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夢と希望の大学づくり スタンフォード夫妻の物語(前編)

シリコンバレーの風(2)

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「これからは哲学、倫理学や心理学がますます大事になると思う。だって、フェイスブックやソーシャルゲームの時代になって、人間関係が希薄化していくとしたら、きちんとした人間の理解なくしては、健全な技術の発展も、社会への貢献もないしね……」

これは、先週私が出会ったスタンフォード大学のある学生の言葉である。彼は、急激なデジタル化の波に、ある種の危険を感じ、原点に戻って哲学や倫理学、そして心理学の勉強をしているという。

フェイスブック上場の興奮がさめやらないシリコンバレーの中心地、スタンフォード大学の学生が、IT(情報技術)産業の急速な進歩による人間関係の希薄化を懸念するという構図に、多くの思いを巡らせた。

――すごい。なぜそう考えるようになったのか? なぜ流行に乗らないのか? 日本でいう"文系"の彼がなぜ技術動向を気にするのか? なぜ一学生が社会への貢献を意識しているのか?

この学生の言動をヒントに、スタンフォード大学の秘密に迫ってみたいと思う。

「リーランド・スタンフォード・ジュニア・ユニバーシティー」

これは俗にいうスタンフォード大学の正式名称である。そもそも大学は、鉄道王・カリフォルニア州知事であったリーランド・スタンフォード夫妻が、病死した1人息子のリーランド・ジュニアを偲(しの)んで1891年に設立した。

息子を亡くして失意に沈んだ夫リーランドが妻ジェーンに、"カリフォリニア州の子供たちは我々の子供たちでもある(The children of California shall be our children.)"という思いを吐露し、私財をなげうって息子の代わりに多くの子供たちに最高の教育を与えようと、大学設立の決意を固めたことは、子を持つ親として大いに共感する以上に、敬服する。

我々の未来は子供たちにかかっている。その子供たちに最高の教育を提供することが、最高の未来を創造するための最良の手段である。そうすることで、息子に託したかった夢を実現できるはずだ――。そう思っていたのであろう。

米国では東のハーバード、西のスタンフォードといわれる全米の大学の巨頭である。2012年の米誌US Newsの大学ランキングでは5位に位置しているが、大学院ランキングでは、ビジネススクール(経営学修士、MBA)を始め、コンピューターサイエンス、生命工学、物理学、機械工学、電子工学、航空力学、環境工学など理系の学部は総ナメで、実は歴史学、政治学、心理学等も全米でトップの評価を得ている学校だ。

広大で美しい最先端のキャンパスに、温暖な青空が広がる気候、そして世界最高水準の教育。世界中の若き科学者や経営者の候補が魅了されるのも納得できる。

また、スタンフォードの卒業生は、我々の生活に欠かせない多くのハイテク技術や商品を生み出している。

卒業生らは人の生活を一変させる技術や商品を生み出した

"インターネットの父"であるヴィントン・サーフ氏、元祖ネット企業のヤフー(yahoo)、ネット検索のグーグル(Google)、パソコンの画像処理チップ(GPU)最大手のエヌビディア(NVIDIA)、通信の根幹を支えるルーターで最大手のシスコ・システムズ(Cisco Syastems)、パソコン・プリンター大手のヒユーレット・パッカード(HP)、3次元画像処理の元祖シリコングラフィックス(SGI)、サーバーワークステーションの元祖サンマイクロシステムズ(SUN:2010年にオラクルによって買収された)。

さらには、米ゲームソフト会社大手のエレクトリック・アーツ(EA)、米大手ネット証券会社のチャールズ・シュワブ(Charls Schwab)。ついでに、日本人の大好きなナイキ(Nike)も。

これからも多くの卒業生が世の中の問題を解決し、社会をより楽しく、豊かにしてゆくものと期待している。それがスタンフォード大学なのである。

さらに、個人的には、スタンフォードを世界的に特別な大学にしている理由がもうひとつあると思っている。それは、世界的にダントツの文武両道を誇る大学であるという事実だ。

大学スポーツの総合評価とも言えるNACDA(National Association of Collegiate Directors of Athletics) Directors' Cupを1994年以来17年連続で受賞しており、逃したのは制度発足の1993年度のみである。つまり、大学の体育会系の世界では比類がない。実際に多くの卒業生がプロのスポーツ選手として世界中で活躍している。

例えば前回の北京オリンピックではスタンフォード大学の選手が合計25個のメダルを受賞しており、そのうち8個は金メダルだった。これは全米のどの大学よりも多い。国別のメダル数で比較すると、日本のメダル数と同数だ!

