初値2.3倍に、トヨタも出資 AI開発パークシャ社長の軌跡
東京大学発の人工知能(AI)開発ベンチャー、PKSHA Technology(パークシャテクノロジー)が22日、東京証券取引所マザーズ市場に株式を上場した。成長分野とされるAI分野のベンチャーだけに投資家の買いが集中し、上場初値は5480円と公開価格(2400円)の2.3倍を付けた。上野山勝也社長(35)は東大を卒業後、外資系コンサルティング会社で働いた後、東大大学院に入り直し、最先端の機械学習技術を学んで起業した。上場を機に「AIの社会実装を加速させていきたい」と意気込む。
ITの顧客に強く設立時から黒字
一般にAIを開発するベンチャーは、各業界で異なる企業のニーズに合わせてAIアルゴリズム(計算手法)を作り込むことが多い。これに対して、パークシャは自社がこれまでに開発してきた7つのアルゴリズム(テキスト理解、対話、画像認識、情報推薦、予測、異常検知、強化学習)を企業の要望に応じ組み合わせて提供する。開発済みのアルゴリズムを組み合わせ1つのシステムに仕立て、クラウド経由で提供することで、提供スピードを速める。このため顧客企業はすぐにビジネスで使える利点がある。
機械学習技術を用いたアルゴリズムを提供する点はプリファードネットワークス(東京・千代田)などと共通するが、焦点を当てる顧客が異なる。プリファードは自動車や工作機械などの市場規模が大きい産業に焦点を当てている。一方、パークシャが組むのはNTTドコモ、LINE、リクルートホールディングスといったIT(情報技術)分野の顧客が多い。具体的な用途は電子商取引(EC)サイトでの利用者の好みに合わせた商品推薦、チャットアプリの自動対話などだ。
こうした分野はビジネスの立ち上がりが早く、パークシャは収益化に成功している。2012年の会社設立以来、継続的に黒字を確保し業績は右肩上がり。上野山社長は「キャッシュフロー経営を徹底している」と話す。AIを含めた研究開発型ベンチャーでは一般に起業後、数年間は赤字が続く「デスバレー(死の谷)」の間は運営資金は外部の投資家に依存するケースが多い。
コンサル・東大院を経て起業、組織づくり腐心
パークシャもドコモや伊藤忠商事など一部の事業会社などから出資を受けているが、事業上での協業関係を深める意味合いが強い。今回の上場で45億円を調達し、トヨタ自動車からも出資を受ける。調達資金は画像処理半導体やサーバーなどコンピューターの投資に充てるほか、技術者の採用を加速していく考えだ。
上野山社長は東大の修士課程で統計や言語処理を学んだ後、ボストンコンサルティンググループ(BCG)に入社。様々な大企業を相手にデジタル分野の事業開発に携わるなど4年間働いた。東大の博士課程に戻り、機械学習やディープラーニング(深層学習)の技術を身につけた。12年10月に東大研究室の後輩の山田尚史取締役とともにパークシャの前身となる企業を設立した。
「技術開発、事業開発、組織づくりの3つが技術系ベンチャーの成長にとって重要」と上野山社長は語る。特に苦労したのは3点目の組織づくり。技術者にも経営への参画意識を持ってもらうため、一部の事業を子会社として独立させたり、自社株を割安に取得できるストックオプション制度の導入を進めたりした。
一方で、これまでメディアへの露出は控え、ホームページも更新していなかった。直近の従業員数は約30人に増えていたが「10人ぐらいの小さな会社と思われていた」。上場が決まった後、「企業からの引き合いは急増している」という。17年9月期の連結売上高は前期比93%増の8億9000万円、純利益は約2倍の2億3000万円を見込む。上野山社長は「20年ごろまでは同じようなペースで拡大できる」と話す。
時価総額は700億円超
投資家の期待は高く、22日終値ベースの時価総額は746億円に達した。今回の上場では、国内だけでなく、海外機関投資家向けの売り出しも実施し、海外勢から多くの買いを集めたようだ。
トヨタなどが出資する未来創生ファンドは3月、パークシャ株を取得した。同ファンドを運用するスパークス・アセット・マネジメントの出路貴規執行役員は「ハードルの高かったAIを民主化してくれる。国内で先頭を走っている企業」との見方を示す。上野山社長について「技術とビジネスの両方が分かる非常にバランスの取れた経営者」と評価する。ファンドが投資した企業のなかで上場第1号となるが、株式は長期保有する方針だ。
もっとも世界を見渡すと米グーグルや米アマゾン・ドット・コムなどはインターネットや対話型スピーカーなどを通じてAIに学習させる膨大なデータを集めている。これらの企業と比べるとパークシャは規模の上では見劣りする。上場を機に研究開発力や資金力を一段と高め、「1万社に入るような、本当に世に浸透するアルゴリズムをつくる」(上野山社長)というビジョンを実現できるか。上場はその一つの通過点にすぎない。
(矢野摂士、鈴木健二朗)