米アマゾンがほれ込んだ スイスのドローン魔術師
ロボット自在に操る工科大教授
キャッチボールや編隊飛行
4つのプロペラでホバリングしていたドローンは、甲高いプロペラ音を響かせながら記者が放り投げたボールの落下点に先回り。備え付けられたラケットで記者の手元に正確にボールを跳ね返してきた。まるで生きているかのように飛び回る。「これはすごい」。思わず声が漏れた。
記者歴14年。うち4年はハイテクの聖地シリコンバレーで取材した。世界の最先端技術をいろいろと見てきたつもりだったが驚きを隠せなかった。「心配いらない。ここに来る人はこの分野の専門家でも同じリアクションをするよ」。技術デモを担当してくれた、ダンドレア氏と共に研究を進めるロビン・リッツ氏に慰められた。
スイス・チューリヒの街並みを見下ろす小高い丘にあるETHチューリヒ校。ダンドレア教授の「城」はここにある。「フライング・マシン・アリーナ」と呼ばれる施設の大きさは縦横高さそれぞれ約10メートル。ドローンが壁に接触しても壊れないようカーテンで覆われ、床にはクッションが敷き詰められている。そこで繰り広げられたデモは、どれも魔法のようだった。
ドローンが上部に長さ1メートル程度の棒を立て、倒れないように前後左右に素早く微調整しつつ、リッツ氏が手に持つ杖の動き通りにあわせて飛び回る。人が手のひらに棒を立ててバランスを取るのと同じ動きをドローンが空中でこなす。
ドローン3機が網を引っ張り上げてボールを投げ上げる。3機が素早く連動してボールの落下点に移動、網の中央でボールを受け止める。こちらは人間がやっても難しそう。しかも「何回も繰り返すことで精度が高まるよう設計されている」(リッツ氏)という。
その後もドローン6機が複雑に絡み合う編隊飛行や、音楽に合わせた「ダンス」などが披露された。気がつくと校舎のエントランスを入ってすぐのガラス張りの「アリーナ」の前には、物珍しさに人だかりができた。
アマゾンが買収
「数十、数百の『フライング・マシン(空飛ぶ機械)』を意のままにコントロールできれば大きな可能性が広がると思った。それが研究を始めたきっかけだ」。ダンドレア氏は自身の研究室でこう話し始めた。
イタリア生まれで9歳の時にカナダに移った。トロント大、米カリフォルニア工科大を経て1997年から2007年まで米コーネル大の教授職に就き、07年にETHチューリヒ校に移籍。同校に「アリーナ」を新設してドローン研究を本格化した。
コーネル大時代にはロボットのサッカー世界大会「ロボカップ」の優勝常連校に。その技術に目を付けた米起業家と組み、倉庫の商品棚を持ち上げて動かすことで荷物の仕分けを効率化する物流支援ロボットのキバ・システムズを03年に設立。同社が12年にアマゾンに7億7500万ドル(約880億円)で買収されたことでビジネス界でも一躍有名になった。
「キバ・システムズではロボットを平面上で正確に制御する技術が生かされた。今度はドローンを3次元空間で高精度に制御し、あらゆる場所に送り込めるようにしたい」(ダンドレア氏)
研究チームが手掛けるのはドローンだけではない。別室で見せてもらったのは「キューブリ」と名付けられた立方体。内蔵する円盤を回転させたり、急停止させたりする反動で立方体が辺や頂点でバランスを取って自立する不思議な機械だ。「ドローン」も「キューブリ」も技術的に非常に高度で珍しい。だが一体、誰が何のために使うのか――。
研究施設公開、世界中からアイデア募る
ドローンを意のままに操るシステムで最先端の研究を手掛けるスイス連邦工科大学(ETH)チューリヒ校のラファエロ・ダンドレア教授。3次元空間のあらゆる場所を低コストで移動できるドローンは次世代の配送手段として米グーグルやアマゾン・ドット・コムなどが注目。防犯セキュリティーやビデオ撮影など新たな可能性も広がる。
ダンドレア氏のもとには研究成果に着目した世界の企業や起業家らから「1日平均1~2通の事業アイデアが届く」という。ただ「本当に興味深いと思うアイデアにはまだ出会えていない」。それでも同氏は「現時点で大きなビジネスチャンスを見いだせていないのは、私にとって問題ではない」と素っ気ない。
技術革新に対するダンドレア氏のスタンスはこうだ。自らは「技術の可能性を極限まで広げる基礎研究に特化する」。その研究成果を聞きつけた世界中の起業家と協力関係を構築して事業に発展させる。ドローンの研究施設「フライング・マシン・アリーナ」で手掛ける技術デモは基本的にウェブ動画などで公開。「世界の起業家に我々の技術を知ってもらうことで、様々な事業アイデアを提案してほしい」
