COP26で再注目の次世代原発 三菱重工技術者の胸の内
英国北部グラスゴーで開催中の国連の第26回気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)。各国が地球温暖化対策を打ち出す中、再生可能エネルギーの導入拡大が遅れる日本は目標達成に黄色信号がともる。そこで、議論が活発になっているのが原子力発電所、中でも安全性を高めた次世代炉だ。2011年の福島第1原発事故後、日本では脱原発の世論が強まったが、それでもなお原発の可能性を信じ研究開発に打ち込む若手技術者がいる。彼らは今何を思うのか。国内最大手、三菱重工業の原発の旗艦拠点、神戸造船所(神戸市)を訪ねた。
神戸造船所の発足は1905年。72年に原発機器の専門工場を新設し、研究開発の拠点も構える。原発部隊約4000人のうち、大半がこの神戸に籍を置く。同社はこれまで24基の原発プラントを世に送り出してきた。
造船所と名がついているが商船の建造は2012年に終了。今は潜水艦など海上自衛隊向けの一部艦艇を手掛けており、工場移動中、陸に座った建造中の潜水艦も目にすることができた。
「もろ刃の剣」だからこそ挑む
「正直、原発はもろ刃の剣だと思った。有力な電源である一方で、(止める、冷やす、閉じ込めるの)制御がきかなくなると大変な事態になる。究極の安全性を追求しなければならないと痛感したし、今もそれが頭にある」。原子力セグメント炉心・安全技術部で開発に携わるグエン・ドアンチュクさん(28)はこう語る。
1993年生まれ。父母はベトナム出身で、自身は19年の三菱重工入社後に日本国籍を取得した。根っからの科学少女で、分子にエネルギーを当てると面白いように千変万化する様子を見て探求心を持ち、大学では物理化学の道を選んだ。
福島第1原発事故が起きた時は18歳の高校3年生。大学進学後、原発にネガティブなイメージが付きまとう中でも、分子から高い熱エネルギーを生み出せる原子炉への興味が尽きることはなかった。「原発をあきらめてはいけないと信じ、だったら事故を起こさない安全なプラントを造ってやろう」とエンジニアを志した。
地球温暖化の問題も原発産業に飛び込むきっかけになった。二酸化炭素(CO2)など温暖化ガスの4~5割は発電所から排出されているとあって「カーボンフリーの原発は必要だ」という信念がむくむくと頭をもたげてきたという。
もう一つはものづくりへのあこがれだ。日本の原子力発電所は国産化率が約99%。太陽光発電パネルの85%近くを中国からの輸入に依存するのとは対照的で、エネルギー安全保障上も日本の強みを発揮できる。
父が三菱重工の下請け工場で日夜、機械加工に汗かく姿を幼いころから見てきた。姉妹でお弁当を届けに行った時、「カッコいい」と子ども心に感じたという。そんな原体験も重なり、入社は必然だった。
入社3年目のグエンさんが意欲を燃やすのは、「次世代軽水炉」の炉心開発だ。専門は「熱水力設計」。何だか小難しい用語が出てきた。いったい何の技術なのか。
「安全には一切妥協するな」
まずは原発の仕組みをごく簡単におさらいしよう。原子炉内で水につかった燃料棒の核反応で熱を発生させる。その熱を高温高圧の蒸気として取り出しタービンを回して発電する。
この時、肝になるのが炉心の熱のコントロールだ。熱を最適な温度に保つためどれくらいの量の冷却水が必要で、水がどれだけエネルギーを失うのかを解析する作業が欠かせない。これを「熱流動」というが、この解析をグエンさんは生業とし、次世代軽水炉の設計に生かしているという。
これまでは電気で動く大型ポンプを使って炉内に水を循環させて冷却していたが、次世代炉では、福島の事故で実際そうなってしまったように、外部からの電源供給が断たれた場合にも、原子炉内の水を自然循環させる新技術を活用する。
自然循環とは温かい水は上に、冷たい水は下に移動する現象を利用して炉心を冷やすシステム。グエンさんは複雑な構造の炉内で水がどれだけの速さで流れ、熱がどのように伝わるのかをシミュレーション。どんな状態でも安全に冷やし続ける炉心を目指しデータと格闘する日々だ。
「時間がかかってもいい。安全性には一切妥協するな。とことん追求しろ」。師弟関係にあるベテランエンジニアからはこう発破をかけられているという。
次世代軽水炉の新たな安全技術はほかにもある。万が一事故で原子炉を冷やせず、燃料が溶け出してもそれを受け止める「コアキャッチャー」だ。格納容器から溶けた燃料があふれデブリにならないようになっている。
また、放射性物質のキセノンなど希ガスが万が一ベントから漏れても、二重に施された特殊フィルターがガスを吸着。濃縮して液化したうえで貯留するタンクも開発している。
入社直前「ルネサンス」から暗転
もう一人の若手技術者は、プラント設計部主任の上戸恭介さん。1986年生まれで名古屋大、東京大大学院で土木工学を学んだ。2011年4月の三菱重工への入社を控えた3月11日、プラント設計者の志は暗転する。福島第1原発事故だ。その時、上戸さんはシンガポールへの卒業旅行のため自宅を出る30分前だったという。
3月11日までは世にいう「原子力ルネサンス」。国内外の電力会社の間では新増設ラッシュに沸き、原発エンジニアはあちこちで引っ張りだこだった。自らも希望に胸を膨らませ入社を待ちわびていた。ところが、ルネサンスは跡形もなく消えた。「原発の時代は終わるのではないか」。父親からも心配され、不安を抱えながら神戸造船所に赴任した。
