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ジョコビッチも出資 テニス「丸ごとデータ化」日本上陸

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日経テクノロジーオンライン
男子プロテニスの錦織圭選手も認める異次元の強さを放つ、ノバク・ジョコビッチ選手。世界ランキング1位の彼が出資し、テニス界の「テクノロジー革命」として注目を集めるイスラエル発のサービスが日本に上陸した。

「使ってみて正直、驚いた。携帯電話がガラケーからスマホ(スマートフォン)に進化した時と同じような感覚を味わった」

車いすテニスでシングルス世界ランキング1位の国枝慎吾選手など複数のプロ選手が練習拠点とする、千葉県柏市の吉田記念テニス研修センター。ここでアシスタントGM(ゼネラル・マネージャー)を務める吉田好彦氏は、テニス界で注目を集める"そのシステム"を使った感想をこう語る。

そのシステムとは、イスラエルのベンチャー企業PlaySightが開発したテニス専用の映像解析システム「SmartCourt」。2015年11月第2週、日本で初めて吉田記念テニス研修センターに導入された。冒頭の吉田氏のコメントは、決して大げさではない。「アナログからクラウドの世界へ一足飛び」で進化するような体験がそこにある。

テニス界では、たとえプロ選手のレベルであっても、プレーデータの記録はいまだに手書きの場合が多い。「通常、ラリーの回数も選手が声を出して数えている」(吉田氏)。SmartCourtを使うとコート上のプレーデータはすべて自動で記録され、ビデオや3DのCG(コンピューターグラフィック)映像ですぐに確認できる。テレビでテニスの試合を見ている際に表示される各種のデータ(スタッツ)が、一般のプレーヤーであっても即座に入手できる。ラリーの回数などのデータが自動で記録されることで、選手がプレーに集中できるようになるという。

実は、PlaySightが注目を集める理由がもう一つある。男子シングルスの世界ランキング1位にして、2015年は公式戦で81勝6敗と"無敵"の強さを誇ったノバク・ジョコビッチ選手や、女子テニスの名選手だったビリー・ジーン・キング氏などが出資しているのだ。ジョコビッチ選手はSmartCourtについて「スポーツの世界に革新をもたらす技術だ。膨大なデータを取得して自分のゲームの分析や改善をサポートしてくれる」とコメントしている。

6台のカメラとキオスク端末で構成

SmartCourtは、6台の高精細ビデオカメラと1台のキオスク端末で構成される。カメラはベースラインの後方にそれぞれ3台ずつ設置。カメラでプレーヤー(最大4人)とボールの動きを捉え、その映像をコートサイドの中心に設置したキオスク端末に送ってプレーを解析する。

取得できるデータの種類は多い。サーブのスピード、スイングの種別(フォアハンド/バックハンド)、ストロークにおけるボールのスピードや回転、コート上のボールの着地点、など。さらに選手の走行距離や消費カロリーも算出する。

キオスク端末は試合中、スコアボードとして使えるほか、まるでプロの試合のようにボールがインか、アウトかという「ライン判定」もしてくれる。PlaySightによると、ライン判定の精度は約95%。吉田氏は「現状、精度についてはまだまだ調整が必要だが、使っていくうちにアジャストすると聞いている」と話す。

脱・感覚頼みのコーチング

SmartCourtはテニスの練習を、"感覚"から"理論"の世界に変える。

例えば、ストロークの練習中にプレーをいったん止めてビデオやデータをチェックしたり、プレーの3D映像を自分の好きな角度から見て修正点を確認したりできる。「選手には(ミスを防ぐために)ネット上の高い位置にボールを通せとよく言っているが、口で言うよりもボールの軌道を実際に見せることで選手がいいショットのイメージを持ちやすくなる。ビデオだとどうしても感覚頼みのコーチングになるが、理論に基づいたコーチングが可能になる」(吉田氏)。

キオスク端末が取得したデータは自動でPlaySightのクラウドに送られ、どこにいてもスマホやタブレット端末でプレー映像やデータを確認できる。米国にいるコーチが日本で練習中の選手に指示を出す、という使い方もできる。

あなたは世界何位?

