部下を叱る極意 「怒る」のではなく…
「パワーハラスメント」の概念が広まり、部下を叱りにくい世の中のようだ。叱ったせいで部下が会社を辞めてしまったり、鬱になってしまったりすると、上司の責任を問われかねない。そうでなくても部下に嫌われるのはイヤという人も多いだろう。適切な叱り方があるのか、専門家に聞いた。
そもそも部下を叱る目的は何か。
「組織のビジョンを示し、部下の行動を望ましい方向に変えるために、建設的で具体的な改善提案をすること」。企業研修を手がけるらーのろじー(東京都文京区)代表で、「コーチングの第一人者が教える 人を育てる『叱り』の技術」など、多数の著書がある本間正人さんはこう話す。
部下の行動や仕事ぶりに改善すべき点があれば、叱らずに正すことはできない。「褒める」だけの指導では無理なのだという。
「適切に叱れば、部下に感謝されこそすれ、恨まれることはない」と本間さんは断言する。それが部下の成長につながるからだ。見て見ぬふりをする上司は一見、好かれても、部署全体の成果は上がらない。最終的には部下からも尊敬されなくなる。
では、適切な叱り方とはどういうものか。大切なのは感情的にならないこと。「『怒る』と『叱る』の区別がついていない人が多い。『怒る』は感情的な反応で、『叱る』は理性的な対応。感情的になるのは逆効果」
カーッとなったら、まず、フーッと息を吐いて、落ち着くこと。さらに、日ごろから部下の言動をよく観察し、良いところをリストアップしておくことを勧める。感情的になりそうになったら、それを思い浮かべるといい。
「良いところリスト」は叱る効果をより高める材料にもなる。「『叱る』だけでは、モチベーションが下がるリスクがあるので、『褒める』との合わせ技が効果的」。具体的には、3つ褒めて、1つ叱って、1つ励ます「サンドイッチ法」を勧める。これなら部下は聞く耳を持ちやすい。
船井総合研究所のコンサルタントで、「部下を叱る技術」の著書がある片山和也さんは、自身、よく部下を叱るという。「社会人の思考と学生の思考は違う。学生気分でいる部下は叱らないと分からない」と話す。
例えば、「ほうれんそう(報告・連絡・相談)」をしない人。「ほうれんそう」は相手を不安にさせない気配りであり、社会人として基本。これができない「学生脳」の人は叱って言い聞かせるしかない。その際に、「嫌われたら困る」「辞められたら困る」と相手の顔色をうかがいながら叱るのは逆効果だ。本気で叱っていることを伝えなければいけない。
昨今の職場では、社員の年齢構成や役職が多様化し、単純に年上の男性上司が年下の男性部下を叱るという関係だけではなくなってきた。複雑な立場・関係での叱り方を片山さんに教わった。
年上の部下を叱る時は、相手の立場を尊重することが何より大事という。「実力主義とはいっても日本には『長幼の序』というものがある。年上の人間を立てたうえで、誰もが納得するような正論で叱るといい」
派遣社員やアルバイトを叱る時も一定の配慮が必要だ。「正社員とは雇用形態やキャリアパス(職務の段階的な道筋)が異なる。正社員と差別してはいけないが、契約内容は順守しよう」
例えば就業時間。雇用契約で定められた以上の働きを要求してはならない。「とはいえ、あからさまに『私は派遣なのでここまでしかやりません』といった空気を出している人には、私ははっきりと注意する」と片山さん。チームの一員として振る舞ってもらわないと職場全体の士気が下がるからだ。
叱るのはリーダーの避けられない仕事。上手に叱って感謝される上司を目指そう。
(ライター 上田 真緒)
[日経プラスワン2011年9月3日付]