
例えば、Fraunhofer研究所のモットーは"No more Nobel Prize"であり、あくまで産業化につながるテーマにフォーカスする方針を対外的にも打ち出している。
実際に2000年以降のノーベル受賞者数を見ると、ドイツは日本よりも少なく、同じ欧州域内でも英国やフランスの後塵を拝する結果となっている(図5)。ちなみに2000年以前、特に理科系領域におけるドイツの受賞者数は日本をはるかにしのいでいた。
このことを象徴的に表しているのが、Industrie4.0に対する取り組みである。このコンセプトを主導しているのは、ドイツにおけるエレクトロニクス業界の雄であるSiemensとIT(情報技術)業界の雄であるSAPである。
いずれも、既存領域での成長が頭打ちとなり、新たな成長領域の創出が最大の課題となっている中で、その答えを自国の強みである自動車業界や中堅・中小の産業材メーカーの生産性向上に求めた。
一方、日本では「メカトロニクス+通信+人工知能(AI)」という要素技術を用いて「ロボット革命」と称し、サービス産業への適用が盛んに検討されるようになっている。
ドイツは既に競争優位にある産業のさらなる生産性向上に向かい、日本は競争劣位にある産業に向けた新規事業機会の創出に向かう。ドイツと日本の方向感は対照的である。筆者は今回に関しては、日本の目指す方向性の方が中長期的に自国の産業競争力を高める可能性が高いと感じている。
もう一つのドイツの死角は、連携の強さゆえに不測の事態が起こった場合にシナリオが逆回転して共倒れになるリスクがあることだ。象徴的な例となりかねないのが、2015年秋に発覚したVolkswagen(VW)による排ガス不正問題であろう。
この問題に対する技術的考察には今回は触れないが、今後の対応を間違えるとドイツの自動車産業の強みがすべて逆回転しかねない。VWのみならず、ドイツ産業界全体において慎重な対応が必要となるだろう。
[日経テクノロジーオンライン2016年2月29日付の記事を再構成]
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