SmartCourtはイスラエル発の多くのサービスと同様、軍事技術を基盤としている。

2011年に、もともとイスラエル空軍に所属していたChen Shachar(CEO)、Yoram Bentzur、Evgeni Khazanovの3氏が共同でPlaySightを創業した。空軍で戦闘機の操縦士のトレーニングに使われる、3D視覚化技術を応用したという。

SmartCourtは2015年10月時点で、欧米を中心に世界で15カ国以上、200台以上が設置されている。この"世界に散らばっているセンサー" から、日々プレーヤーのデータをクラウドに蓄積しており、PlaySightはその一部を「リーダーボード」として同社のサイトで公開している。

例えば、同社は既に約311万回のサーブ、地球約1周分に当たる4万4500kmの走行距離などのデータを蓄積(2015年12月下旬時点)。リーダーボードではサーブやストロークのスピードランキングなどを表示している。

このランキングは性別、年齢、国ごとに見ることができる。12月下旬時点でサーブのスピードランキングの総合1位は時速136マイル(時速218km)だが、55歳以上の女性の1位は時速89マイル(時速142km)など、属性別の表示が可能だ。テニスにおいてボールのスピードはプレーに必要な1要素に過ぎないが、プレーヤーは世界で、そして自国で自分がどのレベルにあるのかを知ることができる。

テニスは技術の実験場

競技人口が世界で1億人を超える"メジャースポーツ"の一角であるテニスにはここ数年、プレーを可視化(見える化)する技術の導入が相次いでいる。スポーツの中では市場規模が大きいうえ、ラケットを使い複雑な動きをするため科学的な分析がスキルアップに有効と考えられるためだ。

代表格が、加速度センサーや角速度センサーを内蔵したテニス専用センサーだ。ラケットのグリップ部に装着したり、それ自体を内蔵したりするラケットなどがある。例えば、ソニーが2014年5月に発売した「Smart Tennis Sensor」は前者のタイプで、現在ではヨネックス、Wilson、HEADなど主要ブランドのラケットに対応している。

SmartCourtが非接触で映像からデータを取得するのに対し、Smart Tennis Sensorなどの専用センサーはボールがラケットに当たったときの振動などから、スイングの種別、ボールのスピードや回転、ラケットのスイング速度などのデータを算出する。

いずれのタイプも目的はプレーの見える化にあるとはいえ、両者は異質の存在だ。プレーヤーの立場からは、映像解析技術は非接触なため「選手はストレスを感じず、ユーザーフレンドリー」(吉田氏)といえる。Smart Tennis Sensorは重さが約8gしかないとはいえ、それでも微妙な感覚を重視するプレーヤーにとっては心理的な負担になる可能性がある。

一方で、専用センサーは個々のプレーヤーが購入して使える(Smart Tennis Sensorの価格は1万8000円)のが利点だ。SmartCourtはそれが設置されたコートに行かないと使えないし、現状では日本に1カ所しかない。

問題はSmartCourtの導入のハードルが決して低くないことだ。初期費用として機材代など200万円程度がかかるほか、月額10万円のランニングコストが必要になる。海外では一般会員もSmartCourtを使えるようにしてコストを回収しているテニスクラブもあるが、吉田氏は「ビジネスのツールとして考えたいが、現状では投資分を売り上げでカバーできるとは考えにくい」と本音を漏らす。

SmartCourtが導入実績を増やすには、コストダウンのほか、選手だけでなく一般プレーヤーにも上達へのモチベーションやヒントを与えてくれる"仕掛け"が必要になるだろう。

錦織選手の元指導者が手掛けた新技術

2015年12月9日、米シリコンバレーのベンチャー企業TuringSenseがテニスのテクノロジー革命への参戦を表明した。同社は複数のウエアラブルセンサーをプレーヤーの体につけて360度の動きデータを取得し、バイオメカニクス(生体力学)の見地から解析することで、スイングの改善やケガの予防ができる「PIVOT」を開発した。

PIVOTの開発には、米フロリダ州にあるスポーツ選手養成学校のIMGアカデミーで錦織選手ら世界のトップ選手を指導した経験を持つニック・ボロテリー氏が協力した。

ソニーのSmart Tennis Sensorなどがラケットやボールの速度といったデータを取得するのに対し、PIVOTは9軸センサー(それぞれ3軸の加速度/角速度/地磁気センサー)を内蔵した複数のウエアラブルセンサー(最小構成で5個装着)でプレーヤーのフットワークや体の使い方、肘や膝の曲げ角度を見える化する。そのデータをバイオメカニクスの視点で解析し、スイングの矯正およびケガを誘発する可能性がある正しくない動きについて修正を促すという。

TuringSenseはPIVOT の量産化に向けて、12月9日にクラウドファンディング大手の米Indiegogoでの資金調達を開始。2016年8月の出荷を目標にしている。

スポーツ界の「実験場」であるテニスには、今後もテクノロジーを売りにした新規参入が相次ぐだろう。こうした"見える化競争"の次のフェーズで問われるのは、プレーヤーの目線で本当に役立つサービスかどうかだ。競技人口1億超のテニス界に、「iPhone」のような存在は誕生するのだろうか。

(日経BP社デジタル編集センター 内田泰)

[スポーツイノベーターズOnline 2015年12月21日付]

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