農業IT化で激突 人材育成の富士通、新型センサーで挑むNEC
情報技術(IT)を駆使し、ものづくりのノウハウを移転する農業支援事業で、NECと富士通がしのぎを削っている。得意の情報通信処理技術で農業の生産性向上に貢献し、新事業に育てようという思惑だが、自然相手の農業は製造業のように単純にはいかない難しさもある。かつてパソコンや半導体で覇を競った両社のアプローチはやや異なる。海外市場もにらむ勝敗の行方は、3年もすれば見えてくるのではないか。

東京・府中市のNEC子会社のNEC東芝スペースシステムのクリーンルーム仕様の本社工場。独立行政法人、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の人工衛星に載せる新型のハイパースペクトルセンサーの製造が間もなく始まる。1品生産の衛星部品はすべて手づくり。白衣を着た作業者は顕微鏡をにらみ、プリント基板に微細な電子部品を装着する。衛星は2015年にも打ち上げ予定で、センサーは13年度中に完成させる。
このセンサーを農業関係者が注目している。光を185にも分けて地上の画像を細かく分析できるので、小麦や稲などの生育状態が衛星画像で詳しくわかるためだ。独立行政法人の農業環境技術研究所も「収穫時期が的確に判断できる。増産につながるだけでなく、作物の品質が高まる」と期待を寄せる。

NECも農業などの衛星データの利用をにらみ、利用者を交えてセンサーの仕様を詰めてきた。飛行機にセンサーを搭載して牧草地などを撮影、農家が求める牧草の種類を衛星から見分ける技術を採用した。
開発を統括するNEC東芝の稲田仁美技術本部光学センサグループ・エキスパートエンジニアは「185にバンド幅を均一に分光できるのは当社だけ」と胸を張る。勝山良彦エグゼクティブエキスパートは「今後は農作物分析に適した波長を詳しく分析できるセンサーも開発したい」と次を見据える。
衛星センサーで国内トップクラスの実績を誇るNECのリモートセンシング技術は、大きな武器だ。「我々は農業の専門家ではない。得意な企業や大学と組んで、事業を進める」(葛岡成樹ナショナルセキュリティ・ソリューション事業部技師長)と提携戦略を推し進める。
11年には農業生産・経営データを一元管理するシステムを手掛けるコロンビアの企業と提携し、東南アジアや中華圏向けに提案を始めた。大畑毅新事業推進本部シニアエキスパートは「インドネシアなどで、オイルパーム、野菜、フルーツなどのプランテーション向けに提案中」という。年明けには温室など施設園芸向け資材に強いネポンとも組んだ。センサーやクラウド技術を活用した効率的な栽培施設を営業する。
一方、NECが「かなり先行している印象」と一目置く富士通は年季が入っている。子会社の富士通九州システムズ(福岡市)は1990年ごろから、農業関係の大卒採用を始めた。栽培に詳しいシステムエンジニアを養成するためだ。一大産地である九州や北海道の子会社が農業向けシステムを独自開発するなど、自前・現場主義が強い。
富士通本体でも農場に多くの社員を派遣。2000年代半ばに知り合った、宮崎県の新福青果(都城市)の農場に何人も社員を受け入れてもらい、キャベツやゴボウ、サトイモなどの栽培を体験した。富士通は同社に出資、IT活用農業の最も有力なパートナーだ。今も年に延べ約250人もの社員が農場を訪れる。

