「博多時間」「沖縄時間」って? 訪問先への礼儀
福岡市で開かれた飲み会。集合時間は午後7時なのに、参加者は遅れて三々五々集まり、1時間後に来た人もいた――。博多時間を象徴する例として、宴会の際に時間通りに集まらないことを挙げる人は多い。こうした習慣が広く伝わり、今では博多時間とはルーズな時間感覚の意味だと理解されることが多い。約束に遅れた際に「博多時間ですいません」などと謝る人もいる。
福岡県出身で元日本文化人類学会会長の波平恵美子さん(71)は「博多時間には本来もっと深い意味合いがあり、意味を取り違えている人が少なくない」と指摘する。
商売第一の博多商人の家を訪ねる時、約束の時間より前に行くと、ギリギリまで客の迎え入れ準備をしている相手に迷惑をかける。「ちょっと遅れて行くのが礼儀として博多時間が定着した。宴席などでは、特に立場が上の人にみられる習慣」(波平さん)
ただ、博多時間は全ての会合に当てはまらないという。博多でも、取引先との打ち合わせなど仕事に関することや、結婚式など半ば公的な行事の時には時間通りに集まるのが一般的。一方で、私的な行事の際にはわざと約束時間に遅れて行く習慣が根付いたとされる。
宴会などに遅れる風習は九州の他の地域にもみられる。鹿児島県奄美大島出身の民俗学者、鹿児島国際大学の山下欣一名誉教授(85)は「薩摩時間の場合、プライベートな飲み会などを開く時には、大まかな集合時間を決め、都合の良い時間に集まってくる」と話す。
ご当地では1~2時間の遅れには寛容で、参加者が遅れて到着する度に、乾杯を繰り返して盛り上がる光景が県内の居酒屋などでみられる。一方、こちらでもオフィシャルな行事には遅刻しない文化らしい。
博多・薩摩時間と並んで広く知られているのが沖縄時間だ。西日本の民俗文化に詳しい福岡大学の白川琢磨教授(61)がこんなエピソードを紹介してくれた。
「かつて沖縄本島北西部にある伊平屋島(いへやじま)に民俗調査のため訪ねた際、現地の方の集まりに午後7時に参加することになった。10分前に集合場所に到着したところ誰もおらず、数十分たっても来ない。不安になって参加者の家に行ったら、なんと入浴中。全員が集まったのは午後9時を過ぎた頃だった」
白川教授によると、島民にとって午後7時も午後9時も同じ「夜」。わざと時間に遅れるといった博多時間の概念とやや異なり、現地では時間そのものを大ざっぱに捉えているようだ。宮崎にも同様の感覚を示す「日向時間」があるという。
こうした時間感覚は県民性に表れているかもしれない。リクルートが全国の20~69歳の男女約6400人を対象に行ったアンケート調査(有効回答数約4600人)によると、「のんびりしている方だ」との問いに当てはまると答えた県民は宮崎が93.1%で1位。2位が沖縄(87.0%)、4位が鹿児島(81.8%)と続いた。
「楽天的な方だ」という問いについては、沖縄の81.0%を筆頭に、上位10に福岡など九州・沖縄の6県が入った。半面、「きちょうめんな方だ」との問いの場合、上位10位内に九州・沖縄は入っていない。
こうした「ご当地時間」はいつごろ誕生し、広まったのか。博多時間の場合、白川教授は「近世の博多商人時代からの名残だが、言葉自体は近代以降に誕生した」とみる。波平さんは「言葉が生まれたのは『支店経済』として福岡市の存在感が増した40年前ぐらい。博多時間は東京からの転勤族など外部の人間が言い始めた言葉」と話す。
大企業の拠点で潤う支店経済の街は全国にいくつもある。博多にこうした時間感覚が根付いたのは古くからの伝統や風習、文化が今なお色濃く残っていることも背景にあるという。「博多などではしめ飾りを旧正月まで飾るなどの旧暦文化を大事にしており、博多時間の習慣も失われなかった。九州・沖縄の多くの地域でも旧暦文化が残っている」(白川教授)
明治以降、鉄道や時計の普及で時間を守る意識が国民に広く浸透したが、それ以前の日本人は時間におおらかだったとされる。九州・沖縄に独自の時間感覚を示す言葉が多く存在するのは、昔からの文化や伝統が多く残っていることの証しかもしれない。
(西部支社 後藤伸太郎)