ドワンゴ川上会長、ジブリの次は「エヴァ」の謎
庵野秀明氏代表のカラー取締役に就任
宮崎駿監督が手がけたスタジオジブリの最新作「風立ちぬ」。そのエンドロールに「プロデューサー見習い 川上量生」のクレジットがある。
ドワンゴを創業し、若者に絶大な人気の動画サイト「ニコニコ動画(ニコ動)」を築いた川上氏は2011年、ドワンゴ会長のままスタジオジブリに入社。「修行」と称し、鈴木敏夫プロデューサーに師事している。ジブリではネットを活用したジブリアニメの普及策に取り組み、今年5月に開設したKDDI(au)のスマートフォン向け公式サイト「ジブリの森」などを手がけた。

次世代ジブリ構築への動きか
プロデューサー業にも取り組んでおり、今秋、川上氏の初プロデュース作品が劇場公開される。風立ちぬや、今年11月公開予定のジブリ作品「かぐや姫の物語」などの製作過程を追ったドキュメント映画だ。宮崎監督の息子、宮崎吾朗監督の次回作アニメも、川上氏がプロデューサーとして携わっているという。その"ジブリ漬け"の川上氏が、今度はカラーの一員となった。
カラーは、アニメ「ヱヴァンゲリヲン(エヴァ)」の監督として知られる庵野秀明氏が創業した会社で、劇場版の製作などを手がける。かつて「風の谷のナウシカ」で原画の一部を担当し、宮崎監督を師として仰ぐ庵野氏。風立ちぬでは主人公の声優を務めた。一部ファンのあいだでは、宮崎監督の後継者候補とも目されている。
一方で川上氏が鈴木プロデューサーの後継者候補として噂されるようにもなってきた。今回の川上氏のカラー取締役就任は、次世代ジブリに向けた動きを本格化させたということか。はたまた、ドワンゴ会長として日本のアニメ界の双璧を手中に収めようとしているのか――。さまざまな臆測を呼ぶ謎めいた動きだが、どこからも公式発表はなく、川上氏もいっさい公言していない。
いったいなぜ。真意は。今夏、東京・銀座の「歌舞伎座タワー」に移転したドワンゴ本社近くで川上氏をつかまえ、まずはカラー取締役就任の経緯から聞いた。

「鈴木さんに(カラーの取締役にならないかと)言われたんですよ。もともとは庵野さんが鈴木さんに、そういうことが可能かどうかを相談したと聞いていますが、本当のところはよく分からない。そのあと、庵野さんからも正式に同じ話をされました」
「庵野さんって経営も何もかも、ぜんぶ自分でやりたがる人なんで、すごい大変なんです。だから、経営の部分を誰か信頼できる人に助けてもらいたいと庵野さん自身も思っていて。で、この1年くらい、僕も庵野さんと付き合わせていただき、まぁ、信用してもらえている。僕はIT(情報技術)やインターネットの領域は得意なので、そこで力になれたら、という感じですよね」
コンテンツ単位で対価を払うモデルを
川上氏が師と仰ぐ鈴木プロデューサーが媒介となり、この1年で川上氏と庵野氏の距離は近づいた。今年5月に行われた川上氏の結婚披露宴では庵野氏が司会を務めている。こうした人間関係から、川上氏のカラー取締役就任が実現した。ではカラーで何をするのか。川上氏は続ける。
「新しいビジネスモデルを考えてくれたらいいなぁ、くらいには(庵野さんに)思ってもらえているんじゃないかと思います。今のテレビを軸としたアニメの製作モデルは崩壊しかかっていて、個人的には今とは違う形でネット時代のアニメのあり方というものを考えたい」
「ネットを通じてアニメを視聴する際の料金体系は(ほかの動画も含めた)定額制のパック商品が主流ですが、僕はコンテンツそのものに対してお金を払う方が健全だと思うんですよ。コンテンツ自身がお金を稼げるようにならないと、やっぱいいいものは生まれない。そういうモデルをネットで作るべきだと思っていて、そういうことが(カラーで)できたらいいですよね」
「自分の本分があるとしたら、それはIT」
自らの得意な領域でカラー、ひいてはアニメ業界に貢献したいと語る川上氏。だが同時に、川上氏はジブリでも同じようなことをしているから話はややこしくなる。川上氏と庵野氏を結んだのが鈴木プロデューサーだから、なおさらだ。
宮崎監督・鈴木プロデューサーのタッグで黄金時代を築いたジブリ。次なる時代は、宮崎吾朗監督と庵野監督、そして川上プロデューサーで担っていくことを示唆しているのだろうか。「ポスト鈴木プロデューサーとしての動きか。将来のために、吾朗監督と庵野監督の両方と付き合っておけ、ということなのか」と邪推をぶつけると、川上氏はこう答えた。
「そこは違う。鈴木さんはね、そういう解釈も可能な状況を作ってはいるんだけれども、必ずしもそうしよう、そうなれとは思ってはいない。そこは難しいんですけれど……。僕はアニメを作ることが自分の本分だとは思えない。という話を、鈴木さんにも言っていて、鈴木さんも理解してくれている。自分の本分があるとしたら、それはITだと」
「鈴木さんは、吾郎さんや庵野さんと僕をくっつけて、何かが起こるといいなと見ているだけなんですよ。何か化学反応のようなことが起きたら面白いなと楽しんでいる。世間が勝手にいろいろな臆測をすることも含めて、楽しんでいると思いますけどね」

