円周率の定義は…大人が間違える子供の算数
桜美林大学教授 芳沢光雄
電卓でどんな数でも√を何度も押すとなぜ1になるの?
10年ほど前、静岡市内のある小学校で出前授業をしたときのことである。アンケートを取らせていただいたところ、6年生から興味深い質問があった。
「でんたくに√っていう記号があるけどなんですか。どんな数でも√をずっとやれば1になるのはなぜですか」
これは、たとえば81に対して、次々と正の平方根をとっていくと、9、3、1.73…となって1に収束すること。あるいは0.00000001に対して、次々と正の平方根をとっていくと、0.0001、0.01、0.1、0.316…となって1に収束すること、などを意味している。
どうしてこうなるのか。答えられる大人はかなり少ないと思う。大学の数学の範囲で説明できるが、電卓で遊んでいてそのことを発見した小学生のセンスには驚かされる。
「円周りつは、およそでなく何ですか?」というのもあった。ほとんどの大人は円周率の近似値3.14を知っているものの、円周率の定義をすぐ答えられる人は多くない。そんな質問をいきなり子供からされても返答に困り、「円周÷直径」をすっかり忘れていることに気付かされる。そこを突いた鋭い質問には感服した次第である。
実際、その後、学生を含む多くの大人の方々に「円周率は何ですか。その定義(約束)を述べていただけますか」と質問してみた。すると、「えっ、3.14じゃないですか」という答えが多く、正解の「円周÷直径」が思いのほか少なかったのである。
ほかにも、大人が間違ったり説明できなかったりする問題がある。
7.75÷2.17を小数第2位まで計算し、余りも求めよ
大半の大人が間違える問題として、小数÷小数で余りを求める設問がある。「7.75÷2.17を小数第2位まで求め、余りも求めよ」といったような内容だ。
大人の方に圧倒的に多い答えは、「商は3.57、余り31」と「商は3.57、余り0.31」の2つである。どちらも間違いで、正解は「商は3.57、余り0.0031」である(下図参照)。
この間違いは、子供のころ、計算の意味を考えず、計算の「やり方」ばかりを身につけた学習方法に一因がある。意味を理解していないので、やり方を最初から最後まで完璧に覚えていないと、間違ってしまうのである。この例の場合、小数点の位置を2つぶんずらして計算するまでは覚えていたが、余りを求める段階で小数点の位置を2つぶん戻さなくてはならないことを忘れてしまったのである。
そもそも、余りとはなんだろうか。「7÷3=2余り1」という式で説明すると、余りは「7-2×3」である。上の問題にあてはめると、「7.75-3.57×2.17」である。これを実際に計算すると、「7.75-7.7469=0.0031」となる。このように、余りの意味に遡って確かめれば、それほど間違えるはずはない。
意味を理解しないで「やり方」中心の学習を繰り返してくると、上のような間違いは後を絶たないことに留意すべきだろう。
割り切れない分数が小数部分で繰り返す理由
次に上記のことに関連するが、
のように、割り切れない分数は小数部分で繰り返すことを体験的に知っているだろう。そのような小数を循環小数というが、ここで4/13を例にして、割り切れない分数は必ず循環小数になる理由を述べよう。子育て中のお父さんやお母さんならば、以下の説明をお子さんにしてあげると、"株"は上がるはずである。
まず、4を13で割る下図を見ていただきたい。
最初の割り算は40を13で割って余り1になる。次の割り算は10を13で割って余り10になる。次の割り算は100を13で割って余り9になる。次の割り算は90を13で割って余り12になる。次の割り算は120を13で割って余り3になる。次の割り算は30を13で割って余り4になる。次の割り算は40を13で割って余り1になる。
そのように観察することによって気付くだろうが、次々と割り算を行っていく過程で現れる余りは、この場合どれも13より小さいのである。もちろん、割り切れない分数を考えていることから、どの余りも1以上である。したがって、余りは必ず
1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12
