「無職は夢職」 活況の「無職説明会」ルポ
会社説明会や採用面接……。来春卒業を予定する学生の就活シーズンまっさかりの大型連休中、ちょっと変わった説明会が都内で開かれた。テーマは「無職説明会~大切なことは全て無職時代が教えてくれた」。「就職できなかったら自分の人生はダメだ」と諦めてしまう人に、無職の経験を生かした人たちが力強いメッセージを発信した。会社勤め20年を超えた記者も参加。無職という言葉からイメージする無気力、無関心とは正反対の盛り上がりに心を動かされた。
無職のありのままを伝えたい
5月4日午後7時。東京・杉並区のイベント会場「阿佐ヶ谷ロフトA」で「無職説明会」が開かれた。この時期、企業の会社説明会は多く目にするが、無職に関する説明会はなかったと思う。案内の看板には「史上初!!の無職説明会」とある。
総務省の労働力調査によると、2013年3月の完全失業者だけでも280万人おり、無視できない存在になっている。主宰したイベントプロデューサーの岡田紘樹さん(31)は「世の中に出ているのはネガティブな情報ばかりで、就職していない=ダメ人間というとらえかたをされがち。自分を悲観してしまう人も多い」と切り出した。「世の中にはなかなか出ない無職のメリットについて発信し、経験した人間だからいえる無職の大変さなど、ありのままの姿を伝えたい」とイベントの狙いを話す。
説明会の講師役となる出演者の顔ぶれは多彩。無職だったにもかかわらず就職活動本を2冊出版し、就活生への講演もする霜田明寛さん(27)や俳優から無職になりハイパーメディアフリーターの肩書で活躍する黒田勇樹さん(31)、自らの写真をフリー素材として提供する大川竜弥さん(31)など無職を経験し、今の活動に生かしている5人が壇上に並んだ。
「無職丼(200円)」「無職汁(100円)」も完売の大盛況
参加者は20~30代が中心に男女約80人で会場はほぼ満席。そのうち現在、無職という人は10人ほどで、意外と少ない印象だ。就活中の学生や社会人も多いようだ。飲食メニューとして、ご飯に焼肉のタレで味付けしたモヤシいためをのせた「無職丼」(200円)、具のない味噌汁「無職汁」(100円)もあり、イベント途中で完売していた。
冒頭、岡田さんが「偉大なる無職出身者」として数人を紹介した。何十社も入社試験を受けて1社も内定をもらえなかったという著名なコピーライターや小説家などが紹介された。彼らに続くにはどうすればいいか、出演者の間で議論が進んだ。
無職時代の暮らしぶりや困ったこと……。壇上の出演者から生々しいエピソードが披露されていく。無職時代は一日中、食べて寝て飲んで過ごしたという人もいれば、図書館で本を読み友人との交流を楽しむといった規則正しい生活を送ったという人もいて様々だ。途中で「無職になるために3年間働いた」「『無職』は『夢職』」などの名(迷)言も飛び出した。
ざっくばらんに議論が進むなか、会場からも質問が飛んだ。今春に大学卒業後、イベント派遣や清掃など無職に近い生活をしているという男性(25)は「周囲の目に耐えられる自信はどう身につけたのか」と質問。霜田さんが「大学の同期などと食事する際に、無職を強調するとおごってもらえる」などと応じ、場内が笑いに包まれる場面もあった。「心が折れることはなかったのか」との問いにも、「心が折れたから無職になった。でも、不安を超え尽くしてきたから今は大丈夫」(黒田さん)。
無職の強みは何かというテーマでは「時間があること」が強調された。「時間があることをアピールしていけば、人手が足りない時に『ちょっと手伝ってくれないか』と声がかかる。そうやって仕事を増やし、食べてきた」との意見も出た。
出演者の一人で大学生の菊池良さん(25)は中学卒業後に6年間の引きこもり生活を過ごした。大検を経て進学し、「世界一即戦力な男」というコピーで自分をPRするホームページを立ち上げ、企業から見事内定を勝ち取った。イベントの終盤に徳川家康など大器晩成型の偉人のエピソードを引き合いに出し、「50年後に勝っているのは自分」と会場を沸かせた。
「無職時代があるから、今の自分がある」
「無職時代があるからこそ、今の自分がある」――。出演者たちが訴えるメッセージは説得力がある。南アフリカで非政府組織(NGO)活動に従事し、現在、南ア観光ツアーを企画しているという男性(30)は「実用的な情報はやや不足していたが、無職を乗り越えた人たちにはそれなりのスキルがあるのだな、と感じた」と話す。「職場で嫌なことがあったが、前向きにがんばろうという気持ちになった」(20代の女性会社員)との声も。
イベントは休憩を2回挟み4時間に及んだ。途中で退出する人もほとんどいなかった。岡田さんは「今回伝えることができなかった部分もたくさんある。次回もまたテーマを絞った形で開きたい」と話す。
転職する人やこれから就職をする人にとっても、働くということの意義を見つめ直すことにもつながりそうだ。就職活動に失敗して自らの命を絶つ若者もいる。無職という状態と向き合った人の話を聞くだけでも、少しは心にゆとりが出てくるのではないかと感じた。
「無職」について考えるイベントは、決して無職を称賛したり奨励したりするものではない。政府の産業競争力会議も成熟産業から成長産業への人材移動を後押しする雇用制度改革の骨格を決めた。人材の流動化が進むにつれて、一時的に「無職」の立場に置かれる人も増えるだろう。肩身が狭いと思われがちな無職だが、「取り組み方や考え方次第でこんなにポジティブになれるのだ」と私も気付かされた。イベントを終えて会場を後にする人たちもすっきりとした表情だった。(村野孝直)