トルコ動揺 周辺に波及も 移民問題も不透明に
【ロンドン=古川英治】軍部の一部によるクーデター未遂が起きたトルコが不安定になればシリア内戦などで混迷する地域情勢を直撃しかねない。シリアに隣接するトルコは過激派組織「イスラム国」(IS)との戦いや難民問題の最前線に位置する要衝。欧米は強権支配に走るエルドアン政権への懸念を強めながら、同政権に頼らざるを得ないジレンマに陥っている。
「米国は民主的に選ばれたトルコ政府を完全に支持する」。モスクワを訪問中のケリー米国務長官はトルコ軍によるクーデター未遂のさなかにいち早く声明を発表し、エルドアン政権支持を明確に打ち出した。
北大西洋条約機構(NATO)加盟国であるトルコはシリアとイラクにまたがるISとの戦いで米軍などに基地を提供する。ロシアやイランが後ろ盾となるシリアのアサド政権と、欧米の支援を受ける反体制派の内戦にISが絡む複雑な情勢にトルコの混乱が加われば、欧米は戦略の見直しを迫られる。
ロシアの外務省も16日、「トルコや周辺国はすでにテロの脅威や武力紛争にさらされており、トルコの政治状況の悪化は世界と地域の安定に新たなリスクをもたらす」とする声明を発表し、欧米と懸念を共有した。今回のトルコ軍の反乱は米ロが15日の外相会議でアサド政権と反体制派の和平を実現する方策について合意を発表したタイミングで起きた。
シリアなどから欧州に向かう難民問題への対策にも影響が出かねない。難民の経由国となるトルコは人の流れを抑える役目を果たしている。欧州連合(EU)はトルコへの資金支援を見返りに大勢の難民を受け入れてもらうことで協力を取り付けた。
欧米は、国内で強権度を増し、独善性を強めるエルドアン政権に対する懸念も抱く。政権に批判的なメディアや学者、野党勢力への弾圧が目立つからだ。トルコ軍のクーデター勢力は国営テレビを通じて「民主主義が現在の政権によってむしばまれた」とする声明を発表し、クーデターの試みを正当化した。
国内支配と並行してエルドアン政権は欧米に強硬な主張も展開するようになっている。シリアのアサド政権の退陣要求では欧米に同調しながら、IS掃討には当初、消極的な姿勢に終始した。むしろIS掃討作戦で米国が後押しするクルド人勢力への攻撃に注力しているとされる。
人権団体による批判の対象ともなったクルド人に対する容赦ない軍事行動が、イスタンブールなどで頻発するテロを誘発しているとの見方もある。軍内部でも一部で政権のテロ対策に不満が高まっていたもようだ。テロと相まってトルコ国内の亀裂が表面化した今回のクーデター未遂は欧米にとって最悪のシナリオだ。
エルドアン政権は、昨年11月に起きたトルコによるロシア軍機の撃墜事件を機に悪化したロシアのプーチン政権とは関係修復に動いている。欧米への交渉力を高める狙いを指摘する声もある。対欧州では難民対策への協力をテコに人権侵害などへの批判を封じ込めるなど、したたかに立ち回っている。危うさを増すトルコに欧米がどう向き合うかが試される。