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日本でインド式教育 IT立国支える理数脳づくり

編集委員 小林明

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NIKKEI STYLE

インドは世界屈指のIT(情報技術)立国。名だたるIT企業はインドに多いし、インド出身のIT技術者が世界各地で活躍している。今やインド工科大学(IIT)の教育水準は米マサチューセッツ工科大学(MIT)など欧米の有名大学をしのぐという見方もあるほどだ。

そんなIT立国を足元から支えているのが優秀な理数脳を生み出す「インド式教育」――。

最近は来日するインド人技術者の増加を背景に、日本国内でもこうした教育カリキュラムを取り入れたインド人学校が相次ぎ開校している。日本人が入学することも可能だというので、今後は進学先としても身近な選択肢になるかもしれない。

果たして、その実力はどの程度なのか?

今回は筆者自らがインド式教育法の現場を見学し、理数脳を生み出す育成法の極意や実態を探ってみることにした。

幼稚園から九九、小2で3ケタ同士のかけ算

東京都内でも最も多くのインド人が居住する江戸川区。西葛西駅から約1キロ南に向かうと見えるのがインド人学校「グローバル・インディアン・インターナショナル・スクール(GIIS)」。

2年A組(G2、日本の小1に相当)の教室から元気な子どもの掛け声が聞こえてきた。

「シックス・ワン・ザ・シックス。シックス・トゥー・ザ・トウェルブ、シックス・スリー・ザ・エイティーン……」。先生から指名された2人の生徒が皆の前に立ち、九九の「6の段」を英語で暗唱している。

「はい、よくできたわね。では次に『9の段』ができる人はいるかな?」

「先生。僕できるよ」「私だってできるわ」

18人の生徒が互いに競い合いながら一斉に手を上げる。教室内は活気に満ちており、皆、とても積極的だ。7人いる日本人生徒も決して負けてはいない。ほとんどの生徒がすでに九九をマスターしている様子だった。

授業はインドの教育カリキュラムに沿って進められている。

「かけ算を学ぶのは幼稚園のK2(4歳半~)からです。『2の段』や『5の段』から覚え始め、簡単な足し算や引き算も教えます」と説明するのは広報担当の水野早海さん。文部科学省によると、日本の学校で九九を習い始めるのは小2から。理数科目の教育水準が世界的にも高いといわれる日本と比べても「算数の進度はかなり早い」といえそうだ。

「G2(日本の小1)では割り算も教えるし、G3(日本の小2)では3ケタ同士のかけ算も教えます。計算は算数の基礎なので何度も繰り返して徹底的に鍛えますよ」と水野さん。算数が好きな生徒は自分で授業を先取りして勉強してしまうケースも多いようだ。

「理数科目」と「語学」を重点強化

左の表は2年A組の時間割である。眺めていると、理数系科目と語学に多くの時間が割かれているのがよく分かる。

計40時限のうち算数が7時限、理科が5時限、ITが2時限、語学が11時限(英語5時限、第2外国語4時限、第3外国語2時限)。図書(読書)も1時限ある。「高学年になると地理など社会科系科目が増えてくるが、理数系科目を重視する原則は変わらない」

たとえば水曜日だと、算数の授業がなんと3時限もある。なんだか"算数漬け"のようにも見えるが、子どもたちは「算数嫌い」にならないのだろうか?

「算数嫌い」を出さない仕掛けとは?

実は「算数嫌い」にならないように授業に様々な工夫がなされている。

たとえば道具を使って数字や計算の概念を視覚的、直感的に理解する授業「Math Lab(マス・ラボ)」。これが「算数嫌い」を生み出さないための歯止めの一つになっているのだ。

G2クラスの「Math Lab」の授業をのぞいてみた。

課題として取り組んでいたのは「35+67=102」。筆算すると、1の位から10の位へ、10の位から100の位へとそれぞれ「繰り上がり」があり、うまく理解しないと「算数嫌い」になるきっかけになってしまう。この「繰り上がり」の概念を理解するために1、10、100の位の3つに線で仕切ったホワイトボードと2種類のブロック(1と10)を使うのだ。

先生が道具を前に説明を始めた。

「ほら、1の位の5と7を足すと12になるでしょう。ここで10のかたまりができるから、ケタを移して10の位に1つ加えるの。分かるでしょう? 続いて10の位は3と6に1を足すから10になる。ここでも10のかたまりができるから、同じようにケタを移して100の位に1を加えるわけ。だから答えは102になるの……」

子どもたちは先生の説明に熱心に耳を傾けている。たしかに道具を使えば「繰り上がり」を楽しみながら理解できる。道具もカラフルに彩られており、おもちゃで遊んでいるような感覚だ。

算数の美・不思議を道具で体感

奇数と偶数、倍数や十進法などを理解するのに役立つ「スキップ・カウンティング(skip counting=特定の数字を飛ばして数える)」の授業だと、1~100まで番号を打った10×10のマス目と正方形のコマを使いながら教える。

