日本の技とおもてなし 鉄道輸出「総合力」で勝負
編集委員 後藤康浩
今年は日本の鉄道にとって話題の多い年になった。3月14日には北陸新幹線が金沢まで開業、4月21日にはリニアの最新車両のL0(エルゼロ)系が山梨の実験線で時速603キロの世界記録を達成した。2027年の開業を目指す東京(品川)-名古屋間の「リニア中央新幹線」は年内に最難関工事と言われる南アルプス・トンネル(全長約25キロ)が着工される見通しだ。1964年の東海道新幹線開業以来、技術で世界をリードしてきた日本の鉄道がいよいよ世界に飛躍する時を迎えている。
鉄道はきわめて裾野の広い総合的なビジネスだ。軌道、信号などのインフラの上を輸送機器である車両が走り、それを中央で運行管理する。さらに座席予約、改札、車内検札など顧客対応、多数の乗降客が行き交う場としての駅のプロデュース、不動産や観光施設など沿線の開発もある。日本は、そうしたハードからソフトまでを高い水準で統合した世界でもトップの鉄道大国となった。
安全性と高速化を両立
なかでも世界が注目するのは、車両の安全性と高速化の技術だろう。1958年に旧国鉄が当時5000両近くあった蒸気機関車を15年以内に引退させ、電車、気動車(ディーゼル車)へ転換させる「動力近代化計画」を打ち出してから日本の鉄道車両の技術は一気に上がった。起伏が激しく、半径の狭いカーブの多い地形条件の中で、高速かつ安全に大量に人を運ぶ鉄道技術を鍛えたからだ。その粋が東海道新幹線であり、「シンカンセン」として世界に名声が広がったことが、日本の発展と技術のイメージ向上に貢献した。中国の成長の原動力となった「改革開放」政策は鄧小平氏が政治的復活を果たし、訪日した際に乗車した新幹線への驚きも大きな引き金になったといわれる。
鉄道車両は数百両、数千両の生産台数で、同じ輸送機器でも数十万台、数百万台の自動車とは異なる。鉄道は走る場所に合わせてきめ細かく仕様を調整したカスタマイズ製品であり、自動車は基本的には大量生産品だ。そこが日本の鉄道が海外市場に展開する際の強みになる。性能、品質が優れていれば、無用な価格競争に巻き込まれずに済むからだ。
何より新幹線はじめ国内の鉄道そのものが、ショーウインドーになり、説得力を持っている。時速300キロ前後の新幹線を数分おきに走らせ、ラッシュ時には秒単位で運行制御する地下鉄などは世界からみれば驚異的だ。かつて製造業を造船、重機、重電など「重厚長大」と電機・電子、精密機器など「軽薄短小」に分ける見方があった。鉄道は車両や軌道をみれば重厚長大だが、運行制御、保守管理、サービスなどの面をみれば軽薄短小型と言えるかもしれない。その組み合わせは日本の最も得意とするパターンといえるだろう。
「過剰品質」に注意を
この10年、世界では鉄道復権が叫ばれてきた。新興国では大量輸送機関の整備が不可欠になってきたうえ、エネルギーコストの上昇、環境負荷の軽減などが課題になってきたからだ。日本は地下鉄、都市交通、都市間鉄道、新幹線まで幅広い鉄道を世界に輸出できるチャンスを迎えている。ただ、気をつけるべき点もある。日本の状況、顧客に対応しすぎれば、過剰品質で高コストになりかねないからだ。日本には車両メーカーが日立製作所、日本車輌、川崎重工業など大手でも3~4社あり、JR各社、私鉄各社にきめ細かく対応した車両を供給している。国内が1社独占になっている独、仏、カナダや国内大手2社が合併する中国などとの競争では規模の問題だけでなく、きめ細かすぎる顧客対応がコスト競争力を低下させる恐れがある。鉄道車両の「ガラパゴス化」だ。
今、高速鉄道で日本の3倍以上の路線網を誇る中国は海外進出を目指しており、低価格を武器にしてくる可能性がある。鉄道車両の「コモディティー化」のリスクも否定できないだろう。日本の鉄道産業が持ち前の力を発揮するには、車両や軌道だけでなく、運行管理、顧客サービスや駅のビジネス活用、さらには鉄道マンの養成まで含めた総合力を打ち出していくかがポイントになる。
最近、急増する中国、韓国はじめアジアからの訪日旅行客が新幹線に乗って驚くものはスピードや乗り心地の良さ、時刻の正確さ、車内の清潔さだけではない。駅弁のおいしさと美しさも高評価だ。確かに中国の新幹線に乗ると車内販売の弁当は円換算で1000円近くもするが、評判は悪く、昼時の車内ではローカル線と同じようにカップ麺が幅をきかせている。日本の鉄道は可能性に満ちている。