営業は嫌だった彼女 3社目ベンチャーで見つけた魅力
ベンチャー企業に転職しました(2)

企業の中途採用が拡大し、ベンチャー企業への転職を考える人が増えている。成長性、意思決定のスピード感、自由といったイメージが強いベンチャーだが、実際に転職して働くとなるとどうなのか、どんなタイプの人が向いているのか。新興企業で活躍する転職経験者に聞いた。第2回はクラウド名刺管理サービスのSansan(サンサン)の児玉悠子さん。
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――人材サービス会社の営業職としてキャリアをスタートしました。
「学生時代はキャリアについて深く意識しなかったのですが、男女関係なくバリバリ働ける会社を希望し、営業で女性が活躍している人材サービス会社を選びました。ただ、『営業職を極めたい』というよりは『幅広くゼネラリストとして活躍したい。その第一歩を営業で学ぼう』と漠然と考えていました」
「代理店担当として、さまざまな施策を自分で考え、試すことができるなど、自由度の高い仕事で充実した日々を過ごすことができました。ただ、入社4年目にリーマン・ショックに見舞われ、環境が激変します」
転職先も決めず退社
「求人広告の需要は景気の影響を直接受けるため、会社の売り上げは急減。当時の社員の約3割がリストラされたうえ、残ったメンバーの間で顧客の奪い合いになることも多く、社内は殺伐とした雰囲気でした。給料は大幅に減りましたが、人が少なくなったことで業務量は逆に増え、とにかく心身ともに疲れ切ってしまいました。このまま営業の仕事を続けることに不安を覚え、転職先も決めずに退社しました」
――2社目に選んだのは保険の代理店。営業職ではなく、社長室の配属でした。
「転職活動を始めて人材紹介会社に登録しましたが、職歴から打診されるのは人材サービス会社や営業の仕事ばかり。当時の私は『人材業界も営業の仕事も嫌』という心境だったため、『営業以外の仕事ができる会社』との観点で仕事を探し、知人から紹介された保険代理店に入社しました」
「入社してしばらくは新規商品の開発に携わる別会社に出向し、働きがいを感じていましたが、出向から戻ると保険代理店本来の仕事の担当となりました。他社の保険商品を右から左に売るような仕事で、創意工夫の余地がほとんどありませんでした。規制に縛られた業界で『誰がやっても同じ』とモチベーションを感じられずにいました。代理店の限界を痛感し、約3年で退社しました」
意気込みに圧倒される
――2013年、3社目に選んだのがサンサン。当時はまだ知名度が高くなかった同社を選んだ理由は。
「そもそものきっかけは、1社目で一緒に働いていた同僚がサンサンに転職して、誘われたことです。声をかけてもらった当時は転職を考えておらず断ったのですが、保険代理店を辞めて転職活動を始めたときに、ふと思い出し、連絡を取りました。現在約600人いる社員も当時は100人に満たないほどでしたが、設立から5年がたち、テレビCMを始めるなど、会社としてもう一段ステージを上げようという段階でした。当時の会社のミッションは『ビジネスの出会いを資産に変え、働き方を革新する』。紹介された社員が口々に『自分たちにしかできない仕事をして世界を変える』と語り、その意気込みに圧倒されたことを覚えています」
「サンサンに引かれた一番の理由は、新たな市場を切り開く経験ができるということです。1社目の求人広告も2社目の保険も市場としてはある程度完成していて、限られたパイを競合企業と奪い合う構図でした。一方、名刺管理ソフトは、まだ市場そのものがなく、一から切り開いていく必要がありました。なかった市場を作り上げていく、というチャレンジに携わる経験はそうそうできるものではありません。未知の分野で不安もありましたが、当時は29歳。失敗してもやり直しがきく年齢で、『これまでとは違った大きな経験ができるのでは』という期待感が上回りました」
――ほかに入社を検討した会社はありましたか。
「2社目を辞めたときも人材紹介会社に登録したので、いくつか人材サービス会社の仕事の打診がありました。なかでも、新興の人材サービス会社からは営業の管理職のオファーがあったうえ、細かい業務内容は『入ってから決めていい』とかなりの好条件を提示してもらいました。これまでの職歴の延長線上にある、未来が描きやすい仕事、かつ年収も比較的高く少し迷いましたが、最終的には新たな挑戦の道を選びました」

