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採用担当もつらいよ 「学生がマネキンに見えてきた」

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就活探偵団の取材の中で、ある男子学生がこう言った。「新卒採用担当の社員の仕事って、学生の能力を判断するだけなんですかね」。人事部は、企業の中で就活生と最も接点が多い存在だが、仕事内容やミッションが具体的に何なのかは見えにくい。敵を知り己を知れば百戦あやうからず――。彼らの本音を知っておけば、戦い方もおのずとわかってくるはずだ。

採否の決定権がないジレンマ

「うちは一定の基準を満たせば誰でもいいのではなく、常にトップの人材をねらう方針。上からのプレッシャーは強い」。就職ランキングで常に上位に挙がる大手企業の新卒採用担当のA氏はこう話す。同社の今年の採用実績は約100人。「人事のミッションは、目標通りの採用人数を確保すること。今年はなんとか集められた」と説明する。A氏は営業やマーケティングの仕事が長いが、人事に異動した。

数を達成できればどんな学生でもよいわけではない。会社の経営陣は、ハイレベルな学生の確保を要求する。だが、そうした学生の母集団を集めても、実際に面接をして採否を決めるのは人事ではなく、現場の社員や経営陣だ。こうしたジレンマを抱えながら、最終的に辻つまを合わせるのには、高度なスキルが必要になる。

最初のノルマは何人の学生を6月の面接の場につかせるかだ。目標達成のために、新卒採用をビジネスの視点に立ってとらえる能力も求められる。A氏は「本来人事を数字で考えたくないが」と前置きしながら、新卒採用にマーケティングや営業の感覚が役立っているという。

面接開始時の受験予定者数に、自社の統計に基づく合格率をかけ合わせた結果、予定採用数を上回っていなければ中間地点での人数目標は未達成ということになる。今春の採用の場合、実際の採用数の約3倍の母集団を集めた。「面接から逆算して、例えばイベントや説明会を設計する際には、どの大学で、どうPRすれば、どんな学生がどれくらい応募してくれるかを緻密に計算する。それでも足りなければ、新しい"市場"で学生の開拓をねらう」(A氏)。

しかし夏のインターンなどで目星をつけた有望な人材は、外資やベンチャーなど採用ルールにしばられない人気企業がすでに内定を出している。内定を持つ学生をもう一度面接に向かわせるのは至難の業だ。夕食で「接待」しながらの話し合いもある。学生に向けた説明会などでは自社の事業を華々しく語る人事だが、裏では優秀な人材を確保するために懸命に汗を流しているのだ。

ランキングに一喜一憂

「人事は何をやってるんだ」。ある大手企業では、就職人気ランキングの順位が、前年の3位から5位に下がり、社長のカミナリが落ちた。泡を食った採用担当者が、お金をかけて大規模な就職セミナーをあと5回ふやし、ランキングの発行元にも働きかけたところ、ランキングは2位まで復活したという。

「こんなバカな経営者の下では、人事はまともな採用活動はできない」と採用担当者はぼやく。

早期内定のトリセツ 就活探偵団が突撃取材

著者 :
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 1,188円 (税込み)

社内異動でしかたなく人事に

大手企業の場合、総合職で入社した社員が「不本意な人事異動」で人事部に配属され、新卒採用を担当している場合もある。

「二度とやりたくない。とにかく疲弊した」。こう漏らすのは、大手コンサルティング会社で3年間新卒採用を担当していたB氏だ。採用期間だけで1000人の学生と会った。「学生がだんだん人ではなく、マネキンのように見えてくる」とさえ感じたそうだ。

B氏が新卒担当として臨んだ最初の会社説明会。集まった30人の学生は誰一人として会社のホームページさえチェックしていなかった。「事前調査の不足に怒りを感じた」という。同社は広告なども積極的に打っている人気企業。いかに売り手市場とはいえ、やる気のある学生を集めることでさえこんなに難しいのかと徒労感を感じた。

新卒採用を担当する前は営業だった。日々数字の目標を追いかけていたB氏は「学生と会っても、実際に採用に至るのはごくわずか。仕事の意味を感じなくなっていった」と振り返る。