のどれかになる。図では、最初の割り算と最後に示した割り算の余りはどちらも1になったが、次々と13で割っていけば、必ずいつかは同じ余りが現れなくてはならない。それは、余りとして考えられるのは1以上12以下の12個の整数しかないからである。
同じ余りが現れることになれば、同じ余りから下の部分は全く同じ形になる。図では、最後に示した割り算以降は(*)の部分を繰り返すことになる。
マンホールはなぜ丸い形をしているのか
地図の縮尺もあまり理解していない大人が少なくない。「縮尺1万分の1の地図上で1辺が1cmの正方形の土地の実際の面積は何㎡(平方メートル)ですか」という問題だ。
正解は「10000㎡」であるが、「100㎡」と答える大人も意外と多い。もっともこの問題は、「円周率の定義」や「小数÷小数で余りも求める問題」と比べると、間違いはやや少ない。
答えを述べよう。実際の土地は1辺が10000cmの正方形、すなわち1辺が100mの正方形である。したがって、その面積は10000㎡となるのである。一般化すると、縮尺は地図上と実際上の距離の比である。面積の比を考えるには、それらの2乗の比にしなくてはならない。間違えた人の多くは、1辺が1cmの正方形の面積をまず出し、それを1万倍してしまったのである。
最後は、かつてマイクロソフトの入社試験で、「マンホールの蓋はなぜ丸いのか」という問題が出題されたことに関連する話題である。答えは「蓋をどのように動かしても下に落ちないから」である。説明は以下の通りだ。
円形のマンホールを置く地面の穴の直径をa cm、マンホールの直径をb cmとする。マンホールをその穴の上に重ねて置くことを考えると、bはaより大きくなくてはならない。一方、もしマンホールを立体的にいろいろ動かして、その穴の部分を通過させられることができるならば、マンホールの直径が穴を通過する瞬間があるはずだ。それは、マンホールの直径bは穴の直径a以下であることを意味する。これは、前提の「bはaより大きい」と矛盾している。したがって、マンホールを立体的にいろいろと動かしても、マンホールを穴の部分を通過させることは不可能である。すなわち、マンホールを丸くすると、どのように動かしても、穴の部分から下に落ちないというメリットがある。
ここで取り上げたいのは、「マンホールのような丸い図形以外でも、どのように動かしても下に落ちない同じ性質をもつ図形はあるか」という疑問である。これについては、2008年に出版し既に絶版になった拙著に書いたことであるが、以下が解答である。
下図は、一辺がa cmの正三角形の各頂点から半径a cmの円を描いて完成させた「ルーローの三角形」という図形である。その内側の点線のように、それより内側に入った点だけで構成される部分と同じ形をした穴を地面に開けると、蓋のルーローの三角形は曲げない限り、いろいろ動かしてもその穴を通過することができない。それは、マンホールの問題のように、蓋のルーローの三角形が穴を通過する瞬間の幅を考えれば、ルーローの三角形の作り方から下に落ちないことが分かるだろう。
試行錯誤して自ら学び取ることが大切
では、どうしたら算数や数学を習得できるのだろうか。最初のルートや円周率の事例で出てくる小学校の校長先生はもともと美術が専門だったが、「『やり方』を教える前に試行錯誤をしっかりさせるべきだ」という考え方をもっていた。私の数学教育の考え方と一致する。生徒は自分自身でいろいろと工夫することで考える態度が身に付き、学力も高くなっていくものである。
国際的な学習到達度調査PISAを実施する経済協力開発機構(OECD)の事務総長も同じことを述べている。2006年の調査で日本は読解力、数学的応用力、科学的活用力のすべてで順位を下げた。その発表に合わせて07年12月に来日したグリア事務総長である。「知識を記憶して再現することしか学んでいない生徒は、将来の労働市場で通用しないだろう」
1953年東京生まれ。東京理科大学理学部教授(理学研究科教授)を経て、現在、桜美林大学リベラルアーツ学群教授(同志社大学理工学部数理システム学科講師)。理学博士。専門は数学・数学教育。『反「ゆとり教育」奮戦記』(講談社)、『新体系・高校数学の教科書(上・下)』『新体系・中学数学の教科書(上・下)』(ともに講談社ブルーバックス)、『ほんとうに使える数学 基礎編』『ほんとうに使える数学 レベルアップ編』(ともにじっぴコンパクト新書)など著書多数。