新生「ワシントン・ポスト」はどう跳ぶ ベゾス采配を読み解く
米アマゾン・ドット・コムの創業者で、最高経営責任者(CEO)を務めるジェフ・ベゾス氏による米名門紙ワシントン・ポストの買収が今月1日に完了した。米新聞業界全体が「広告収入の減少」「無料サイトへの読者流出」という逆境にさらされる状況下で、ベゾス氏は名門紙の再建に挑む。1代で世界のネット小売り最大手を育てた彼はどのように同紙を変えるのか、専門家に大胆に予測してもらった。
アマゾン流で読者の嗜好を分析するはず
「顧客は広告主でなく、読者という姿勢を鮮明にするだろう」と語るのは、元ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)電子版発行人のゴードン・クロビッツ氏だ。「かつて広告収入が全収入の8割を占めたこともある米新聞業界では、顧客が読者という意識が低い」という。だが、広告収入が減少するなか、購読料が最も重要な収入源として台頭している。クロビッツ氏は、「その購読料を払ってくれる読者こそがベゾス氏にとっての最重要顧客。ポスト紙は読者の要望に耳を傾けるようになる」と予測する。
実際、ベゾス氏は同紙とのインタビューのなかで、「アマゾンは"顧客第一主義"を掲げて成功した。このモットーの顧客という部分を"読者"に替えたら、そのままポスト紙でも成功できるのではないか」と述べている。では、どうやって読者からの要望をくみ上げていくのだろうか。
アマゾンといえば、顧客の購買履歴などのビックデータをいち早く活用して、売り上げを伸ばしてきた企業だ。クロビッツ氏は、このアマゾン流のノウハウを生かし、読者についても細かく情報収集するとみる。「ベゾス氏がポスト紙において、データを元に読者がどんな記事を読みたがっているのかを分析し、編集に生かす仕組み作りに成功したら、業界全体が大きく変わる」と期待する。
ポスト紙は、WSJやニューヨーク・タイムズなど他の有力紙に比べて、電子版の有料化で大きく出遅れた。大切な収入源である購読料を囲い込むために「ベゾス氏が今後、有料会員の増加に尽力する」と、クロビッツ氏は予測する。しかしこの有料化強化に対しては、専門家で意見が分かれるようだ。
「記事を無料配信する可能性もある」とみるのは、アマゾンのビックデータ活用などに詳しい英エコノミスト誌のデータ・エディター、ケネス・クキエ氏だ。ベゾス氏は、現時点ではアマゾンとポスト紙の2つの事業を組み合わせることについては言及していない。
だがクキエ氏は、ベゾス氏がアマゾンの電子書籍端末「キンドル」を通じてポスト紙の購読者増を目指すのは当然の流れと考える。「ポスト紙を無料配信してキンドルの販売増を狙うか、ポスト紙の有料購読者増を狙ってキンドルを無料配布するか」のいずれかの戦略を通じて、2つの事業の相乗効果を図ると読む。
また、クキエ氏は「電子版の紙面が読者一人一人で異なるようになる」とも語る。アマゾンの画面は、過去の購買履歴や検索データに基づいて、利用者一人一人に異なった商品が表示されており、ポスト紙でも同じ手法を導入。過去の閲覧履歴などを通じて、それぞれの読者が関心を持ちそうな記事が自動表示されるというわけだ。
「こんな記事、いかが?」とメールが届くかも
オンラインジャーナリズムに詳しいエイミー・シュミッツ=ワイス准教授(サンディエゴ州立大学)は、アマゾン流が画面の差別化にとどまらず推奨メールにまで広がるとみる。
アマゾンの利用者には、過去の購買履歴などを参照して「こんな商品はいりませんか?」と推奨製品を掲載した電子メールが頻繁に届けられる。的をついた推奨メールについ反応して商品を購入してしまった経験を持つ人は多いと思う。今後はポスト紙から「こんな記事に関心ありませんか?」というメールが届くようになる。
適切な記事を定期的に推奨する仕組み作りに成功すれば、ポスト紙はサイトの訪問者数を高水準に維持できるようになる。訪問者が多ければ、究極的にはネット広告収入の拡大につながる。
ベゾス氏の指揮の下、電子版で実験的な取り組みが進む一方で、「紙の新聞は、毎日発行されなくなるかもしれない」(シュミッツ=ワイス准教授)。電子版が24時間体制で更新され、読者一人一人の好みに合わせて提供されるようになると「発行は一日一回」「内容は万人共通」という紙媒体の役割は廃れていく。ポスト紙の紙版は「日刊が週刊に、週刊が月刊に、月刊が季刊に、という形で徐々に発行が減っていく」ことは避けられない。
(ニューヨーク=清水石珠実)