背景にあるのはコーネル大学時代に米起業家と設立した物流支援ロボットのキバ・システムズの成功例だ。
ロボットのサッカー世界大会「ロボカップ」用にダンドレア氏らが開発したロボットに、物流コストがネックで勤めていたネット通販企業が行き詰まった経験を持つ米起業家が着目。世界の物流システムを変えるロボットベンチャーが誕生した。「ロボカップでは自律システムの開発に集中していた。物流システムに応用できるなんて考えもしなかった」(ダンドレア氏)
同氏の研究室を訪れたのは10月初め。ダンドレア氏は「1週間半後にはシリコンバレーの複数のベンチャーキャピタル(VC)とのアポイントメントが入っている」と話した。エンターテインメント市場向けにドローンの活用を目指すベンチャー企業も自ら設立。ほかにも空撮ロボの「パースペクティブロボティクス」とセキュリティーの「ラピュタロボティクス」のベンチャー2社が研究室から誕生した。
日本の大学でもロボットの先端研究が進むが事業化へのハードルは高い。ダンドレア氏は言う。「研究成果をビジネスに発展させる最善の手法はベンチャーの設立だ」。
ダンドレア氏「基礎研究通じ、可能性を極限まで高める」
――ドローン最大のビジネスチャンスは何でしょう。
「防犯セキュリティーや監視目的、配送など様々な企業が可能性を模索しているが、最も興味深いのはまだ誰も『キラー・アプリケーション』と呼べる大きなビジネスチャンスを生み出せていないことだ。誰もが可能性は大きいと信じており、将来は我々の生活に大きなインパクトを与える新市場が誕生するだろう」
――あなたにも何がキラー・アプリケーションになるか分からないのですか。
「分からないし、個人的にはそのことはあまり考えないようにしている。私の仕事は大学での基礎研究を通じて技術の可能性を極限まで高めること。世界を変えるアプリケーションはそこから生まれると信じている」
「研究成果をインターネットなどで公開し、世界中の人々からアイデアを寄せてもらう。100あるアイデアのうち、すばらしいアイデアは1つかもしれない」
――事業化に向けて具体的に進んでいる話はありますか。
「様々な人々と話をしているが、現時点で明らかにすることはない。研究室のメンバーで3社のベンチャーを立ち上げた。私個人が出資して設立した『ヴェリティー・スタジオ』という会社は、ドローンをエンターテインメント市場で使う。(世界的なサーカス団の)『シルク・ドゥ・ソレイユ』と組んだ作品を発表している」
――ドローンには米シリコンバレーのIT大手も注目しています。グーグルからコンタクトがあったのでは。
「それについてはコメントできない。ただ、近くシリコンバレーのベンチャーキャピタルを訪問する。詳しくは言えないが、我々の研究に興味を持っており、協力の可能性に興味があるようだ」
――なぜスイスで研究しているのですか。
「1つは私がイタリア出身で欧州に戻ってきたかったこと。ETHチューリヒ校は世界屈指の工科大学で私の研究を実現するための環境を整えてくれた。世界から集まる優秀な人材も多く、シリコンバレーのように人材争奪が激しくない。スイスは自然も豊かで住むのにも最高の環境だ」
――今後はどのように研究を進化させますか。
「(人間がどう機械と関わり合うかの)『ヒューマン・マシン・インタラクション』に注目している。ドローンと人間がどう関わり合うか。ドローンが運んできた物を人間がどう受け取るかなどだ。複数のドローンが協力して物を運ぶなど、機械同士が協調するシステムの開発にも力を入れている」
――ドローンを使った人の移動は可能でしょうか。
「研究で使っている(プロペラが4つある)クアッドコプターは万能性が非常に高いのが特徴だが、実は効率性はさほど優れていない。人を飛ばすにはもっと効率的な方法がある」
――ドローンが悪用される可能性についてはどう考えますか。
「すべての先進テクノロジーは良くも悪くも使われる。現在市販されているドローンに全地球測位システム(GPS)をセットすれば、爆弾だろうが化学兵器だろうが何でも運べてしまう。技術が間違った方向に使われることを防ぎながら、技術進化を止めないようにどう規制するかが問われている」
(田中暁人)
[日経産業新聞2014年11月11日付]