また、テニスの殿堂入りしているジョン・マッケンロー氏もスタンフォードで活躍した。彼は1980年から85年の大半の期間は世界ランク1位であり、7つのグランドスラムタイトルも獲得した。最後に、私の大好きなゴルフで言えば、トム・ワトソン氏、タイガー・ウッズ氏、ミッシェル・ウィー氏がスタンフォードの卒業生である。最高の学問を学べると同時に、世界一のアスリートになれる大学、それがスタンフォード大学なのである。

スタンフォード大学の特徴や強さについては多くの文献が出ているので一般的な分析は改めてする必要は無いと思うが、実際にキャンパスライフを体験し、その後キャンパスから5分の場所に10年以上住んでみて考えた私見をまとめてみたい。

スタンフォードの強さ(その1):学際的なキャンパス

最愛の息子の死後、大学設立の思いを抱いたのは良いが、息子の名前を永遠に刻むべき場所は、本当に大学なのか、それとも専門学校なのか、美術館がふさわしいのかを探るべく、スタンフォード夫妻は東のハーバード、マサチューセッツ工科大学(MIT)など名門校を訪ねアドバイスを求めた。

その後夫妻は、息子の名前を付けた大学と美術館を同時に設立することを決める。そして、大学設立のその瞬間から、いわゆる世間の常識とは違う校風と特色を求めた。

From the outset they made some untraditional choices: the university would be coeducational, in a time when most were all-male; non-denominational, when most were associated with a religious organization; and avowedly practical, producing "cultured and useful citizens."
(スタンフォード大学のウェブサイトから引用)

当時の伝統的な名門校の大半は男子校であるのに対し、共学校にした。また、多くの学校はキリスト教をベースとしていたが、あえて無宗教の立場を取った。そして、多くの大学が純粋な学問を追究したのに対し、実用的な学問のあり方を重視した。

つまりこれはすべて、人種や性別、民族や宗教を問わず、優秀な学生を集めることにつながり、"教養がありかつ社会の役に立つ"人材を育成することが可能になったのである。

このような、一言でいえばオープンで学際的な校風は、エンジニアと医学部生、そしてビジネススクールのトリオといった考えられないコラボレーションを可能にしている。

実際に私の通ったビジネススクールのある人気講座の履修条件は、「登録するグループに他学部の学生を入れる」だった。時間割も普段の生活ゾーンも違う他学部の学生を、プロジェクトへ口説き落とし、一学期の間(時には二学期にもわたり)拘束することの難しさは想像できるであろう。

また、私の友人の多くは、ビジネススクールのMBAを取得すると同時に、法学部、工学部、教育学部、音楽学部の修士課程も修了していた。大学生でもいわゆるダブル・メジャー、トリプル・メジャーが一般的である。

このように、まったく分野の違う学部間にまたがって学士・修士を取得するという感覚は、今の日本の大学では考えられないし、非現実的であろう。ただ、考えてみれば、異なる領域の学問を学ぶことによって、通常では得られない化学反応を起こし、新しい発想を生み出せているのだとすれば、我々も改めて学問の学び方について再考する必要があるのではないか?

最後に、日本放送協会(NHK)の「スタンフォード白熱教室」でも話題になったようだが、工学部では "Stanford Technology Ventures Program" (http://stvp.stanford.edu/)という講座を開き、学部を問わず多くの学生を集め、そこに最近の起業家やベンチャーキャピタリストをゲストに招き、最新の技術動向や技術のビジネス化について議論をする場を提供している。

起業家や投資家を招き「白熱教室」も

華やかに見える成功者でも、実際には語られていない多くの苦労がある。そんな生々しい話を直接当事者から聞くことで、私も起業に憧れたり、また一方で、怖くてとても自分にはできないという思いを巡らせた。

最近シリコンバレーでちょっとした話題になったベンチャー企業がある。被写体にピントを合わさなくてもきれいな写真が撮れるユニークなデジタルカメラを開発したLYTRO社(http://www.lytro.com/)も、機械工学の博士であったスタンフォードの学生が創業した会社だ。カメラを使ったことがある人なら誰でも経験がある「ピントを正しく合わせる」という作業を、撮影後に事後的に可能にする技術を開発して、商用化した。

確かに「ピンぼけ」がこの世から無くなるのは明らかに便利だ。正直いって、大成功するベンチャーかどうかは不明だが、大学での研究が、ビジネスに興味を持つ人間との化学反応によって実用的な形で具現化され、我々の生活に新鮮な感動と刺激を与えてくれるというダイナミズムは、イノベーションを生むためには必須である。

少し振り返れば、ヤフーは同校の大学院生2人がインターネットの情報のディレクトリーを作成することから始まり、グーグルも博士課程の2人の学生が世界中のインターネットの情報を整理するという研究テーマを実社会に当てはめることで企業として羽ばたいた。

このように、研究を研究に留めず、実社会に役立てようとする心意気は、"Technology meets Humanity" (技術と人間性の融合)を可能にする、学際的な校風があり、他学部間の連携を促す、"Wind of Freedom"(自由の風)が吹いているからこそ生まれるのである。

在米ベンチャーキャピタリスト 伊佐山元 (e-mail: [email protected])
"Do What You Love, Love What You Do"

(続く、次回は6月11日に掲載します)

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