狙うはインスタグラムの次 跳ぶか国産写真アプリ
産業革新機構などから総額8億円を2012年夏に調達したソフト開発のリプレックス(東京・渋谷、直野典彦社長)。豊富な資金を元手に開発した、世界を狙う新サービスがいよいよ本格稼働した。
その名は「Scene(シーン)」。スマートフォン(スマホ)時代を見据えた写真交換サービスで、写真専用のSNS(交流サイト)で先行する米インスタグラムや米ピンタレストなどにはない"味付け"で勝負をかける。知り合い同士や趣向が似た者同士が大量の写真をしかも超高速に交換しあえる工夫がある。そのうえパソコンに撮りためた過去の写真も簡単に取り出せる。
インスタグラムなどがオープンなSNS時代を象徴する写真サービスならば、Sceneは対話アプリのLINEやワッツアップなどクローズドな交流を重視する今どきの消費者の嗜好に合わせた次世代の写真サービスと言えよう。今後1年で英語圏も含め利用者500万人以上の獲得と、リプレックスは野心的な目標を掲げる。同様の発想のサービスはほかにほとんどないだけに、日本のベンチャーが先行し市場で覇権を握れるか期待がかかっている。
1000枚の写真でも数分で交換OK
「1000枚の写真を友達に送るのにかかる時間はわずか数分」。Scene事業を統括する渡辺康治取締役はこう胸を張る。家族や親友など身近な者同士が専用のスマホアプリを手に入れておき、一方で共有したい写真を選びひとまとめにしたアルバムを作成。メールや対話アプリなどで相手に知らせる。
すると、通知を受け取ったもう一方でアルバムをダウンロードできる仕組みだ。「旅行に出かけた仲間」「同窓会に参加した全員」など通知は何人にでも送れる。同じアルバムをクラウド上にも保管しておくため、アプリを持たない人でもスマホやパソコンからブラウザー(閲覧ソフト)でアクセスできる。
交流を深めやすくするための工夫が2つある。一つはアルバムを共有したメンバー同士なら誰でも写真を追加できること。みんなで力を合わせて旅の記録を作り上げて楽しむなどできる。もう一つはコメントの投稿だ。SNSに近い機能で、1枚の写真をネタに文字で会話して盛り上がれる。ただSNSと違ってアルバムが不特定多数の人々に公開されるわけではなく写真データは原則アプリ内に置かれるので、仲間内だけで安心して交流できる。
うたい文句である高速性は、独自開発の画質を落とさずにデータを数十分の1に圧縮する技術に秘密がある。最新スマホはカメラの性能が向上し、写真1枚あたりのデータ量は数メガ(メガは100万)バイトと巨大。高速データ通信「LTE」でも荷が重く、数千枚交換するのは現実的ではない。
リプレックス方式の場合、圧縮によって写真データは1枚当たり100キロバイト程度と小さくなる。しかも「パソコンやタブレットで拡大表示しても、圧縮前の写真との違いをほとんどの人は気付かないはず」(渡辺取締役)という。圧縮率と画質のぎりぎりのバランスを試行錯誤して導き出した。
結果、たとえ数万枚に及ぶ写真でも、スマホの限られた記憶容量を消費せず済む。一般的なスマホの記憶容量は16ギガや32ギガ。1万枚分の写真データの大きさは約2ギガ(ギガは10億)バイトにすぎないので、常に格納して持ち運ぶのもたやすい。
パソコンの中にある写真も全部まとめてスマホへ
Sceneは昨年9月に試験的にスタートしていたが、今回大幅な機能強化を行うことで本格的なスタートを切った。中でも目玉に位置づけるのがパソコンとの連携だ。「Scene Connect」と呼ぶパソコン用ソフトを今回併せて開発。写真の保管場所を指定するだけで、圧縮処理からスマホへの転送までを全自動してくれるものだ。保管場所に新しい写真を追加すれば、その都度検知して処理してくれる。
「写真を撮るのもためるのも、今やスマホが中心。ならば多くの人は、過去のものも含めて自分が持つすべての写真をスマホで手軽に見たいはず。そしてそれをごく親しい友達に見せたいと願っている」。渡辺取締役は開発の経緯をこう明かす。
パソコンにある写真をスマホで見られるようにするサービスがこれまでなかったわけではない。写真共有サイトの「ピカサ」「フリッカー」、オンラインストレージ「ドロップボックス」などを使えば可能だった。ただ巨大な写真データをアップロードする段階でまず時間がかかり、さらにクラウドにある写真をスマホから呼び出して一枚一枚表示する際にも長い時間待つ必要があった。