「8から始まる『3のスキップカウンティング』をしてみましょう」

先生が号令をかけると、生徒たちは8、11、14、17、20……と順番にコマを置き始める。すると、マス目の盤上に何本もの斜線が幾何学模様のように浮かび上がった。

数字を単なる記号の羅列としてとらえていたら、子どもは飽きてしまう。だが道具を使えば、五感を刺激しながら、数字の世界の美しさや不思議さを体で感じ取ることができる。ものごとを様々な視点から観察する訓練にもなる。同校では週1時限が「Math Lab」の授業に継続的に充てられているという。

こうして数学的思考力が自然に培われる仕掛けになっているわけだ。

幼稚園年長からIT教育を開始

IT教育に力を入れているのも大きな特徴。

同校ではG1(日本の幼稚園年長)からITの授業を始める。最初はキーボードやマウスなどの呼称、機能などを学び始め、校内の実習室で実際にパソコンも操作する。幼少時からパソコンに慣れ親しむ環境をつくっておくのが狙いだ。

低学年ではパソコンでゲームをしたり、絵を描いたり、図形を作ったり。簡単な操作から徐々に高度な操作に移行し、やがてプログラムの書き込みなどにも挑戦する。週2時限がITの授業に継続的に充てられるそうだ。

G1のクラスではマウスの名称やボタンの機能、操作方法などについて教えていた。これがG2になると、マウスを使ってパソコン画面上のポインターやキャラクターを動かしたり、簡単なゲームなどをしたりするようになる。G8(日本の中1)のクラスでは朝食のメニューを写真入りで紹介するホームページをパソコンで作成中だった。

こうして生徒は当たり前のようにパソコンを使いこなすようになる。興味を持った子どもは互いに競い合いながら、さらに専門知識を磨くこともできる。「ITで国内産業をけん引したい」――。こんなインドの国家戦略の意気込みが伝わってくるような気がした。

第2、第3外国語まで習得

同校では理数系科目に加えて、語学力の強化にも力を注いでいる。

授業は原則、英語で行われるが、生徒は第2、第3外国語も勉強しないといけない。フランス語、日本語、ヒンディー語の中から自由に選択する。同じクラスでも生徒によってそれぞれ異なる語学レベルに合わせて課題をこなすカリキュラムになっている。日本人だと日本語、仏語から選択するケースがほとんどだという。

「世界で通用する人材を育成するのが我が校の目標です。そのためには語学力も欠かせない。インド人学校に入れば、多人種の中で協調しながら自己主張し、リーダーシップを発揮する訓練を積むことができる」。校長のサムバトゥラージャンさんはこう効用を説く。

日本人生徒は全体の4割弱

同校が東京に開校したのは2006年のこと。運営母体はシンガポールに本部を置く財団。日本のほか、インド、シンガポール、マレーシア、タイ、ベトナム、アラブ首長国連邦(UAE)でもインド人学校を開校しており、同じ教育カリキュラムが導入されている。

東京校の生徒は当初、50人ほどだったが、その後、急速に増えて敷地が手狭になったため、今年4月に同じ江戸川区内の現在の場所に移転拡張した。現在の生徒数は352人で国籍はインドが198人(56%)、日本が129人(37%)。この二大勢力のほか、バングラデシュ4人、パキスタン3人、ネパール3人、フィリピン3人、米国2人、カナダ2人、ロシア2人、韓国2人などが続く。

瞑想(めいそう)、呼吸法などを教える「ヨガ」の授業もあるし、遠足や運動会、学芸会、クラブ活動もある。インド独立運動の指導者、マハトマ・ガンジーの非暴力の思想を教える「道徳」のような授業もある。卒業後の進路はインドのほか、海外の教育機関への留学を想定しているそうだ。

「授業は英語だし、算数などは早い時期から高度なことを勉強するので、日本人だと途中から編入するのは大変かもしれない。できれば幼稚園から入った方が溶け込みやすいと思います」と水野さんは助言する。生徒本人の意欲がないと厳しいし、学校から出される宿題も多い。両親による協力も不可欠になるという。

学費はインター校の半分から3分の1程度

学費はどの程度なのだろうか?

同校によると、幼稚園で月額約6万~6.5万円、G1~G10で月額約7万~8.5万円が目安。このほか必要に応じて課外活動、スクールバス、シャトルバスなどの費用もかかる。国内の一般のインターナショナル・スクールに比べると「半分から3分の1程度の水準」で済むようだ。親にとってはこの点も大きな魅力になる。

多様性のある環境で理数脳や語学力が鍛えられ、しかも一般のインターナショナル・スクールよりも学費が安い――。こうした理由から、日本人の進学先としても関心が急速に高まっているわけだ。

ただ、インド人学校は本来、来日しているインド人の子弟が帰国しても教育面で困らないために開校したもの。校内で話されている英語も、厳密には米国や英国で話されている英語とはアクセントやイントネーションが微妙に異なる。また、場合によっては母国語としての日本語の学力を独自に補う必要もありそうだ。

こうしたメリットやデメリットを慎重に吟味し、生徒や両親に困難に立ち向かう覚悟があるならば、進学先として一つの選択肢になるかもしれないと感じた。

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