実は1年を通じて忙しい

「新卒採用の仕事は通年で忙しい」。こう話すのは人材会社のインテリジェンスで新卒採用を担当する佐藤裕氏。学生にとって就職活動はいわば季節行事だ。しかし人事は、例えば会社説明会前には説明会に足を運んでもらうために大学で講演をし、採用面接後には内定者が辞めないための研修会をするなど、きめ細かいサポートが求められる。佐藤氏は「大学での講演会の準備や採用面接の準備などで業務は激務。睡眠時間は3~4時間のこともざらにある」と現状を吐露する。

スケジュール感の一例を示そう。2017年卒(17年4月入社)を対象とした場合、準備は2年前から始まる。15年の夏休みにインターンを受ける学生のために、人事は15年4月の年度初めから仕込みを開始する。5~6月からインターンの面接を行い、夏休みにインターンを実施。そこで目星をつけた学生を翌年3月のエントリーシートの提出までつなぎとめる。この間には説明会やイベント、冬にインターンを行う企業もあり有望な学生の発掘に努める。その後6月からの面接で採用し、10月に内定を出す。4月の入社までは内定者に向けたフォローも待っている。

そうこうするうちに18年卒の学生を対象とした夏休みのインターンの仕込みが始まる。まるで無限ループのようだ。

経団連に加盟する企業は、倫理憲章で3月までは採用活動が禁止され、会社説明会すらできないことになっているが、多くの企業がインターンは「職業体験の提供」、イベントは「キャリア開発のお手伝い」などといったCSR(企業の社会的責任)の建前で学生と接触しているのが現状だ。

新卒採用担当が仕事のモチベーションを保てなくなる原因の一つに、「仕事が正当に評価されていない」といった不満があるようだ。エン・ジャパンで社員の評価制度の設計を担当する人財戦略室室長代理の平原恒作氏は、「一般的に営業などと比べて、人事社員の評価はしにくい」と語る。

人事の仕事は、営業成績などに代表される「成果給」をつけにくい。平原氏は「数字に置き換えられないこともないが、好景気だと採用が難しいなどの外部環境の影響も大きい。また実際の面接は、人事でなく事業部門の社員がすることが多いので納得感が出づらい」。そのため「選考を受ける学生への対応や案内を円滑にできる」など、一律に能力を評価する「職務給」が主な指標となるという。人によっては張り合いがないわけだ。

「人事は思考停止」

「人事が採用予定数の何倍もの学生を囲い込もうとするから、日本の就活がいびつになっている」。ある大手商社の社長を経験したC氏は、企業の人事や採用担当に耳の痛い意見を寄せてくれた。

各社が横並びの一括採用に走るのは、「人事部が思考停止状態になって、人材会社にあおられているからだ」と手厳しい。同社では人事担当役員は数年で交代してしまうから、わざわざ学生のことを考えた採用に変えるより、大過なく過ごせればいいと思っている。一方、その下にいる人たちは「人事の専門職のような人たちで、なかなか自分の仕事が評価されにくいから、斜に構えてしまう」というわけだ。

ライフネット生命保険で人事総務部長を務める佐藤邦彦氏は、「誰を採用するかも大事だが、採用した学生をどう育てるかのほうが大事」と説く。新卒採用だけを担当すると、学歴など外形的な指標で「今この時点」で優秀な人を探す観点に偏りがちなる。しかし佐藤氏は「背伸びせずに企業の規模感もふまえて、ともに成長できる人材を見極めている」と話す。

ネット広告などを手掛けるインタースペースの人事総務部人事グループリーダー藤尾健司氏も「採用はまず会社を知ってもらうところからのスタート。学生を『選ぶ』よりも『発掘して育てる』感覚に近い」と説く。

人事部は「企業の内務官僚」といわれることもある。強大な権限と出世ルートを持つと見られがちだが、一方で、なかなか正当に評価をされずにくすぶっている人もいる。取材の中では、採否の決定権がなくとも学生との出会いを大切にしている人もいた。今年の就活もそろそろ本番だが、かれらの本音に想像力を働かせることができれば、無用に緊張することもなくなるだろう。

(夏目祐介、飯島圭太郎)

早期内定のトリセツ 就活探偵団が突撃取材

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