――入社後はどのような業務を担当してきましたか。
「まず営業部に配属されました。営業以外の仕事を希望して入社したのですが、どこの部署で働くにしても『自社製品を知るには営業から始めたほうがいい』という会社の考えがあったからです。当時のサンサンはあくまで名刺管理サービスを主軸とする会社で、社員のほとんどがエンジニア。男性が圧倒的に多い会社でした。営業職は社員の1割ほどで、私が女性の営業の第1号でした。当初、営業を数カ月経験してから他の部門へ異動したいと考えていましたが、営業の仕事に取り組むうち『なぜ自分は営業が嫌だったのか』と不思議に思うほどのめりこみ、そのまま約2年半営業を続けました」
「その後はビジネス開発部という部署で、大手通信会社との協業の仕組みを作るなど他社と提携して自社サービスを拡大する戦略に取り組みました。1年半後に営業部に戻り、今はセールスディベロップメント部に所属しています。別部署のマーケティング担当がメディアや展示会で獲得した見込み客にコンタクトを取り、脈がありそうな相手を絞ってリスト化し、営業部門との商談をセッティングする『インサイドセールス』業務です。副部長として約20人の部下を持つ立場でもあります」
効率重視の体制に驚き
――入社して「ベンチャーならでは」と感じたことはありますか。
「業務効率を重視した営業スタイルに驚きました。1つはウェブ会議システムを使った商談を当たり前のように活用していたことです。今でこそ珍しくない手法ですが、7年前は私も『営業は足を使ってナンボ』と思い込んでいました。2つ目は営業の分業制が確立していたこと。それまで新規顧客を獲得するにはアポを入れる電話(テレアポ)を繰り返し、訪問の約束を取り付けることが必須と思っていました。それが、今の会社では商談を設定するインサイドセールス部隊と実際に足を使って営業をする担当者が分かれています。効率重視の体制があるからこそ、少ない人数で回していけたのではないでしょうか」
「営業の手法で人材や保険業界と大きく違うと感じたのは、そもそもサービスを使う価値を顧客に気づいてもらうことから始める必要がある、ということです。例えば、社内の人材が不足すれば求人広告を出すことは当たり前。一方、名刺管理サービスは少し前まで、どのようなメリットがあるのか、企業価値向上に貢献するのか、全く知られていない状態でした。名刺管理の価値は理解されておらず、そのために予算をとっている会社は皆無でした。顧客に『気づき』のきっかけを提供することで私たちの商品を必要だと感じ発注してもらう、という積み重ねが今の私のやりがいです。当初、営業以外の仕事を希望して入社しましたが、『今まで世の中になかったものを自分たちは創っている』という満足感を得ることができ、今は営業の仕事が楽しくて仕方ないです」
――転職希望者の面接を担当することもあるそうですね。
「当社の場合、自分が何をしたいか、どうしたいか、を常に問われ続けるので、主体性がないと入社してからもきついと思います。最近は、知名度が上がり企業規模も大きくなってきたので安定性を求めて応募してくる人も増えましたが、組織、事業内容、業界をとりまく環境など、大手企業と比べて変化の大きい会社ですので、安定志向の人には向いていないのではないでしょうか」
「生真面目な人、完璧主義の人にもおすすめできないと思います。ベンチャーでは、今まで経験したことがない仕事に向き合うことが多く、常に自分の限界を越える仕事が降りかかってきます。そういうとき『やったことがないからできない』と失敗を恐れるのではなく『失敗してもいいからチャレンジしてみよう』という思考の人であればベンチャーの環境を楽しめると思います」
人事部からひとこと

当社は組織拡大に合わせて中途採用を増やしており、中途採用数は年々倍増しています。2016年に中途採用していたポジションは20足らずでしたが、現在は約60で3倍に増えました。19年末時点の社員数は約600人。3年前と比べて約2倍の大きさの組織に拡大し、特に営業担当者と開発エンジニアは恒常的に人が足りません。
採用で重視しているのは「出会いからイノベーションを生み出す」という会社のミッションへの共感や、「仕事に向き合い、仕事を楽しむ」「強みを活(い)かし、成果を出す」「感謝と感激を大切にする」など、プロとして働くための意識を当社独自に表現した5つのバリューを体現できる人であるかどうかです。過去の経験などを基に、判断しています。人事としては採用数を気にかけがちですが、数合わせではなく、「この人を採用したら事業は成長できるか」「組織を強くできるか」といった基準を重視しています。
採用手法で強化しているのは、社員の紹介・推薦による「リファラル採用」です。採用数自体は人材紹介会社経由が多いですが、リファラル採用は内定承諾率が高くコストを抑えられることがメリットです。在籍する社員からの情報で当社のことをある程度理解してから入社するため、人材のミスマッチが少ないという点も魅力です。
2007年設立、19年6月東証マザーズ上場。従業員数約600人、2019年5月期の連結売上高は約102億円。法人向けクラウド名刺管理サービスが主力商品で、売上高の9割強を占める。
(日経キャリアNET編集チーム 町田真寿)
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