米アドビ、ソフト販売「中止」の先にある野望
ソフト大手の米アドビシステムズが、画像処理ソフト「フォトショップ」など主力ソフトの販売を"中止"する方針を固めた。6月からは月額制で利用料金を徴収する「サブスクリプション型」に移行する。
アドビの決断はトヨタ自動車がある日突然、クルマの販売をやめてレンタカー事業に専念するようなものだ。大胆な方針転換の背景を探った。
主力製品の販売中止をサプライズ発表
6日、アドビは米ロサンゼルスで開発者向け会議「アドビマックス」を開いた。基調講演が始まってから約1時間半。フォトショップなどの新機能を説明し終わると、デービッド・ワドワーニ上級副社長の口から"衝撃"の発言が飛び出した。
「今後も『クリエーティブスイート(CS)』の販売やサポートを継続するが、現時点で機能追加の予定はない」
アドビは2003年にフォトショップや描画ソフト「イラストレーター」などを組み合わせたCSを発売した。CSはデザイン関係者などの間で広く普及し、収益面でも屋台骨を支える「エースで4番」(同社幹部)。ワドワーニ氏は「販売を続ける」というものの開発中止を明言しており、店頭からパッケージソフトが姿を消すのは時間の問題となった。
クラウドに一本化
同社では、12年からはクラウドコンピューティングの利用を前提とした「クリエーティブクラウド(CC)」を販売している。6月にCCの改良版を発売するのを機に、今後はこちらへ一本化する方針だ。ワドワーニ氏は基調講演のなかで「事業の焦点を絞る。新機能や今後の改良はCCのみを通じて提供していく」と説明した。
ソフト業界ではクラウドの利用が広がっており、アドビの方針転換は既定路線ともいえる。それでも、CCの提供を始めてからわずか1年での全面移行というのは、大方の予想を上回るスピードだった。この日、インターネットでは「アドビはがめつい」「海賊版たたきが狙いか」など、否定的な意見が噴出した。
だが、本当にアドビはがめついのだろうか。個人向けの価格はCSが30万円以上だったのに対し、CCは月額5000円程度。ワドワーニ氏にサブスクリプション型への移行が収益に与える影響を尋ねると、「短期的にはマイナス」と明かした。中期的にも利用者1人当たりの収益は減るとの見方が有力だ。
目先の減収より将来の成長に懸ける
ではなぜ、収益性の観点からは「いばらの道」であるサブスクリプション型へ全面移行するのか。
まず考えられるのは利用者の基盤拡大だ。従来、CSはプロ向けソフトとしての色彩が強かった。だが、導入にかかる初期費用を下げることで、「学生や1人の社員が複数の業務をこなす中小企業へも販売対象を広げられる」(ワドワーニ氏)との読みがある。
「従来は新機能を開発しても、次の改良版発売に合わせて提供するしかなかった。クラウドならすぐに提供できる」。シャンタヌ・ナラヤン最高経営責任者(CEO)はスピード向上の効果を説く。クラウドを前提とする新たなライバル企業はサブスクリプション型で初期費用が安く、機能の更新も頻繁。今回の決断からはライバルへの対抗という狙いも見て取れる。
だが、それだけではない。基調講演が終盤に差し掛かると、ワドワーニ氏の口からはこれまでアドビになじみが薄かったキーワードが発せられた。API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)だ。「当社には画像や動画などに関して20年以上の蓄積がある。新たにAPIを提供し、こうした機能を開放する」
外部企業にソフトの機能を使わせるための"通行手形"がAPIだ。APIにより、外部企業はアドビの資産を活用したソフト開発が可能になる。
開発者会議ではフォトショップの高度な手ぶれ補正などを紹介したが、こうした機能を"借用"したスマートフォン(スマホ)向けのカメラアプリ(応用ソフト)などが登場するかもしれない。
基調講演ではクラウドと直結し、過去に描いたイラストや設定を自在に呼び出せる電子ペン「プロジェクト・マイティ」や、大型のタッチパネルを利用した雑誌編集システム「プロジェクト・コンテクスト」などを披露した。
API開放でエコシステムを拡大
パッケージソフトという服を脱ぎ捨て、自社の持つ技術資産を様々な場面に応用するというのが、クラウド化とAPI提供の狙いといえる。
ワドワーニ氏にAPIについて問われると、「長期的に非常に重要な取り組みだ」と即答した。既にAPIの提供で成功している交流サイト(SNS)の米フェイスブックや企業向けクラウドサービス大手の米セールスフォース・ドットコムの名前を挙げ、自社を中心とした新たなエコシステム(生態系)を構築する意欲を示した。
もっともアドビが先行企業と同様の成果を上げられるかには不透明な面がある。最初の課題は、パッケージソフトの販売減少の影響を軽微にとどめ、成長路線を確立させることだ。
カギを握るのは既存顧客にサブスクリプション型の魅力を伝えるとともに、顧客基盤を拡大すること。この成否が「大胆な賭け」(同社関係者)の明暗を分けそうだ。
(シリコンバレー支局=奥平和行)