新福青果の100ヘクタール強の農場は徐々に農地を増やしたため、300カ所以上に細かく分かれ、番号が打たれている。
新福秀秋社長は「例えば、5月に100トンのキャベツが必要なら、何番の農地にいつ作付けをすればいいか、コンピューターが瞬時に指示を出してくれる。しかも何番の農地なら超優良、何番なら優良のキャベツができると分かる」という。
過去の数年分の栽培データを蓄積し連作障害を避け、1日か2日かけて議論していた作付け計画が瞬時に分かるようになったのは2年前だ。農場に設置したセンサーで地中の温度や気温、水分量、風向、日照など様々なデータを蓄積したことで、単位当たりの収穫量も増えたという。
システムは両社で作り上げ、データは群馬県館林市の富士通のデータセンターで管理する。担当者の携帯端末にはデータが送られ、調子の悪いキャベツがあれば、その場で写真を撮って送り、「病気なのか、肥料が足りないのか」情報を共有する。昨年から太陽電池で自家発電し、無線でデータを飛ばす新型センサーを約20カ所に設置した。
富士通の深谷朋昭・パブリックリレーションズ本部政策推進室シニアマネージャーは「現場でベテランが何気なくやっている作業を可視化したい」という。製造現場の職人技を数値に置き換え、若手に伝承するのに似ている。
富士通は都城の実証実績を足がかりに、滋賀県彦根市の水稲栽培や和歌山県有田市のみかん栽培農場にも社員を派遣、クラウド利用を展開。野菜からコメ、果樹と範囲を広げている。九州・沖縄を中心に牛の繁殖支援システムのクラウドサービスも開始、畜産にも戦線を拡大した。
IT各社が農業支援事業に乗り出すのは、「製造業からみれば無駄がいたるところにあるから、改善の余地は大いにある」と見えるのだろう。環太平洋経済連携協定(TPP)参加となれば農業振興策の必要性から、IT投資の予算・補助金がつきやすくなるというもくろみもある。
ただ、規格がかちっと決まっている工業製品に対し、農業は天候、土地という不確定要因があり、畜産・酪農となれば生き物が相手だ。数値だけで割りきれるものではなく、農業従事者の意識も製造業とは異なる。
「いちご作りには熱心に取り組んでくれるが、ITには見向きもしてくれない」――。大分県宇佐市のアクトいちごファームの小野聖一朗社長は、スマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)のデータを見ながら苦笑いしていた。同社はいちご栽培の施設に九州大と共同でセンサーを設置、温度や湿度、二酸化炭素(CO2)などを管理しているが、若い栽培担当者はデジタル・データにあまり興味を示さないという。

事務所にもパソコンを置いたが、データを見るのはもっぱら社長。ただ、データも大事だが、いちごの生育は「肥料の与え方など、非常に細かい部分で収穫に大きく差が出る。葉の状態など丁寧に見ることが重要」と本来の世話を重視する。
富士通の山崎富弘ソーシャルクラウド事業開発室サービス開発統括部シニアマネージャーも「現場回りは必須。農業関係者からITシステムが賢くなりすぎると栽培の地力が落ちるからやめてくれと言われる」という。
別の問題もある。クラウドサービスの普及を目指す民間団体、ジャパン・クラウド・コンソーシアムの農業クラウドワーキング・グループ(WG)は富士通が主査となり、企業や自治体が参加している。
そのWGの会合でIT企業から「かなり苦戦している」「農家は紙でなく目で効果を見せないと信じない」との声が上がる。自治体からは「『5年で投資回収可能』のような効果を明確にすべきだ」との意見が出た。農機購入で借り入れをした農家も多い。「IT投資でまた借金して、どれだけ収益が上がるのか」というわけだ。
人件費などの経費がきちんと把握できていなければ「投資効果も回収計画もたてられない」現実もある。
コンバインなどの農業機械に全地球測位システム(GPS)装置を付け、耕作や植え付け、水・肥料の散布などを高い精度で行う「精密農業」を事業化しているトプコンの顧客は、9割以上が米豪南米などの海外大規模農場。「収益管理がしっかりしているので、投資効果が計算しやすい」(ポジショニングビジネスユニット)。
対して日本は農地は小さく「それ以前に収益管理の感覚が乏しい」という実情がある。「日本企業なので国内でも商売はするが、軸足は海外」というのが本音だ。
ITの農業活用で先端を行く新福青果も、今年から会社経営全般を管理する仕組みを富士通と構築する。農業全体から見れば廃業や世代交代が進むにつれ、高齢になった農業従事者の頭の中だけにとどまっている栽培ノウハウの継承も重要だ。農業のIT活用は農家に効果が実感できる実績を積み重ねて、説得力を増していくしかない。NECと富士通はどちらも勝ち組となり、日本農業の生産性を向上させてもらいたい。
(三浦義和)