人を外に連れ出すスマホゲーム 日本でも人気浸透
山田 剛良(日経NETWORK編集長)
米グーグルが昨年11月に提供を始めたスマートフォン(スマホ)向け無料ゲーム「Ingress(イングレス)」が流行の兆しをみせている。地図情報を活用し、現実の世界を舞台に壮大な「陣取り合戦」を繰り広げる、いわゆる「位置ゲー」の一種だ。一般的なゲームと異なり、楽しむには部屋から外に出て歩き回る必要があるが、その体験がかえってネットの新しもの好きの心を捉えている。
8月中旬の金曜日の夜。東京・渋谷のイベントスペースは100人近いファンの熱気にあふれていた。有志主催のイベント「イングレスナイト」が開かれたからだ。主催者の一人で会場を提供した映像企画会社NAKED(東京・渋谷)の大屋友紀雄ゼネラルマネージャーは「予想の5倍くらいの人数。まさかこんなに集まるとは」と驚きを隠さない。
イングレスはスマホの位置情報機能を使った陣取りゲームだ。プレーヤーは緑と青の陣営に分かれ、スマホのアプリを使って現実の場所に設定された仮想の拠点「ポータル」を探し、奪い合う。3つの自軍ポータルを三角形でつないで陣地「CF(コントロールフィールド)」を作り、両陣営でその総量を競う。
長らくアンドロイド端末でしか利用できなかったが、この7月にiPhone(アイフォーン)に対応。国内でも一気に人気が爆発しつつある。
開発したのはグーグルの社内ベンチャー、Niantic Labs(ナイアンティック・ラボ)だ。同ラボを率いるジョン・ハンケ副社長はグーグルアースやグーグルマップの開発者として知られる地図・位置情報技術のスペシャリストである。居ながらにして全世界を体験できるグーグルアースとは逆に「外に出て遊べるゲーム」を作りたかったという。
実際にこのゲームをやってみると、やたらと「歩かされる」のが分かる。ポータルは著名な建造物や神社仏閣、街角のユニークな彫像などに設定。操作するには20メートル以内に近づく必要があるため、いくつもポータルがある場所などでは歩いたほうが早い。「気がつくと10キロメートル歩いていた」というのは大げさではない。
一人で遊んでいるのに他のプレーヤーと交流が生じるのも面白い点だ。敵ポータルを守るプレーヤーの気配を感じたり、見知らぬ味方が一緒に戦ってくれたりする。昨年のテスト運用の頃からイングレスを楽しんでいるIT技術者のおおつねまさふみ氏は「見知らぬ人といつのまにか役割を分担したりする」と面白さを表現する。ユーザーに自覚させずチーム戦に引き込むような仕組みになっている。
AR(拡張現実)技術の専門家である慶応義塾大学の稲見昌彦教授は、「なんの変哲のない場所に、ゲームが価値を与え、人を移動させている点が新しい」と話す。コンピューターによる情報の追加で現実に影響を与えるARの最先端応用の一つといえる。
グーグルによると、イングレスの全世界のダウンロード数は既に500万を超える。中でも日本の利用者数は世界で3位以内の規模だという。イングレスを絡めたイベントも今後は増えてくるだろう。
開発者のハンケ氏が「ユーザーを外に連れ出し、運動させ、人と交流させる」ために作ったイングレス。これまでのスマホゲームとはまったく違う利用体験を生み出しそうだ。
〔日経MJ2014年9月15日付〕