ニコニコ動画への利益誘導なのか
川上氏のカラー取締役就任を仕掛けたのは鈴木プロデューサー。そこに、特に深い狙いや意図はない、という説明。では、ニコ動を擁するドワンゴとの関係はどうなるのか。川上氏の狙う新たなビジネスモデルを、ニコ動で実現していく腹づもりなのか。
もっと言えば、川上氏がアニメ業界との親交を深める裏にはドワンゴへの利益誘導という狙いがあるのか。そう突っ込むと、川上氏は即答した。
「いやいや、そういう考えはまったくないですね。ジブリもそうはしていないじゃないですか。先日も(日本テレビで『天空の城ラピュタ』が放映された際)『バルス祭り』の特設ページをニコ動に作ったんですけど、目的はテレビの視聴率を上げて、ツイッター社にトラフィックを集めることですよね。完全にジブリ視点。あとは日テレとツイッターのため(笑)」
「(ネットでのアニメ視聴の新たなモデルについて)ニコ動を実験台にしようとも思わない。ニコ動は僕がコントロールできるから便利ではありますよね。でも別に、カラーの立場としてニコ動を利用することはあっても、ニコ動にはこだわらない。新しいプラットフォームを作ってもいいし、ユーチューブと組んでもいいし、いろんなところでやれればいいなと。カラー基準で考えて、カラーにとって一番いい選択肢を選んでいくということですね」
分かるようで、分からない。川上氏自身が何を目指しているのか、今ひとつ解せない。
「日本のコンテンツ業界を守る」
川上氏の言う"本分"の根城はドワンゴであり、ジブリやカラーでの活動は「課外活動」にほかならない。だが就労時間のバランスを聞くと、「感覚としては6:4で、6がジブリ周りやその関連、あとがドワンゴ」と言う。けっこうな課外活動だ。二足のわらじを履く狙いや意図は何なのか。本音を聞き出すべくさらに食い下がると、川上氏は語り始めた。
「課外活動っていうのは、目的はないんですよ。本当は成り行きなんだけれども、でもそれを正当化するとしたら、日本のコンテンツ業界を守るためにやっているということですかね。そのために、(二足のわらじは)けっこう合理的な方法かもしれない」
「なぜかというと、敵はシリコンバレーです。今のネットのプラットフォームは米国がほとんど握っていて、日本のメディア業界やコンテンツ業界では、米国のIT企業にどう向き合っていけばいいかが問題になっている。それを考えると、日本のIT、メディア、コンテンツなどの業界が一緒にやっていかないと、コンテンツを守っていけないと思うんですよ」
「そのためには、(IT業界を敵だと思っている)メディア業界やコンテンツ業界に、ここだったら付き合ってやってもいいかなと思えるようなIT企業が日本に誕生する必要があって、ドワンゴがやってるのはそういうことですよね。エイベックスや日テレに入ってもらって(株主になってもらって)、今回、NTTに入ってもらったのも、日本として国産の動画プラットフォームを守るというよりは、日本のコンテンツを守るためなんです」
つまり川上氏にとってニコ動は、日本のコンテンツを守るための1つの手段であって目的ではない。
「文化の庇護者」に
川上氏は常々、「クリエーター自身にお金がいく仕組みをネットを使って作りたい。クリエーターがちゃんと食べていけるような健全な世界を作りたい」と語っている。ゲームやアニメに代表される日本発のコンテンツを維持・発展させるために、ニコ動という伝達の「下流」を作り、クリエーターにお金が落ちる仕組みも作った。同時に、コンテンツが生まれる「上流」にも参画していきたい。そう考えれば川上氏の課外活動も合点がいく。
そもそも川上氏自身、大のゲーム・アニメ好きの「オタク」。ジブリやヱヴァへの造詣も深い。ただ好きなのだ。好きなものを守っていくために協力し、参画できるのであれば、こんなにうれしいことはない。そんな思いなのだろう。幸いにしてドワンゴやニコ動が成長し、その立場や権利を得ることができた。川上氏は言う。
「すごくおこがましいんですけれど、(ジブリやカラーにとって)僕が果たすべき役割があるとしたら、氏家さん(故氏家斉一郎・前日本テレビ放送網会長)だと思うんですよね。文化の庇護(ひご)者ですよね。そのためにはドワンゴをもっと大きくしなきゃいけない。もしジブリに何かあった時、まだ支えられる規模じゃないんですよね、ドワンゴは。ジブリにせよカラーにせよ、そういう文化を守っていける会社を作るというのが、僕の役割だと思ってる」
最後は明快で論理的な解に落とすところが川上氏らしい。そして根底にはコンテンツへの愛情がある。だから日本のメディア・コンテンツ業界の重鎮からも好かれ、頼られるのだろう。裏を返せば、それだけ重い責務を背負っているということ。カラー取締役就任は、その覚悟の現れとも言える。
(電子報道部 井上理)