iPhoneの10年 秘蔵写真で振り返るジョブズとクック
アップルのiPhoneが今年で10周年を迎えました。スティーブ・ジョブズ氏が初代iPhoneをお披露目した発表会に参加した数少ない日本人の1人であり、歴代のiPhoneで独自の世界観を持つ写真撮影を手がけてきた「iPhonegrapher」として活躍する写真家の三井公一氏に、初代iPhone登場からの10年を振り返ってもらいました。
伝説となったスティーブ・ジョブズの基調講演
初代iPhoneが発表されたときの様子を振り返ってみたい。
私は、当時アップルのCEOを務めていたスティーブ・ジョブズ氏の撮影をライフワークとしており、2007年1月に米サンフランシスコで開催された「Macworld Conference & Expo」に赴いた。このイベントでのジョブズ氏のプレゼンテーションは語り草になっているほど素晴らしく、アップルの歴史を変えた瞬間をナマで体感し撮影できたことに興奮したのを昨日のことのように記憶している。
実は、この年は多くのメディアがラスベガスで開催された家電展示会「CES」に行っており、日本からサンフランシスコのMacworldに取材に来たプレスはかなり少なかったのを覚えている。しかし、会場に足を踏み入れて飾られているバナーを見た瞬間に「何かあるな」と感じた。バナーには「The first 30 years were just the beginning.」と書かれていたからだ。
そして、のちに伝説となったキーノートスピーチが始まった。今となっては懐かしいマイクロソフトの携帯音楽プレーヤー「Zune」の話から始まり、「Apple TV」を披露したあと、ついにそのときはやってきた。ジョブズ氏がiPhoneを発表した瞬間、会場のMoscone Westは大きくどよめき立った。ファインダーをのぞきながら、思わず鳥肌が立ったほどである。
カメラについては、画素数が2メガピクセル(!)ということや、マルチタッチのピンチインとピンチアウト操作で拡大縮小表示が自在にできることをアピール。そして、最後に社名をApple ComputerからAppleへ変更することを発表し、伝説のキーノートは終了した。
私は、すぐさまステージに駆け寄って、スティーブ・ジョブズ氏がiPhoneを手にポーズを取るのを撮影した。そのとき、ステージ下でソフトバンクの孫正義氏を発見。これは何かあるな……と直感して待ち構えていると、スティーブ・ジョブズ氏が下りてきて孫氏と何やら話し始めたではないか。セキュリティーの人間に接近を阻まれながらも一眼レフのシャッターを切り、話し終わった孫氏に「iPhoneの日本投入は考えていますか?」と直撃してみた。ニコニコと終始笑顔だった彼の返事は、予想通り「ノーコメント!」だった。
実物をコッソリ触ることができた
その後、アップルブースに展示されているiPhoneを見ようと展示会場に足を運んでみると、透明なケースに格納されたiPhoneがデモ画面を表示しながらクルクルとゆっくり回っていた。これがブース内に2つ飾られているだけで、ケース越しにのぞき込むしかなかった。ブースの片隅で「発売が6月なのでまだ完成していないのだな」と思っていると、アップルのバイスプレジデントを務めていたGreg Joswiak氏、通称"Joz"氏が、なんと実物をコッソリ見せてくれるというではないか。
いそいそと指定されたMoscone Westの部屋を訪れ、数名のメディア関係者とともに、数時間前に発表されたばかりのiPhoneと対面することができた。手になじむ美しいフォルムや滑らかな画面スクロール、魔法のように切り替わる縦表示と横表示など、初めて手にしたiPhoneはとてもまぶしかった。
そして、一番気になっていたカメラ機能を確認した。2メガピクセルということもあり、「ふーん、写りはこんなものか」という感想を持ったが、カメラロールのスワイプによる写真送りとマルチタッチによる拡大縮小表示には感動した記憶がある。「iPhoneが3G対応になって日本で売られるのはいつごろだろうか」と、集まった関係者とワクワクしながら話し合ったものだ。
いよいよ日本市場にiPhoneがやってきた
2008年の夏、表参道は燃えていた。iPhone 3Gを独占的に扱うことになったソフトバンクの旗艦店に、実物をいち早く手に入れようと多くの人たちが徹夜で行列を作ったのだ。前日の2008年7月10日の夕方から私も列に加わったが、行列はあっという間にグングン伸びていった。混乱を防止するため、トイレに行くのにも「トイレチケット」をスタッフから受け取って30分以内に戻らなければならなかったことを覚えている。夜も更けたころ、ソフトバンクの孫氏が突然視察に訪れたのも懐かしい思い出だ。