担当は建屋の構造設計。建屋が地震などの揺れに対し安全に耐えられるかどうか解析したり、建屋の各種機器を最適に配置したりする設計業務を担う。だが、新増設のプロジェクトはすべてストップ。設計するプラントがない中、一年目に任されたのは今ある原発のストレステスト(耐性評価)だった。先輩たちと一緒になって日夜、過酷な自然災害に耐えられる構造かどうか検証し続けた。
「絶好のチャレンジ」
その後、原子力規制委員会が原発再稼働の条件として電力会社に求めた「新規制基準」の対応に伴走。新たな耐震設計の目安としてクリアしなければならない「基準地震動」や「基準津波高さ」などは福島事故前より格段に厳しくなったが、「土木設計者として絶好のチャレンジ」とむしろ逆境をバネに力をつけた。
腕の良さが認められ、今は三菱重工が次世代軽水炉と並行して開発を進める小型炉(SMR)の構造設計も任されている。SMRもプライオリティは「安全」だ。
蒸気発生器や原子炉など主要機器が一体となったコンパクトな小型炉は直径約18m。従来の大型炉は蒸気発生器だけで18m、原子炉だけで11.5mあった。最大の特徴は、地下に埋設できることだ。航空機の衝突やテロから防護できるほか、格納容器も二重になっており放射性物質を厳重に封じ込められる。
そうした長所が多い分、設計は一筋縄ではいかない。「地下だと地盤から建屋への地震の伝わり方がこれまでと違うため、新たな構造計算が必要になる」。また、建屋を広げすぎると岩盤を掘削する量が増えコストが跳ね上がる。小型プラントとなればコンパクトに各種機器を配置する難しさもある。
こうした難題に最新のコンピューティングや地震のシミュレーション技術を用いて挑む。「何が起きても安全に支障をきたさないプラント建屋を設計したい。試行錯誤の繰り返しだが、安全こそ自分たちに課せられた使命。やりがいはある」と上戸さんは語る。
脱炭素電源足りない日本
安全な原発を追求する若手エンジニアだが、そもそもなぜ、そこまで原発にこだわるのか。根底にあるのは再生エネ限界論だ。
国が10月に決めたエネルギー基本計画では30年度の電源構成を再生エネ36~38%、原子力20~22%、石炭火力19%などとしている。30年度に温暖化ガスを19年比46%削減する目標を掲げる日本政府にとって、未達は許されない。
この原発比率を実現するには、電力会社が政府の原子力規制委員会に申請済みの原発全27基の稼働が必要だ。だが、現実は10基しか動いておらず、電源構成に占める比率は10%程度にとどまっている。再生エネと合わせた脱炭素電源は足元で2~3割にすぎず、英国やドイツの5~6割、フランスの9割超に遠く及ばない。ちなみにフランスは原発比率が7割、再生エネが2割と原発を主軸にしている。
脱炭素に再生エネは欠かせないが、グエンさんは「日照や風の勢いに差がある太陽光や風力だけだと安定した電気は供給できない。一定の出力で電気を賄える原発は(日本がカーボンニュートラルを目指す)50年に向けて必要になるはず」と強調する。
グエンさんは周囲から「原発は怖い。危ない」とよく言われるが、「再生エネが増えるからこそ、ベースロード(長時間安定)電源として欠かせない」とよく反論するという。上戸さんも「周囲から原発にネガティブな印象を持たれる」が、グエンさんと同じ意見を持っているのだそうだ。
「核のゴミ」なお難題
グエンさんや上戸さんのライバルは世界中にいる。現在、世界では米国、中国、英国などで80基近いSMRが建設中または計画中で、ロシアでは稼働もしている。
中でも注目株は米スタートアップのニュースケール・パワーだ。米国でいち早くエネルギー当局から型式認定を取得、安全性審査をおおむね完了している。同社にはプラントエンジニアリングで実績がある日揮ホールディングスやIHIが今春相次ぎ出資した。
ほかにも米GE日立ニュークリア・エナジーや米ウエスチングハウスも小型炉の開発を進めている。フランスでは10月、フランスのマクロン大統領が小型炉を30年までに国内で導入すると発表。10億ユーロ(約1300億円)を投じる計画を発表した。
だが、原発には重い難題が横たわる。使用済み核燃料、いわゆる「核のゴミ」の廃棄処分だ。取材に同席した技術企画課の木村芳貴主席チーム統括は、「核燃料の再利用など採算性を持って事業を進めないといけない課題。この解決なしに真の意味で原子力産業は成り立たない」と説明。使用済み燃料の再処理などには三菱重工も他社や国と一緒に参画しており、責任を果たす立場にある。核のゴミ問題を提起されると分が悪いが、逃げてはいけない課題だ。
三菱重工は30年代に次世代軽水炉、40年代前半にSMRを完成させる計画。上戸さんは「自分が設計に携わったプラントを一つでもいいから稼働をさせたい」、グエンさんは「プラントが起動する瞬間に立ち会いたい」と話す。
このほど発足した岸田文雄政権ではにわかに原発再稼働の機運が高まっている。再稼働後、運転開始から40年を超える老朽化原発は30年までに11基に達する見込みで、運転延長か安全性の高い原発へのリプレースか、政府は判断を迫られる。リプレースに加え、新増設ともなれば、新型炉で日立製作所より先を行く三菱重工にチャンスが巡ってくる。「脱炭素の流れの中で、いつ原発が求められてもいいよう対応していきたい」。木村さんは話す。
原発は「国策民営」といわれる。若手エンジニアらの努力が結実するかどうかは国次第。国を動かすほどのプラントを完成させるべく今日も安全を巡るデータと格闘する。
(日経ビジネス 上阪欣史)
[日経ビジネス電子版 2021年11月8日の記事を再構成]
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