リプレックスによると約200枚、約1ギガバイト分を写真をドロップボックスにアップロードし、その後スマホでダウンロードし終えると約1時間半かかる。それがSceneなら約2分半で済む。
大量の写真をクラウドに保管する必要があることから、Scene Connectで3001枚以上扱うケースでは有料制を敷いている。月額324円支払うと、無制限に写真をアップロードできるようになる。今後様々な付加機能を加えることで、有料会員の満足度を向上させたい考えだ。
使い勝手を試すべく、実際にSceneおよびScene Connectを入手してみた。パソコンにある1000枚の写真を圧縮しアップロードし終えるのにかかった時間は約13分。驚いたのは、家庭の無線LAN(構内情報通信網)環境で2分後にはすべてスマホにダウロードし終わったことだ。
これだけ高速なら数万枚でも全部スマホに転送でき、久しぶりに会った旧友と懐かしい写真を眺めて思い出話に花が咲くのではないかと期待が膨らんだ。米アップルの「マック」の場合、大半のマック利用者が使う標準の写真管理ソフト「iPhoto」と連動して写真を取り込んでくれるのもありがたい。
感心したのが写真の探しやすさと表示スピードである。写真は時系列でタイル状に並べられ、日付の変わり目が目立つのでたどりやすい。画面の右側に指を置くとスライダーが出てくるが、上下に動かすと高速にスクロールするので一気に時間をさかのぼれる。「モロッコに行ったのは確か2006年の5月か6月ごろ。当時の写真を久々にみたい」――。そんなとっさの思いつきでも、瞬時に目的の写真にたどり着けた。アルバムごとのデザインもしゃれていて、写真とコメントをひと目で見渡せる。
目を付けた音楽アーティストがファンとの交流に活用
これまでにないクローズドな写真交換サービスの可能性に目を付ける音楽アーティストも出てきた。海外でも活動するロックユニット「BOOM BOOM SATELLITES」(ブンブンサテライツ)で、アーティストとファンが写真を共有し合う取り組みをこのほど始めた。
「ブログともツイッターとも違う、ファンのみんなとの新しいコミュニケーションの場をオンライン上につくりたかった」(ブンブンサテライツ)。12日から開始したばかりのライブツアーでは公演中にファンが写真を撮影することを許可。専用のアルバムをScene上に用意し、写真投稿するように呼びかけている。アーティストの側もリハーサルなどオフショットを投稿してコメントも積極的に書き込んでいる。
13日の大阪のライブでは、約300人のファンが参加し思い思いの写真合計で約500枚を投稿した。アーティストとファン、ファンとファンの間をコメントが飛び交うなど交流は想定以上だったという。「僕たちとファンのみんなとツアーのクロニクル(年代記)を作り上げていく。完成が楽しみだ」(ブンブンサテライツ)と満足そうだ。
リプレックスの設立は2006年と、決して新しいわけではない。2009年に日本郵政グループの郵便事業会社と組み、年賀状の郵送をネットで依頼できるサービス「ウェブポ」を開始。それを皮切りに、フェイスブック利用者同士が互いの住所を伏せたままで贈答品をやりとりできるサービスなど、独創的なネット事業にこだわってきた。いずれも国内では一定の需要をつかんでいたが、世界で戦うため国境を越えて需要が大きい写真交換を事業の中核に据えることを決めた。
サービスの企画・設計にあたっては、世界的なデザイン会社の米IDEO(アイデオ)にコンサルティングを仰いでいる。同社は米アップルのマウスや無印良品の壁掛けCDプレーヤーを手掛けたことで知られ、米日用品大手のプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)や飲料大手の米ペプシコ、高級ブランドの伊プラダなどがデザイン関連でコンサルティングを依頼している。韓国サムスン電子の急成長も、陰で支えたのはコンサルティングを請け負ったIDEOだとの声もある。
リプレックスのようなベンチャーがIDEOの協力を仰ぐのは珍しい。おかげでインスタグラムなど世界の強豪サービスと対等に戦える骨太な設計にできたそうだ。米国で人気を得たサービスを後追いするのではなく、これまでにないアイデアで世界を目指すリプレックス。正念場はこれからだが、成功すれば「日本発グローバル行き」を目指すIT(情報技術)ベンチャーの先導役になるだろう。
(電子報道部 高田学也)