夜が明けて清々しい空の下、店頭でカウントダウンセレモニーが実施され、iPhoneが日本に正式上陸を果たしたのだった。このとき、このiPhoneがこれほどまでに世の中を大きく変える存在になるとは誰も予想していなかっただろう。
人類はこんなにも写真を撮るようになった
しかし、iPhoneは確実に世界を変えていった。いつでもどこでもネット接続を思う存分楽しめるようになり、PCいらずで誰でも簡単かつ素早く情報にアクセスできるようになったのは素晴らしい。SNSの存在も大きい。
何より、写真の世界を大きく変えた。iPhoneは、世代を重ねるごとに画素数と画質が着実に向上しただけでなく、最新のiPhone 7 Plusは「ポートレートモード」により背景をぼかせるようになった。もはや、「ふだん撮影する写真ならばiPhoneで十分」と多くの人々が気付いてしまったのだ。
インターネットとの親和性の高さも、写真の常識を変えた。「Instagram」で撮った写真を加工し、すぐさまシェアして世界中の人とコミュニケーションを楽しむ光景が日常的になった。今まで、身内や友人同士で見せ合うしかなかった写真を、多くの人たちと瞬時に共有して「いいね!」をもらって楽しむという、新しい世界が現れたわけだ。顔にユニークな加工をする「Snow」などの写真アプリも、若年層を中心に人気を博した。
iPhoneは日常的に写真を撮る、というライフスタイルも生み出した。人類がこんなに写真を撮るようになったのは、iPhoneが存在したからと断言できる。そう、iPhoneは写真の裾野を広げているのである。
これではコンパクトデジタルカメラが売れなくなるのも仕方がない。では、iPhoneはカメラ業界の敵なのか?と思いがちだが、実はそうではない。私のように、iPhoneで撮影した写真を「iPhoneography」として発表する人も増えたが、iPhoneによって写真撮影の楽しみを知り、デジタル一眼レフやミラーレス一眼、さらにはフィルムカメラを買ってしまう人が増えている。今まで写真に縁がなかったビギナーが、iPhoneがきっかけで写真に目覚めたのだ。事実、カメラのマーケットは緩やかな回復基調にある。iPhoneとカメラは共存の道を歩んでいるといえるだろう。
この秋、どんなiPhoneが見られるか
2016年10月13日、京都の伏見稲荷である人物の撮影をすることになった。依頼主はアップルで、撮影対象はCEOのティム・クック氏である。Apple Payの日本導入に合わせて来日した彼を、iPhone 7 Plusで撮影するという仕事であった。
早朝、鳥居の前で待っていると、スラリとした長身の彼が現れた。「やあ、キミのことはよく知っているよ」とクック氏。挨拶を交わしてガッシリと握手をしたあと、小一時間ほど赤い鳥居の山を一緒に歩いた。ガイドとともに参拝をするクック氏を、ときおりポートレートモード(当時はまだベータ版だった)で背景をぼかしながら、iPhone 7 Plusのシャッターを切った。クック氏は、伏見稲荷で多くの観光客がiPhoneを使っているのを見て目を細めていた。
例年通りであれば、あとひと月足らずで新型iPhoneの発表である。いろいろなウワサがネット上を飛び交っているが、果たしてどんなモデルになるか楽しみだ。個人的には、現在のものでも十分だと感じているが、しいて挙げるとすればカメラまわりの操作性向上を望みたい。純正カメラアプリでも、RAW撮影をマニュアルセッティングで可能になれば表現力が高まるし、暗所性能もより高めてほしい。シャッターを切った直前にさかのぼってシャッターチャンスが記録できるパスト撮影もサポートすれば、ビギナーはうれしいだろう。容量も、さらに大容量の512GBモデルが欲しいと思っている。
妄想すればキリがないが、今から秋が待ち遠しい。写真の世界をさらに盛り上げてくれるに違いないからだ。
iPhoneで独自の世界観を持つ写真を撮影している。2010年6月新宿epSITEで個展「iの記憶」を開催。同年10月にはスペインLa Panera Art Centerで開催された「iPhoneografia」に全世界のiPhonegrapherの中から6人のうちの1人として選ばれる。
[日経トレンディネット 2017年7月14日付の記事を再構成]
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